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『長いお別れ』
- 2020/12/02(Wed) -
中島京子 『長いお別れ』(文春文庫)、読了。

同窓会に出かけたはずの夫が、すぐに家に帰ってきた。
「同窓会はどうしたの?」と聞くと、慌てて出ていくが、まもなく再び帰ってくる。
同窓会会場に辿り着くことができなくなってしまった夫は、そこから認知症の症状が出始め・・・・。

中学校の校長先生を勤め上げ、退官後も図書館長などをしていたというのですから、
謹厳な人物だったでしょうに、家族からも周囲からも一定の尊敬を受けていたのだろうなと思います。
そんな人が、自分で日常をコントロールできなくなっていく・・・・。

本作では、主に妻や娘たちの視点から描かれていくので、
介護の大変さが強調されていますが、「同窓会に行けなかった」という事実に直面した本人は
どういう気持ちだったのかなと思います。
愕然としたのか、それとも、そのショックさえも忘れてしまうものなのか。

以前、何かで、「羞恥心が感じられなくなるとボケが進んでいく」というような記述を読み、
あぁ、世間と自分の繋がりが消えるとボケていくのかも・・・・と納得していました。
当時、私は社会人になったばかりで、実家には認知症が始まった祖父が居ました。
たまに帰省すると、食事が周囲に合わせて進められなかったり、トイレがままならなかったりする祖父に
父親がキツめに指示する姿を見て、「キツく言われることに慣れさせたらボケてくよ」と
父に注意した記憶があります。

でも、本作のように、毎日毎日介護する側からしてみれば、
認知症の進行が薬のおかげで遅くなることはあれ、改善することないので、
日々イライラが募っていくのは止むを得ないなと思います。
だから、日々、祖父に向き合っていた父が時々キツい言い方をしていても、
年に数日しか帰ってこない私が注意をするのも、おこがましいことですね。

本作で真っ先に思ったのは、この奥さんの甲斐甲斐しさ。
もちろん、口では娘たちに、いかに介護が大変か愚痴りまくってますが、
基本的には、夫の面倒は自分で見たいという考え方です。

祖父の日常の介護は、最初は祖母を中心に、祖母が急逝してからは母が担うようになりましたが
2人とも、ただただ凄いなと思います。
祖母は、介護サービスを利用するのを忌避していたところがある昔タイプの人で、
自分で介護を抱え込んだので心筋梗塞で倒れてしまったと家族は考えており、
介護を引き継いだ母には、できる限り介護サービスを利用するようにと父が取り計らったようですが
デイサービスをどれだけ利用しても、夜は家に居るわけですから、数時間おきにトイレに行ったり、
間に合わずにおねしょをしたり、オムツを替えたり、毎日毎日介護があるわけで。

盆暮れや法事で帰省するだけの私には、断片的にしか見えておらず、
私がした介護は、初詣でや法事で祖父の手を引いて一緒に歩くことぐらいでした。

あと10年もすれば、当時の祖父の年齢に私の父もなっていくわけで、
もし認知症になったら、母が祖父にしてあげたようなちゃんとした介護を
今度は私が父にしていかなければいけないのだと思うと、とても不安になります。
自分にできるのかということと、祖父の認知症のレベルで収まっててくれるのかということと。

祖父の症状は物忘れや動作の緩慢さ、社会への関心の低下、生活への関心の低下という程度でしたが、
本作の夫の症状はどんどん進行していって、言語活動に支障が出たり、勝手に外に出ていったり、
幻覚症状が出たりと、10年の間に変化が止まることなく進んでいった印象です。

それなのに、妻も娘3人も、戸惑いながらも状況を受け止めて、
一緒に生活していくことを何とか成立させようと努力しています。
しかも、無暗に深刻にならずに、どこか開き直ったかのような前向きさも持ち合わせており、
なんて強い家族なんだと、読み進めながら、心底感嘆しました。

実際に、困難に直面してしまったら、開き直るしか進みようがないのかもしれませんが、
でも、この家族の強さ、お互いをどこかで信じあい、頼り合っている繋がりは、
素敵な家族だなと思います。

10年後、自分も同じような状況に置かれているのかもしれませんが、
なんとか前向きに日々を暮らしていけたらなと思う読書でした。




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