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『僕は君たちに武器を配りたい エッセンシャル版』
- 2023/07/31(Mon) -
瀧本哲史 『僕は君たちに武器を配りたい エッセンシャル版』(講談社文庫)、読了。

出版時に新聞だか雑誌だかの書評欄で見たんだっけかな。
読みたい本リストに入れていたのですが、
とりあえず「エッセンシャル版」を100円で見つけたので買ってみました。

著者は、コンサル会社勤務後にエンジェル投資家として活動し、
今は京大で起業について教えることもしているそうです。

そのプロフィールから、結構とがった内容の本なのかな?と期待したのですが、
意外とオーソドックスな内容で、納得感は高かったですが、
それほど目新しさも感じないものでした。
出版から12年も経ってるから、それこそ内容がコモディティ化してしまったのでしょうかね。

著者は、20歳前後のこれから社会に出る若者に向けて書いたようですが、
そういう一部の意識高い系の若者に加えて、実際に社会に出て苦労している30歳前後の層には
とても刺さる内容だと思います。やっぱり経験からくる実感が深いと思うので。

しかも、彼らはいわゆるロスジェネ世代であり、社会が厳しくなっていく現状を最も痛感している
世代だと思います。自分もそうですけど。

その点では、出版時のタイミングに、サラリーマンやっていたときに読むべきでした。
脱サラして独立開業ちゃうと、ちょっと他人事的に読んでしまうかもしれません。




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『堤清二 罪と業』
- 2023/07/30(Sun) -
児玉博 『堤清二 罪と業』(文春文庫)、読了。

子供の頃からプロ野球が好きで、『プロ野球ニュース』とか毎日楽しみに見て、
さらに家業で週刊誌を定期購読していたので、週刊誌のプロ野球ネタも楽しく読んでました。
母方の祖父が近畿日本鉄道に勤めていたので、私は近鉄バファローズファンでパリーグを見てましたが
当時は西武ライオンズが常勝レオ軍団と呼ばれていたため、「憎き西武」でした(苦笑)。

西武鉄道が親会社だというのは子供心に理解できていたのですが、
週刊誌とかに登場してくる「堤オーナー」がなんだか黒い印象で表現されていたので、
あ、世間的にも「憎き西武」なのか・・・・と納得してました(爆)。

その後、大人になり、猪瀬直樹氏の『ミカドの肖像』などで堤康次郎氏の凄腕ぶりなどを理解し、
さらに、その家庭環境の複雑さとか、西武グループの上に存在する「コクド」という謎の会社とか、
いろんな要素てんこ盛りで、さらに心象は「黒」に近づいて行った会社です。

その後、セゾングループに属する会社と仕事でお付き合いするようになり、
その会社は明るくアグレッシブな社風だったので、会社を超えて社員さんとよく飲みに行ったりして
楽しい思い出が多いのですが、そんな飲み会の雑談の中で「堤さんとのゴルフコンペ」とかいう
キーワードが出てきたりして、「おー、やっぱり、堤家は絶対的な影響力があるんだなー」と
驚いた思い出があります。

本作は、堤康次郎の三番目の奥さんの長男である堤清二氏へのインタビューを軸に
康二郎と清二、そして妾の子の位置づけの義明と清二という人間模様を描いていきます。

凡人の感覚からすると、結婚離婚を繰り返し何人もの奥さんとの間に子供を作ったり
さらには愛人関係にある女性との間に子供を作って認知したら、
将来的にお家騒動に発展するのが目に見えているのに、なんで好んでそんなことを
するんだろうか?という疑問。

世間的には、「気を付けていたけど想定外に子供ができてしまった」というケースは多いと思いますが
堤康次郎氏の場合は、衆議院議員議長という立場にありながら天皇陛下に拝謁するときに
まだ妾の立場だった堤清二の母親を伴って宮中に参内して、世間の批判に晒されたという
描写があり、この感覚のズレ方にはびっくりしました。
正妻が居るのに妾を宮中に連れて行くなんて・・・。

実業家としては突出した人物かもしれませんが、
人間性としては疑問符を付けたくなってしまいます。
少なくとも、身内に居たり、勤め先のトップだったりしたら、正直やってられないなぁ・・・・と。

