『先祖になる』
- 2016/04/16(Sat) -
『先祖になる』

ドキュメンタリー映画の自主上映会にお誘いいただきました。
東日本大震災後の陸前高田市が舞台ですが、
熊本での大地震が起き続けているさ中に観ることになり、
そのタイミングに感慨もひとしおです。
被災された皆様の生活に、早く平穏が訪れることをお祈りしています。

さて、この映画は、自宅が床上浸水となったもの倒壊には至らなかったため、
仮設住宅への引っ越しを拒み、家を建て直そうとする樵のおじいさんのお話です。

自分が生まれ育った町を離れたくない、
自分が結婚の際に建てた家を再建したい、
この町で一緒に生活してきた人たちと、これからも一緒に町を盛り上げたい、
それらの思いが、主人公のおじいさんを強く支え、行動に駆り出します。
国や市の災害復興の方針に逆らうことになりますが、それでも思いを訴えて、
周囲の人たちの力強い支援を得ていきます。

とにかく、この主人公が魅力的です。
文字に要約してしまうと、市役所の方針に従わない我が儘な老人のように見えてしまいますが、
言葉で自分の思いを伝え、何とか相手に理解してもらおうと粘ります。
仮設住宅への入居を説得に来た市の職員に抵抗しながらも、
最後に「お前もがんばれ」と握手をする姿に、懐の深さを感じました。

震災を機に町への思いに気付いたというのではなく、
それ以前から、町内会の活動の中心になったり、地域の祭りの手伝いに深くかかわったりと、
町の中で自分の役割をしっかり果たしてきた人だからこそ、
行政に反してでも自分の家を建てたいという思いを主張しても、
応援してくれる人たちがたくさん出てきてくれるのでしょうね。
軽々しいキャッチコピーの「絆」などではなく、
この人の場合は、その半生で紡いできたと思われる地域との繋がりを感じられました。

自らの職業を、「農業半分、樵半分」と答えた通り、
映画を通して、米を育て、蕎麦の実を収穫し、そして自分の家の材木を切る様子が
様々に収録されていますが、山とともに、時の流れ、季節の流れに身を任せて生きる姿に、
主人公の誇らしげな思いを感じ、また、そのような自尊心をうらやましくも感じました、

とにかく、この主人公の魅力が満載の作品ですが、
映画作品の出来としては、イマイチのように思えました。
カメラマンによって手ブレがひどく、画面を見続けるのがつらいシーンも。
画面も、寄りの画が多く、ちょっと疲れます。

そして、撮影技術的な意味での寄りのシーンというだけではなく、
ストーリー構成も主人公を中心としたミクロな世界の描写が大半で、
主人公の周囲の人の動きや行政などの外部環境の説明がないため、
どんな状況で主人公が行動しているのか各場面の繋がりが捉えにくいところがありました。
「仮設住宅に早く引っ越したいけど夫を置いてはいけない」と言っていた奥さんとは
いつも間にか別居しているし、主人公の思いに共感していた嫁も居なくなっているし。
行政との対立も、一方的に行政の融通の利かなさを強調しているように思え、
そこは客観性が足りないのではないかと。

ま、客観性を入れれば入れるほど、
主人公との距離は開いてしまい、その魅力は平板なものに映ってしまうのかもしれませんね。
ドキュメンタリー作品の難しいところかもしれません。

あと、予告編を一応張っておきますが、
こんなポップな作品ではありません。真摯なドキュメンタリ作品です。
正直、この予告編はいかがなものかと思います。



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