『往復書簡』
- 2014/11/10(Mon) -
湊かなえ 『往復書簡』(幻冬舎文庫)、読了。

2人の人物の間で交わされる往復書簡。
手紙のやり取りを重ねるうちに、2人に大きな影響を与えた過去の出来事について
ポツリポツリと真相の断片が書かれ、一つの姿が今になって露わに・・・・。

最初、手紙の文章が、かなり地の会話文をそのまま書いており、
これを手紙と言ってしまうのは都合が良すぎないか?と
作品の体裁が気になってしまいました。
しかし、段々と話が進んでいくにつれて、そんな形式論はどうでも良くなるほどに
内容が面白くなってきました。

手書きの手紙は、私自身、あまり書く習慣がなく、
極まれに、お礼状を書く程度です。
日常のやりとりに手紙を使う機会はありません。

こうやって、改めて手紙のやいとりというものを読んでみると、
その手間ヒマ、面倒くささのようなものよりも、
手紙という媒体が持つ怖さを強く意識しました。

往復書簡ということで、相互のコミュニケーションが成り立っているように見えつつ、
1つ1つの手紙自体は、片方が片方に向けて一方的に書き綴った内容になり、
思い込みや勘違いもそのまま言葉として載り、ある物語を形作ってしまいます。
そして、読み手の方も、勝手に印象を受け、物語を想像しながら読むことになります。
これで、相互が同一の像を結んでいれば良いですが、
それぞれが自分なりの受け止め方をしていたときに起きるミスコミュニケーションが怖いなと。

しかも、無意識のうちに起きてしまうミスコミュニケーションだけではなく、
意思を持って、極論すれば悪意を持って、物語を事実とは書き換えたり、
大事なことを書かなかったり、小さなことを強調して書いたりと、
いくらでも恣意的に手紙の中身を演出することができます。

もちろん、恣意的に内容を歪めて伝えることは、
メールでも、電話でも、対面での会話でも、やろうと思えばできるのですが、
対面度が近いほど、文面だけでなく、声や表情や振る舞い等からも情報を得て、
どこかオカシイということに気づく機会も増えると思います。
しかし、手紙というのは、1つの完成した世界観を送り届けてくるという点で
おかしなところに気づきにくいのではないか、恣意性を持ちやすいのではないかと思いました。

収録作品では、比較的エンディングは穏やかというか、おとなしいというか、
バッド・エンディングなものはなかったと感じましたが、
果たして、最後の手紙に書かれている内容は本当のことなのだろうか、
お互いに、これ以上悪意に触れたくないという暗黙の了解の下に、
その結末で手を打ってしまったのではないだろうかと、
黒い想像が制限なく広がっていってしまいました。

本当に、人間の嫌なところを作品にして、読者に思い知らせることが得意な作家さんだと
改めて感じ入りました。


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湊 かなえ

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