そして、そういう独特な感覚を持つ父親と、その人にくっついて宮中に行ってしまう母親のもとで
育てられた子供は、やっぱり独特な感覚の人物に育ってしまうだろうなぁ・・・・と。
父親への反発心も相まって、余計に捻じれてしまっているような印象を受けました。

辻井喬として繊細な表現者の一面を持ちながら、実業家・堤清二としての発言には、
言われた相手が傷つくかもしれないという配慮がみられなかったり、
その場に居合わせた第三者が対応に困るかもしれないという配慮がなかったりして、
「え、そんなこと言っちゃうの!?」と思えるものがあるので、
やっぱり、どこか歪んでいるのかなぁと感じてしまいました。

どういう人物というか、一家だったのかという部分については
非常に興味深い作品でしたが、実業家としての業績については理解していることが前提という
構成だったので、次は、実業家としての堤清二と義明の関係を描いた作品を
読んでみたいなと感じました。




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『院長選挙』
- 2023/07/29(Sat) -
久坂部羊 『院長選挙』(幻冬舎文庫)、読了。

著者の作品は3冊目ですが、こんなドタバタコメディも書くのかとびっくり。
かなり毒の強いブラックユーモアしか読んだことがなかったので。

日本で最も権威のある国立大学病院の院長が急死し、
副院長4人による院長選挙に突入する前の鞘当て段階を、
フリーランス記者が医療崩壊の取材として関与したら、その騒動のおかしさに直面したよ・・・という話。

副院長4名を中心に、病院の医師、看護師、技術スタッフ、事務スタッフを
かなりカリカチュアライズして描いているので、ドタバタコメディ感が強いですが、
医療界に身を置く人からすると、どう見えるのかな?と気になりました。

例えば、半沢直樹シリーズも、登場人物たちはカリカチュアライズされてますが
金融機関に勤めてた私からすると、劇画化されてはいるものの本質的にはそういうタイプの人は
いちゃう業界だよな~、と納得感がありました。
なので、本作も、医療機関に勤める人にとっては、あるある感たっぷりなのかな?と。

特に本作では、内科、外科のようなメジャー部門と、
整形外科、眼科のようなマイナー部門(当人はスペシャリスト部門と自称)に分かれていて、
メジャーマイナー間の上下関係だけでなく、それぞれの中での上下関係も争いがあるという描写が
興味深かったです。
さらに、いかに売上を稼ぎ、利益率を高く維持できるのか、という観点では、
マイナー中のマイナーの眼科が有力、という点でも、目からウロコでした。

医者の中での部門の序列は、正直、自己愛にしかならないと思うので
医者の中で解決してくれればよい話ですが、
どの部門が稼ぎ頭かという話は、病院経営の話、ひいては医療機関が必要な数だけ
都内でも地方でも維持できるかという国力の問題に繋がっていくと思うので
これは企業経営という観点でも興味深かったです。
ネタとしては薄めの扱いだったので、もっと読みたかったなと。

後半、院長の急死の件を追求していくのかと思いきや、
そちらのサスペンス要素は少なくて、別の問題が外から持ち込まれて大騒動になりそうな
展開ではありましたが、そちらもイマイチ不発でした。
結末は尻すぼみ感。

ちょっと最後、満足度は下がっちゃいましたが、
でもブラックユーモア小説よりも、医療界の変な常識をコメディタッチに暴くこちらのタイプの方が
私は好きかも。




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『史伝西郷隆盛』
- 2023/07/27(Thu) -
海音寺潮五郎 『史伝西郷隆盛』(文春文庫)、通読。

ブックオフでドカ買いしたときに買ってきた本。

小説だと思って読み始めたら、タイトル通り歴史に記録された事績の解説書であり、
西郷隆盛の全生涯とか当時の日本という国家の動きが頭に入っていないと
マニアックな内容のため理解が大変です。
小説向きの面白おかしいエピソードだけで綴るのではなく、歴史の記録をきちんと辿っているので
西郷好きにはたまらない本なのかもしれません。

島津斉彬に見いだされた頃から、慶喜かつぎあげに失敗した勤王僧の月照と入水自殺を図るところまで
若い時代の西郷隆盛を描いています。

しかし、私には、西郷自身よりも、島津斉彬を中心とする島津家の家督争いのゴタゴタの方が
印象に残りました。実際、斉彬が発言権を強めた時代から急死するまでの期間ですから。

