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『ゼロコロナという病』
- 2023/10/14(Sat) -
藤井聡、木村盛世 『ゼロコロナという病』(産経セレクト)、読了。

コロナ禍で大騒ぎしていたころ、Abemaプライムに木村盛世氏が専門家として出演されていて、
冷静に現状を解説し、かつ現実的な対策を提言していたので、
メディアに出る「専門家」にも、まともな人がいるんだなぁ・・・・と思ってました。

で、ブックオフで本作を見つけたので、試しに買ってみました。

しかし、対談相手が藤井聡センセ。
私はYoutubeで保守寄りのニュース解説チャンネルを見ることが多いので、
藤井聡氏もレギュラー解説者やゲスト解説者として時々お見掛けするのですが、
感情をコテコテに盛り付けた喋り方がどうにも苦手です。
なんだかアジテーションみたいに感じられて。
もちろん、こういう熱さを真剣さとか本気度と捉える方もいると思うので、
そこが人気なのかなとも思うのですが・・・・・。

で、本作の対談ですが、案の定、藤井聡氏の「!」「!」「!」みたいな
熱い言葉がほとばしっており、読みにくいです(苦笑)。
木村盛世氏が、同じように感情的に話しているのか、それとも受け答えとして調子を合わせている
だけなのかは、正直、文字面からは読み取れませんが、私がAbemaで受けた印象からすると
後者なんじゃないかなぁ、大人の対応をしたんじゃないかなぁ、もしくは編集者がそう見えるように
整えたんじゃないかなぁと思ってしまいます。

お二人の基本スタンスは、日本政府のコロナ対策は厳しすぎで、かつ成果が出ていない、
国民の不安を煽り立てるのではなく、必要なところに必要な対策を局所的に打つべき、
具体的には、高齢者が行動を控え、中年以下は通常通り活動して経済を回すべき、というもの。

しかし、この基本スタンスを明確に述べ合う前に、対談の内容はいきなり専門家バッシング、
政治家バッシング、メディアバッシングになってしまい、これまた読みにくいです。

私は、Abemaを見て木村氏のスタンスは予め頭に入っていたので、そこまで混乱しませんでしたが、
はじめましての読者の方にとっては、もうちょっとしっかりと自身の主張を
冷静かつロジカルに冒頭で述べてほしいと感じるのではないかなと思います。
編集者の構成力の問題かもしれませんが。

そして、専門家バッシングの対象は、主に尾身会長と西浦教授に向かうのですが、
私は正直、西浦教授は「8割おじさん」として、あの瞬間には必要だった役割をしっかり果たした
功績を認めるべきだと思っています。

お二人とも、「あれは科学者が主張するには根拠が薄弱すぎる」とか、「あれでは科学者ではなく政治家だ」
的な批判をしていますが、日本社会がコロナウイルスへの恐怖に染められ、しかもその有効な対策が
何も見えていない時点で、誰かが「日本人よ、とにかくみんな、こうして!」という指針を出すのは、
社会を落ち着かせるために重要なことだったと思います。
その指針が、今から振り返ると妥当ではなかったかもしれないし、根拠も薄かったかもしれない、
しかし、その当時の社会の不安感を思えば、必要かつ効果的な指針だったと思います。

お二人は、「それは科学者が担うべき役割ではない」と言うかと思いますが、
政治家は、当時の安倍総理や加藤厚労相が当然政府として同じ指針を掲げて発信していた訳で、
それを政府をサポートする機能のスタッフとして、西浦教授が、あえて科学者としての立場を越えて
政治家の役割を半分以上担うという犠牲とリスクを払いながらやってくれたことだと思ってます。
実際、その後、いろんなデータが取れたり、ワクチンや薬剤が開発されるようになったら、
西浦教授は「8割おじさん」としてのスポークスマンの役目を終えて、
裏方としての科学者の立場に戻っているわけですし・・・・。

「もし何も対策を打たなかったら42万人が死ぬ」、この西浦推定を、根拠がないと批判していますが、
これはもう、とにかく出歩かせないという政府の方針が決まったら、それにどう従わせるかという
方法論の問題であり、そのための政治的メッセージだと割り切るべきかと。
すでに対策を打ち始めてるのに「何も対策を打たなかったら」という仮定は無意味だし錯誤を生じさせるだけ
という批判は、錯誤させてでもとにかく出歩かせないようにしたかったんだから、
根拠の有無や有効性なんて関係なくて、結果、行動自粛がどれだけ生み出せたかだよ・・・と思っちゃいます。

その後、コロナ禍に関する論文を、西浦教授をはじめ、政府の方針策定に関わった科学者たちが
あまり発表していないという指摘が本当ならば、そこは、本来の科学者としての役割として
やるべきだとは思いますが。

と、なんだかお二人を批判的に書いてしまいましたが、私自身、あらゆるリスクに対しては、
合理的に怖がることが大事だと思っている派なので、冒頭に書いたお二人の方針には概ね同意です。
ただ、だからといって、専門家や政治家やメディアを批判することに力点を置いているような
今回の対談は、ただただ藤井氏の「!」「!」「!」が乱発されるだけで、
あんまり意味がないんじゃないのかなぁ・・・・・・と思えてしまいました。

激烈な批判よりも、冷静で建設的で合理的な提言を、必要なタイミングで必要な人に届ける、
そういう大人な専門家がいる国であって欲しいです。




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