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『常野物語 光の帝国』
- 2020/04/10(Fri) -
恩田陸 『常野物語 光の帝国』(集英社文庫)、読了。

巻末の解説は、小説のタイトルの話から始まりました。
「小説のタイトルは、はやり歌における十五秒CMで流すサビの部分のようなもの」、その通り。
納得して読み進んだら、解説者は「光の帝国」というタイトルから、
本作を壮大な宇宙戦争モノのように思い込んでいたとのこと。
私は、「常野物語」というタイトルから、「遠野物語」を連想し、ちょっと怖い民話を想像してました。
宇宙戦争なんて全くの想定外。

表紙のタイトルの配置からすると、「光の帝国」の方が大きく描かれているので、
当然、そちらが主題なのだと思いますが、やっぱり人間の興味関心によって、
小さい文字の方が印象に大きく寄与することってあるんですねぇ・・・・。

というわけで、解説の感想から書き始めてしまいましたが、
本作は、東北地方?のどこかに存在していた特殊能力を持つ一族の話を連作短編にしたもの。

前半は、とても面白く読みました。
最初の話に登場する、読んだものを何でも記憶することができる能力を持つ一家。
この一家を軸に話が進むのかと思ったら、次に登場するのは同じ一族だが
将来起こることが映像で見えてしまうという別の能力を持つ娘の話。

次々と特殊能力を持つ一族が登場し、
そんな特殊能力のことなど知らない一般人との日常生活内での交わりを描いていき
興味深かったです。

ただ、中盤にある表題作「光の帝国」で、一族が背負った歴史が語られます。
この話が、本作の背骨になるものなのですが、どうも私は面白いと思えませんでした。
この背骨の後の話は、前半の話たちが、いかに繋がったものなのかを見せていく話になりますが、
多分、その構成があまり好きではなかったのだと思います。

何となく思うのは、私は、この常野の一族に、「離散」「バラバラ」「離れていく」という方向性を
期待していたんだと思います。一族で集まっていた時代を経て、一般人の住む社会の中に
それぞれで紛れ込んでいく方向性を読みたかったのかなと。
それが前半でした。

ばらばらになりながらも、何とか自分の生活と立ち位置を作り上げた常野一族に対して、
後半で、これでもかというぐらい繋がりを強調されてしまうと、
なんと可哀そうな一族なんだろうという哀れみが湧き出てしまって、
こんな物語にしなくても・・・・と共感よりも拒否感が生まれてしまいました。

私は、常野の地を離れても、それぞれが自分の住むべき新たな場所になれる努力をしている
その努力を肯定する作品が読みたかったのだろうなと思います。

結果、後半がちょっと読み飛ばしになってしまいました。




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