能力があってもすぐに家督を継がせてもらえない不幸なのか、
それとも家督を継がせてもらえない不幸が同情を集めて、能力をより大きく見せる効果になったのか、
日本人社会だと後者の要素も大きいような気もしますが、
これからという時期に亡くなったことも含めて、時代がガラリと変わる幕末の象徴的な人物なのかも。

正直、そこまで思い入れがあって読み始めたわけではなかったので、
なんだか通り一遍の感想になってしまいました。




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『会社に人生を預けるな リスク・リテラシーを磨く』
- 2023/07/25(Tue) -
勝間和代 『会社に人生を預けるな リスク・リテラシーを磨く』(光文社新書)、読了。

『お金は銀行に預けるな』がヒットしたので、
それに乗っかったのかな?という感じのタイトル。
サブタイトルの「リスクリテラシー」に関しての本であり、
メインタイトルの「会社」の話とはちょっとズレてる感。

リスクに関して、「リスクを取れない人はリスクを取り慣れていない人」という指摘があり、
ああ、確かにそうだなと納得。
例えば、仕事での小さな失敗を隠そうとした結果、影響が大きくなりすぎて自分で対処できなくなり
お客様に迷惑をかける事態になってはじめて報告してくる人。
私としては、何でそんな風になるまで放置するんだ!?と理解できないのですが、
当人は何とかできると思っているのか、何とかなるかもと幸運に期待しているのか、
「えっ!?」と思うようなタイミングで話をあげてきたりします。
こんなオオゴトになったら、自分の評価がダダ下がりするだけなのに、怖くないのかな?と
私は思ってしまいます。ミスは小さいうちに潰しておくというか、上司に下駄を預けてしまった方が
格段に楽なのに・・・・と。

本書は、終身雇用制を批判しているのですが、
まだまだ日本人は終身雇用制への期待感みたいなものを持っていると思います。
終身雇用制に乗っかろうと思ったら、会社に身をゆだねてしまった方が楽なのに、
リスクを上司=会社に預けずに、自分の中で解決しようとするのは不思議な行動だよなー
と思います。

終身雇用制はリスクの預け先として利用価値の高いものだと思うのですが、
あんまり今の日本人は期待はしても利用はできていないように思いました。

このあたりの話を、いろいろ書いてあるのですが、
ちょっと抽象的に過ぎるような感じがして、あんまり内容にのめり込めませんでした。
もうちょっと具体例とか象徴的なトピックスが挿入されていたら
もっと強い印象を受けながら読めたように思うのですが。

あんまり好みじゃない方の勝間本でした。




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『お金の流れで読む日本と世界の未来』
- 2023/07/24(Mon) -
ジム・ロジャーズ 『お金の流れで読む日本と世界の未来』(PHP新書)、読了。

世界三大投資家とされる著者。
投資には興味ないのですが、タイトルから、世の中の流れの読み方を説いてるのかな?と思い
試しに読んでみました。

内容は、残念ながら、洞察力、考察力、思考力のようなものではなく、
5年程度の中短期的な有望投資国を予想するような話でした。

2019年の時点で、「韓国と北朝鮮が統一国家になれば最高の投資先だ!」という予想をしており
本作でかなりのページを割いて述べています。
この予想が当たっているか否かは、私はあんまり興味がなく、
なぜ、当時そのような予想をしたのかという洞察、考察、思考を知りたいなと。

「韓国と統一されれば北朝鮮は産業力が上がる、韓国も出生率が上がったりして上向きになる」
という、なぜ北朝鮮に着目するのかという理由は、「統一」というキーワードで理解できました。
で、なぜ「統一が近い」と考えたのかという部分が、一番気になりました。
でも、そこがほとんど述べられてないんですよねー。

当時、トランプ大統領と金正恩総書記の首脳会談が立て続けに行われた時期なので、
米国政府内では、南北朝鮮統一に向けて積極的な動きが行われてたってことですかね?
著者ぐらいの立場になると、さすがにメディア情報のみで投資の判断をしているとは思えないので、
米国政府関係者とか国防関係者とかから、直接、それなりの情報を得ていて
南北朝鮮統一が間もなくだ!と判断していたということなんでしょうか・・・・。
そもそも結局、あの板門店での3回目の会談のあと、どうなっちゃったんでしたっけ?

