『海うそ』
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- 2020/12/09(Wed) -
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梨木香歩 『海うそ』(岩波現代文庫)、読了。
ブックオフで本作に目が留まった時に、 真っ先に思い出したのは、向田邦子さんの「かわうそ」。 完全に頭の中が「かわうそ」になってしまい勢いで買ってきたのですが、 今回読んでみたら、全く別の世界観が広がっていました。当たり前ですけど。 南九州に位置する遅島にフィールドワークに訪れた主人公。 時代は戦前。 当然、孤島には昔ながらの暮らしが残っており、生活、自然、文化を幅広く調査していきます。 前半は、小説というよりも、それこそフィールドワークのレポートを読んでいるようでした。 レヴィ=ストロースばりの描写で、架空の島である遅島が、本当に存在するかのようなリアリティ。 どこかモデルの島があっての作品なのか、完全に著者の想像の産物なのかは分かりませんが、 一つの生活空間、社会として出来上がっている姿が単純に社会科学的に面白いなぁと感じました。 小説としては、私には、少し高尚で、エンタメ性を感じられたは 後半の50年後の描写のところあたりでしょうか。 レジャー島として開発が進む遅島には、主人公の息子が開発側の立場で関わっており、 結構、典型的な進歩と破壊みたいなテーマの見せ方かなぁと思ったのですが、 なぜか私は、息子側の立場に立って読んでいました。 開発やむ無しというような。 いや、むしろ、主人公の姿勢に少し反発していたのかもしれません。 私が真っ先に思ったのは、もし主人公が50年前にフィールドワークの成果を形にして 学会に発表していたら、遅島の存在に価値が認められることとなり、 日本社会や学問社会において再評価されることで、安易な開発の対象には ならなかったのではないかと思ってしまいました。 私には、主人公の不作為が、破壊と開発を遅島に呼び込んでしまったのではないかと思え、 50年経ってから、「こんなに価値のある島をなんで破壊するのだ!」と反対してみても 後の祭りではないかと思ってしまいました。 文化や遺構や生活様式を残したいなら、残したい側も社会に対して相応の努力をしないといけないし、 経済の理論で文化が一部破壊されることがあっても、それに後から文句をつけるだけでは 不誠実なのではないかと感じてしまいました。 コロナ禍において強く感じるのですが、 安心安全、健康、安らぎ、そういうものを求めるのは大事ですが、 同じく経済活動を維持することも大事だと思います。 文化も大事だけど経済も大事、学問も大事だけど経済も大事。 健康な肉体に健全な精神が宿るように、 安定した経済の上に活発な文化活動や学問研究があるのだと思いますし、 社会の安定や隣人への配慮の余裕も出てくるものと思います。 遅島のような文化と歴史を持つ島が、現代日本社会でその価値を継続できるようにするには、 正常な経済発展と、分断や断絶のない社会の仕組みの相互関係が重要なのではないかなと うまく言語化できませんが、そんな感想を持ちました。 発展していく都会と、昔の文化が残る孤島が 対立関係にあるのではなく、相互に存在価値を認め合い、繋がっているような 高度な社会が築けないものかなぁと、本作を読みながら夢想しました。 ![]()
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