福原直樹 『黒いスイス』(新潮新書)、読了。
なんだか皮肉なタイトルを見て即買い(苦笑)。
「スイス」というと、「きれいな自然に囲まれた観光立国」「時計などの精密な工業力」
「永世中立国としての平和貢献」みたいなイメージがあり、クリーンな感じがしますが、
それが”黒い”というのです。
「はじめに」から、スイスの実態として、
(1)核配備を計画していた過去がある、
(2)政府の援助のもとでロマ族(ジプシー)の子どもを誘拐していた時期がある、
(3)外国人がスイス国籍を申請すると適切な人物か否か住民投票を行うことがある、
などと、「え!?」と思うような情報が開示されます。
他にも、ナチスが隆盛を極めた時代に、スイス政府からナチスに対して
ナチスが発行するパスポートに、ユダヤ人の場合は「J」とスタンプを押すように求めたり、
ネオナチが国内で増殖していたりという話も解説されており、まさに「黒い」スイスです。
読み始めて、最初は、「いやー、腹黒い国だなぁ」と驚くばかりだったのですが、
次第に、「これは永世中立国として小国である自国を守るためのスイスイ政府の本音だ」と
理解できるようになってきました。
争いの絶えないヨーロッパ大陸の中央に位置し、小国なうえ、便利な場所にあるので
ヨーロッパ内を行き来する流れからは逃れられないというリスクを考えると、
その中で、生き残っていくために、「どの陣営にもつかない」「自衛のため国民全員が軍隊に属する」
「国内で問題を起こしそうな人物・グループ・民族はそもそも国に入れないように水際作戦を徹底する」
「万が一、問題を起こしそうなグループが国内で増殖してきたら政府主導で徹底排除する」
こういう、本音ダダ洩れの政策を、漏れなく着実に遂行してきたということなんだろうなと思います。
ユダヤ人としてナチス時代に身内が多数殺された人や、帰化手続きで差別に遭った外国人など、
スイス政府の政策の被害者が、取材相手として何人か登場してきますが、
決して彼らの身の回りに居る一人一人のスイス人が激烈な差別意識を持っているわけではなく、
むしろ「知り合いのスイス人は困っている私を助けてくれた」「その立場で言える最大限の助言をしてくれた」
というような発言があり、個々のスイス人は、相手の人となりを見たうえで、
信頼できる人だと判断すれば、相手がユダヤ人でも非白人であっても人間的な関りを持っているようです。
しかし、そういう住民自身が、住民間の相互監視を怠らず、問題が起きそうなときはすぐに警察に通報し、
「疑い」のレベルで近隣住民が連行されていくことに安心感を覚えている感じです。
そして何より、スイス政府が、これらの過激な政策を長年にわたって取ってきたことに対して、
そうあるべきだと受けて入れているという点で、スイス国民の合意の下で行われてきた政策だと分かります。
嫌なことは政府にきちんと実行させて、国民としては相互監視の役割をしっかりと果たす、
まさに腹黒い国家ですけど、永世中立国として生き残るための覚悟のようなものを感じます。
日本では、護憲派がスイスを持ち上げることがあるように感じますが、
表面的なイメージで言うのではなく、こういう実態をきちんと理解したうえで議論してほしいです。
あと、著者が毎日新聞の記者ということにもビックリ。
毎日新聞って左派のイメージがあったので、スイスの実情を伝えるような著作を出すことについて
会社がよく許したなぁと。
当時は、まだそこまで毎日新聞も特定の言説に寄っていなかったということですかね。


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