『家族が自殺に追い込まれるとき』
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- 2007/01/11(Thu) -
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鎌田慧 『家族が自殺に追い込まれるとき』(講談社文庫)、読了。
自分が会社勤めであるため、 関心はやっぱり「自分の身に起き得ることなのか」ということに向かってしまう。 仕事の量、責任と権限のバランス、共同作業者の数、上司の資質など、 彼らが置かれた勤務環境は、今の自分のそれとどのくらい違うのか。 そして、適切な手抜きは一種の才能だと尊び、 「最後は何とかなるさ」と楽観視してしまえる自分のこの能天気な性格でも、 彼らのような環境に置かれたら、追い詰められてしまうのか。 この本を通して、また、学生の頃に触れた幾つかの類似の本を通して、 様々な事例を読んではみたものの、 結局、自分自身と「過労自殺」という事象との距離感がつかめない。 身に迫るような危機感は無いが、漠然とした不安を消せない。 「何かの拍子に突如『過労自殺』という概念が自分に重圧をかけ始めることが 起き得るのではないか。『起きない』とは決して断言できない」 そして、これらの事象を読んでいて一番怖いのは、 そういうのっぴきならない状況に陥ってしまっても、 家族でさえも十分なフォローができていないということ。 「休んだら?」「仕事辞めたら?」とひと声かけることはおろか、 本人が悩んでいた当時、ことの重大さを正しく認識し、 その悩みを共有してあげられていたのか。 置かれた環境と、本人の性格と、周囲の人間の関わり方。 この3つの要因が絡み合っているところは、 昨今の社会問題である「いじめ」の構造とよく似ていると思う。
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