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『人間動物園』
- 2018/08/20(Mon) -
連城三紀彦 『人間動物園』(双葉文庫)、読了。

不気味なタイトルですが、
4歳の女の子の誘拐事件騒動を描いた本です。

ある日、警察におばさんから電話が入り、
誘拐事件発生と聞いて警察が急行したら、犬が居なくなったとのこと。
翌日も同じおばさんから電話が入り、また誘拐事件発生!と。
今度は、隣の家の女の子が誘拐され、母親は自宅にいるものの、
犯人に盗聴器を仕掛けられ、 一挙手一投足が監視されているという状況。
おばさん宅にいる警察官2人は、臨家にコンタクトを取ろうとする・・・・。

臨家と窓を通じた手紙のやりとり、盗聴の周波数を割り出して同じ音を警察も盗聴、
そんな中、誘拐された少女の祖父は有名政治家で汚職疑惑の渦中の人物、
そんな祖父と折り合いの悪い父親と母親、その夫婦も不仲で離婚。
ぐじゃぐじゃの人間関係の中で、狂言誘拐ではないかとの疑いも。
誘拐事件のストーリーは、どんな展開になるのかワクワクして、
読書の手が止まりませんでした。

一方で、登場人物たちの思考の中身が感情過多で、リアリティがないように思えました。
みんな、会話の言葉も、手紙の文章も、頭の中の思考も、修飾過多なんですよね。
こんな切羽詰まった状態で、なんでこんな回りくどい言い方をするんだろう?的な。

そして、思考の飛び方がところどころ不自然なんですよね。
前日に起こった犬の誘拐騒ぎと、当日に向かいの家でも起こってた猫の行方不明騒ぎと、
少女の誘拐事件との繋がりを検討するのはわかりますよ。
なのに、離れた場所で起きたヤギのひき逃げとか、人間による玉突き事故とかまで絡めて、
「動物の血が流れている」なんて結論を出すのは、変じゃないですか?

自分が頭の中で考えていたことを目の前の人物が口にしたら
「この俺の胸の中にも盗聴器が仕掛けられている」なんて感想、持たないですよね?
こんな緊迫した状況で、こんな文学的な表現で思考しますかね?

最も違和感があったのは、誘拐された娘の父親の思考。
ちょっと精神的にあっちの世界に片足ツッコんでる人なのかもしれませんが、
自分の存在をコウモリに投影して、心の中のコウモリと対話するとか、不気味です。
身代金の受け渡しの打合せ中に刑事に向けてにやりと笑ってみたり、
常識が通じないような不気味さがあって、苦手なキャラでした。

刑事側も、女性の篠原刑事とかが役柄的に死んでしまっているような感じで、
存在感がなかったのが残念です。
ストーリーを展開するための駒に過ぎないような使い方で。
大事な違和感を覚えているのに、それを先輩刑事にきちんと伝えられないというのは
刑事失格ではないでしょうか。

最後、事件の真相についても、犯人の独白により概要は分かりましたが、
細かいところで、「これ、どうやって対応したんだろうか?」と疑問に思える細かい運用が
いろいろ気になってしまい、最後、バタバタとエンディングを迎えた感じがありました。

事件の構造は面白く読みましたが、
登場人物やストーリーテリングに関しては、不満がありました。
修飾過多な文章は、こんな文章を書く作家さんだったっけ?という違和感が残りました。


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連城 三紀彦

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