最近の著者は朝鮮半島についてどう言ってるの?と思って、ちょこっと検索してみましたが、
昨年や今年のネット記事での著者の発言では、まだ「半島統一」というような言葉が出ていて、
うーん、米国の政権が変わっても同じ見方を維持しているのか・・・・・・と。

結局、本作を読んでも、著者の思考法については掴めませんでした。
まぁ、投資家として、自分に利益のあるように市場を誘導するような発言を意図的にしている可能性も
十分あるので、発言をそのまま受け止めるのは意味がないのかもしれませんが、
謎は謎のままでした・・・・。




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『しんがり 山一證券 最後の12人』
- 2023/07/22(Sat) -
清武英利 『しんがり 山一證券 最後の12人』(講談社+α文庫)、読了。

実家のそばに山一證券の支店がありました。
証券会社の仕事は全く分かってませんでしたが、子供心に、優秀な人が行く会社だと思ってました。
それが、社長による「社員は悪くありませんから!」の号泣会見を見ることになり、
日本経済の一角を支える企業のトップが、感情的に言葉を投げかけ涙を流しながら懇願する様子に、
「日本はなんだかとんでもないことになってしまってるんだ・・・・・」と、バブル崩壊後の社会の混乱を
印象付けたものになりました。

その後、実家のそばの支店は閉店となり、会社も清算されたため
特に山一證券の存在が頭に上ることはなかったのですが、
今回、ブックオフでたまたま本作を見かけて、「あれはいったい何だったんだろう?」と
興味が湧いてきました。
前に読んだオリンパスの粉飾決算事件の本が面白かったという記憶もあったので。

主人公は、事件の社内調査委員会の責任者を務め、調査報告書をまとめた嘉本常務。
事件発覚の数か月前に業務管理部長に異動してきた人物で、
異動してきていきなり、証券取引等監視委員会の立ち入り検査を受けます。

このシーンの描写で驚いたのは、まだ前職の引継ぎが終わていなかった嘉本常務は、
検査への対応を部下に任せ、自身は近畿・大阪本部の引継ぎを優先します。
この判断一つで、私は「あぁ、潰れる会社ってやっぱり非常事態に臨んでも危機感ないんだな」と
納得してしまいました。

私自身、金融機関に勤めていたので、時々、金融庁検査というものに巻き込まれましたが、
もう、そのときは、何をおいても金融庁対応が最優先という感じでした。
まぁ私が入社したときには、すでに山一證券をはじめ金融機関各社が経営破綻しており、
そこには大蔵省や財務省、金融庁の「ここは潰すべき」という判断のもとで潰されてきたという
経緯があるので、その歴史を踏まえて金融機関は、監督官庁の検査対応は最優先という意識が
一段と強まった時代だったせいもあるかと思います。

それにしても、嘉本常務も業務管理部の部下の面々も、初動が遅いし、気持ちも緩んでるよなーと
感じてしまう事件の発端の描写でした。
この後、経営陣から現場社員まで、証券取引等監視委員会の取り調べを受けていくのですが、
もう明らかに非常事態なのに、経営陣が「隠せる」「騙しとおせる」と考えている様子に、
なんでここまで判断力が鈍ってしまうのか、逆にその経緯が気になってきました。
もともとの社風なのか、バブル期を謳歌した証券マンの世代の勘違いなのか、
それとも当時の経営者個人の資質の問題なのか。

総会屋への利益供与事件の調査が発端でしたが、簿外債務の存在まで発覚し、
その規模が数千億円と分かった時点で、さすがに主人公も「これでは会社が潰れる!」との危機感で
業務管理部の権限をもって社内調査を開始します。

面談形式で経営陣一人一人に当たっていくのですが、
著者による経営陣個々人のバックグラウンド解説が入り、理解しやすかったです。
「こういう業務畑を歩いてきた、この成果で取り立てられた、取り立てた上司はこの人」というような、
何が得意で誰に弱いかという解説です。

結局、会社は人の集まりでできていて、個々人の得意不得意、そして1人1人の人間関係の
積み上げで動いているんだなということが実感できました。
長年不正をしてきたので、社会的な評価は「悪事」ですが、このスキームを考え出した当初や
運用している最中は、「なんて素晴らしいスキームを造り上げたんだ!」と、社内関係者の中では
「成功事例」として捉えられてたんだろうなと推察できます。

