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『モダンタイムス』
- 2024/02/08(Thu) -
伊坂幸太郎 『モダンタイムス』(講談社文庫)、読了。

半分旅行みたいなお気楽な東京出張があったので、そのお供に、上下巻の大作を持参。

いきなり拷問シーンから始まり、「うわー、痛い系の伊坂作品かぁ・・・・」と思いながらも、
拷問を受けている主人公の軽妙洒脱なユーモアに救われ、なんとか読んでいけました。

拷問から脱すると、主人公が勤めるIT企業が受注してきた謎のシステム改修プロジェクトに
無理やり投入され、その現場から蒸発した先輩の残したものを見ているうちに、
謎の闇の部分に気づいてしまい・・・・・・。

「世の中の真相解明」という物語は、やっぱりワクワクしますよね。
自分が見ているつもりの世界は、本当は存在していないのかも・・・・・みたいな
現象学みたいなものをモヤモヤと考えながら読んでいました。

主人公たちが闇に近づいていく様子を読んでいるうちに、
伊坂作品を好きな読者の内、陰謀論に惹かれていく人ってどのくらいいるんだろうか?と
余計なことが気になってきました。

「みんなが現実だと思い込んでいる事象は、本当は丸ごと嘘なのかもよ」と突き付けてくるような
どんでん返しの展開が多い伊坂作品。
私は、「必ずしも目に見えている事象や、みんながそうだと思っている事象が正しいとは限らないから
常に自分の頭でよく考えて向き合わないとね」というような感想を持つのですが、
もしかすると、同じ作品を読んで、「そうか!世の中の事象にはずる賢い権力者が隠している裏側の
真実があるんだ!騙されるな!」という陰謀論に傾倒していく人も一定数いるのかな・・・・と。

フィクションのエンタメだと位置づけて、そこから普遍的な教訓を引き出して満足している自分と、
現実社会の出来事と本作の内容をシームレスに並べてしまって、現実と虚構が混じってしまう
陰謀論好きな人と、何が違うんだろうか?と。
要は、伊坂作品を相応の数で読んでいる自分も、何かのきっかけで陰謀論者に陥ってしまう
懸念はないのかしら?という恐怖をヒシヒシと感じながらの後半の読書でした。

この自分が抱いてしまった懸念に対する答えは、終盤、本作で繰り返し表現された
「そういうことになっている」が肝なのかなと気づきました。
「そういうことになっている」のが、人間社会というのはそういうものなんだ、という諦念というか
割り切りというか、漠然とそういうものだと受け止められるような人はエンタメ派。
「そういうことになっている」のは、「特定の『アイツ』のせいだ!」「特定の『アノ組織』のせいだ!」と
何か一つのものに原因を求めたがる人が陰謀論派。
こんなザックリとした感覚になったのですが、いかがでしょうかね。

私自身は、大学生のときにちょこっと構造主義をかじったので、
エンタメ派の思考回路が受け入れやすいのかなと。

陰謀論諸氏が、伊坂作品とか、どんな風に評価しているのか
ちょっと気になっちゃいました。

と、本作の内容とは全く関係ないことに気を取られながら読んでましたが、
謎のシステム改修プロジェクトから、中学校での虐殺事件、超能力の話まで、
こんなにいろんな要素を用意しながら、きちんとストーリーとしてはまとまっているように感じたので
良くできた作品だったと思います。

解説にも書かれていますが、ユーモア、伏線回収、真相究明という
伊坂作品三大要素がバランスよく構成されているように感じました。






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