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『若者はなぜ「決められない」か』
- 2021/06/05(Sat) -
長山靖生 『若者はなぜ「決められない」か』(ちくま新書)、読了。

自宅の窓から見える隣の広い駐車場にある朝突然50人ばかりの若者が集まっていた。
その日から毎朝多くの若者が集まり、リーダー役がグループに分け、車に乗せて運んでいく。
しばらく眺めていると、どうやら人材派遣会社に登録したフリーターが
毎朝、派遣先に送り込まれる様子だったとわかり、そこから、現代の若者へと思考が深まっていく。

この派遣軍団、集められたフリーターの群れと、
彼らに指示を出し派遣先へと送り出す派遣会社社員に分かれるものの、
両方とも年頃は同じ。
片や覇気のない背中を丸めた若者であり、片や如才なく著者に挨拶ができる若者。
明らかに違って見えたという著者の言葉を読みながら、
あぁ、そうだよなぁ、学校を卒業して世に出た時点で、
もう人生のレールは敷かれちゃってて、そのレールが交わることは普通ないよなぁ・・・・と。
ま、レールは卒業時でなく、入学時、もしくは生誕時に既に敷かれているのかもしれませんが。

本作の中に明示されているわけではないのですが、
「階層」というものを意識しながら私は読みました。
日本では、「階層」って表立っては言われないですが、厳格に存在しますよね。
「勝ち組」「負け組」なんて柔らかい言葉で表現していますが、それって「階層」ですよね。

昭和のころは、「階層」という概念を意識していたかは別として、
若い人は、自分を閉じ込める壁をぶち破ろうという上昇志向を持つ人が多かったような
イメージがありますが、今や、閉塞感というか、上昇志向のない若者が増えたように思います。
ガツガツしてないです。
ガツガツするのは格好悪いとか、そういうレベルではなく、
ガツガツの仕方が分からない若者が多くなったのではないかと感じます。

結局そこが、タイトルにもなっている優柔不断さに繋がっていくのかなと思いました。

ネットメディアとか見ていても、
99%の静かな若者と、1%の才能豊かで行動力のある若者に二極化しているように感じます。
これからの社会は、1%が99%を従わせる構造に変わっていくのかもしれませんね。




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