オリンパス事件では、誰もが思いつけるわけではない特殊なスキームを構築した点で
「こりゃ凄い事件だわ」と、ある種の感動がありましたが、
山一証券事件は、どちらかというと、証券マンなら思いつくけど、その一線は越えてはいけないと
自制心が働くであろう不正スキームを、みんなで渡れば怖くない的な経営陣の集団心理で
突破しちゃったのかなぁ・・・・と感じました。頭が良いというよりは、やっぱりリスク管理が鈍感な印象です。

私自身の記憶にも鮮明に残っている社長号泣会見については、
事前に組合に事情説明をしたときに、組合側の若手執行委員が投げかけた要望を、
会見の場で社長がしっかりと果たしたということだったようで、
そこだけ切り取ると、社員思いの情のある社長のようで、実際私もそう思ってましたが、
経営者としての決断力のなさや指導力のなさは、この本で冷酷に描かれてます。

しかし、不正自体には全く関与しておらず、不正発覚を受けて社長と会長が世間の批判をそらすため
とりあえず辞任して顧問に引いたので、空席に祀り上げられることになったこの社長は、
可哀想でもありますが、前任の不正社長に「大変な状況だけど社長をやってくれ」と頼まれて
嬉しそうに引き受けてしまうというのは、やっぱりリスク管理能力というか、リスク察知能力が
無さすぎですよね・・・・・。

自主廃業が決まり、もうどうにもあがきようがなくなった業務管理部の面々は、
「こうなったら真相究明だ!」と、自分の次の職探しも後回しにして、
とにかく真相を究明して社員に説明するのが自分たちの使命だと考え、
会社に泊まり込んで調査を開始します。

自主廃業で人生が突然ぶち切られてしまった社員たち、しかも自社株買いを勧められていたため
自己資産を山一證券の株式で保有していた社員は、毎月の収入も貯めてきた資産も全てを
一気に失うという地獄の状況に陥ります。
その姿を見ていた嘉本たちは、真相究明して社員に説明をすることで
少しでも報いなければいけないんだという強い思いで行動を開始し、
この後半の迫力と行動力は凄まじかったです。

実際に、彼らがまとめた社内調査報告書は、その徹底的な調査と客観的な考察で、
その出来栄えはメディアで高く評価されたとのことで、不正を働いた会社であっても
ちゃんと行動した部分はきちんと評価される社会というのは、
そうあるべきだし、しかし、そんな公平さを持続させるのは困難なことだろうなと感じました。
今のメディアには、同じ状況に臨んだときに、そういう公正な評価を下す能力があるだろうかと。

そして、読み終わって、この社内調査報告書を検索してみたら、調査委員会メンバーだった
國廣弁護士のサイトで全文公開がされていて、情報公開が徹底しているなと感じました。
まぁ、これは、山一證券自体が今は存在していないから、ある意味自由に発表できるという
ことの反動なのでしょうけれど。

最後に、著者のことは読み終わるまで全然意識していなくて、
読む前にちらっとプロフィールを見て、「新聞記者上がりのジャーナリストね」ぐらいに思ってたのですが
あとがきに、「読売新聞グループとの間で片手に余る訴訟を抱えていた」と述懐していたので、
「特ダネとかで勤務先とトラブったのかな?」と、改めてプロフィールを見てみたら、
読売巨人軍の「清武の乱」の清武さんじゃないですか!
そりゃ、山一證券の調査委員会の面々にシンパシーを抱く立場の人だわなと、大納得。
熱い内容の作品に仕上がっているのは当然ですね。




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『紛争輸出国アメリカの大罪』
- 2023/07/21(Fri) -
藤井厳喜 『紛争輸出国アメリカの大罪』(祥伝社新書)、読了。

藤井厳喜氏を初めて認識したのは、『ニュース女子』を見始めたときに、
「トランプ大統領の誕生を予言した数少ない政治評論家」として紹介されたこと。
私は一般マスコミのヒラリー・クリントン優位という報道をそのまま信じてたので
へぇ~、あの選挙の展開を読み切ってた人がいたのかぁ、と驚き、
それからは藤井氏の見方は気にするようになりました。

ただ、バイデン氏が勝利した大統領選挙の後は、ドミニオンなどの陰謀論的な発言が
目につくようになり、それ以降は、ちょっと距離を置きながら眺めてる感じです(苦笑)。
あの選挙の全てが適切に運営されたとは言えないでしょうけれど、
日本でもどこでも、どの選挙にも不完全な部分はあると思うので。
選挙の結果がひっくり返るほどの不備はさすがにないと思いますし、
それ以上に不正でひっくり返すのは難しいのではないかと。

というわけで、結果的にこれまで著作を読むところまでは行ってなかったのですが、
まぁ読まず嫌いも良くないだろうということで、試しに一冊。

前半は直近の世界の動きについて、後半は太平洋戦争などの歴史について。
出版年の2015年においては、ISやシリアなどの中東方面の不安定な情勢や
南シナ海での中国の海洋進出などがホットな話題で、
やはりそういうリアルタイムな世界の動きを、背景も含めて解説してくれるのは
やはり、ありがたいと感じます。

新聞やテレビの通り一遍な情報にはない、大国米国の思惑だったり、失敗だったり
米国の競合相手の国がそのような動きをする、またはせざるを得なくなった経緯とか。
そういう背景情報を知ることができると、「なんであの国は突然こんなことをしたのか?」と
思ってしまった事件が、実は突然ではなく伏線があったんだと納得できます。

そして、ウクライナとロシアの関係についても1章を使って解説されていますが、
そもそもクリミアはロシアの一部だったのに、ウクライナ出身のフルシチョフが故郷のためにという判断で
ウクライナに編入させたという経緯を知り、「そんな個人的な感情で恣意的に割譲したら揉めるわな」と。
その後の経緯やウクライナ政府の判断のブレも含めた説明をし、著者も、ロシアのクリミア進出は
必ずしもロシアが一方的に野心をもってやっているのではないという指摘をしており、
それは、今のウクライナ戦争でも同じかなと思いました。

プーチン大統領の軍事行動の決断は非難されるべきものではありますが、
プーチン氏個人の感情で行われているのではなく、ロシアとウクライナの歴史の流れの中で
ある種の必然性をもって起きてしまった部分もあるのかなと。
ウクライナを支援する気持ちは私も持っていますが、「ウクライナが完全な善、ロシアが完全な悪」という
単純な図式に落とし込むのは理解を誤るので止めるべきだと思います。

後半の太平洋戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争などの開戦経緯や泥沼化の原因について
基本的にアメリカの判断ミスや失策が契機となったという説明で、
何でもかんでもアメリカのせいとなってしまうとちょっと眉唾な気がしますが、
まあでもアメリカ人自身は、世界各地の問題に当然のように口を出してくる人たちだから
現地への理解が薄いまま口をはさんでくると揉め事の原因になりそうだなというのも分かります。

特定の解説者の言い分を鵜吞みにするのは危険かと思いますが、
こういう今起こっている世界の動きに関して背景解説をしてくれる人の解説は
多様なものを集めて自分で解釈していくしかないですね。




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『塗仏の宴 宴の始末』
- 2023/07/20(Thu) -
京極夏彦 『塗仏の宴 宴の始末』(講談社ノベルズ)、読了。

東京出張で、この巨大ボリュームの2巻ものをやっつけるつもりでしたが、
結局上巻しか読めず、帰ってから残りを読んでいたら時間かかっちゃいました。
京極作品、やっぱり覚悟が要りますね。

さて、上巻の『~支度』は、短編集で、登場人物や事件の背景は底で繋がっている感じですが
エピソード自体は個別の話が6本収められていました。
それぞれで語られる「謎」については、「後催眠」というキーワードでトリック的な部分は
解説されていますが、事件の背景というか、社会背景というか、そういう大きなものについては
全く解明されないまま『~始末』に持ち越しとなります。

で、『~始末』の方は、一本の長編として構成されていますが、
こまめに場面が変わり、話者の視点も変わるので、なかなか読んでいて混乱しちゃいます。
そもそも、登場人物が多すぎ!

しかも、過去の事件の被害者だったり関係者だったりも登場してきて、
シリーズ全体をきちんと順番通り読んでいない自分としては、
細かな背景が理解できてないので、そこは残念でした。
シリーズを通しての仲間の登場人物たちがたくさん出てくるので、
集大成的な作品なのかな?

肝心の大きな視点での背景については、
京極作品だから、なんとなく納得できる事件の展開ですが、
もし他の著者の作品だったら「そんなんありか!?」と思っちゃいそうです。

「謎」の解明に関しては、自然科学的な視点、人文科学的な視点、社会科学的な視点の
3つの柱があるように思うのですが、『~支度』では、自然科学的な視点が軸で
面白く読めました。

『~始末』は、どちらかというと哲学的な人文科学的な視点が軸になっているように感じました。
佐伯由布と益田の間の、自我とか人生とかに関する議論は興味深かったです。
一方で、これだけカルトが跋扈する話なら、社会科学的な視点での深掘りも欲しかったなと
感じました。

「不思議なことなど何もない」というセリフは、人間の思い上がりなのか、
それとも真実を探求する心の表れなのか、気になるところですね。




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『塗仏の宴 宴の支度』
- 2023/07/14(Fri) -
京極夏彦 『塗仏の宴 宴の支度』(講談社文庫)、読了。

私が京極作品を読んでいるのを見た友人から、
「『塗仏の宴』が一番面白いよ」と教えてもらったので、ブックオフで買ってきました。

「宴の支度」と「宴の始末」の上下巻のような形ですが、
片方で1000ページ近い大作なので、かなり覚悟がいる本です・・・・・。
3日間出張の予定が入ったので、移動時間を全部読書に充てるつもりで読み始めました。

冒頭の章「ぬっぺらぼう」は、百鬼夜行シリーズレギュラーの小説家の関口巽が主人公。
取材を頼まれ、伊豆韮山の山中にかつてあったとされた戸人村について現地に調べに行くことに。
地図には載っておらず、周辺地域の住民も誰も記憶にない村なのに、
戦時中の新聞記事に、その村で起きた皆殺しかのような大量殺人の噂が掲載されており・・・・。

関口と、以前戸人村に駐在していた記憶がぼんやりとある元警察官の男、
そして現在の韮山の駐在所の警察官と、郷土史家の男のそれぞれの会話で物語は進んでいきますが、
何かが起きた場面の描写ではなく、会話の言葉だけで空想していくので、
勝手に不気味な感じを思い描いてしまい、恐ろしいです。

佐伯家という謎の庄屋のような存在と、その庄屋の大きな屋敷は今やうっそうと茂った木々の中に
廃屋として存在し、村の他の家々は、空き家になったものもあれば
人が住んでいる家もあるものの、戸人村についての記憶を持っている者はなく、
何十年も前からここは韮山だと証言します。

この「戸人村の消失」に関する謎解きは、この「ぬっぺらぼう」の章内で行われますが、
佐伯家は?ぬっぺらぼうの謎は?という部分は触れられないまま次の章へ。

次の「うわん」は、舞台が静岡の町中に代わり、「成仙道」というカルト集団が
家々を回って信者獲得に動いている様子と、どこから来たのかわからない男の自殺未遂騒動が
描かれていきます。
あれ?佐伯家は?戸人村は?と思いましたが、この章はこの章で別の物語となっています。

さらに次の「ひょうすべ」では、再び関口と京極堂が登場してきますが、
少し時間が経過しているのか戸人村の話とはまた別の、華仙姑処女という占い師の話でした。

全部で6つの章があるのですが、登場人物たちが代わる代わる登場してきたり、
百鬼夜行シリーズのレギュラーメンバーたちがいろいろ登場してきたりするのですが、
連作短編集というほど繋がりが明確に描かれているわけではなく、
でも、「カルト」「後催眠」というようなキーワードで根底の部分は繋がっているようで、
不思議な一冊となっています。

最後、初出一覧が載っていましたが、なんと、章の1番目、3番目、5番目が
それぞれ別の時期に発表された短編で、間に挟まる2番目、4番目、6番目の章は
本作のための書下ろしとのこと。
最初から、この一冊にまとめる構想があったのかどうか分かりませんが、
こんな複雑なつくりかたをして「宴の支度」として一冊にするとは、なんと凄い力業かと驚きました。

結局、6章全部を読んでも、結末らしい結末は得られず、
どちらかというと6つの謎を提示された状態です。
後半、「宴の始末」で、どんな風な結論になるのか楽しみで、早速手を付けたいと思います。




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