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『やがて消えゆく我が身なら』
- 2023/04/30(Sun) -
池田清彦 『やがて消えゆく我が身なら』 (角川ソフィア文庫)、読了。

清彦センセの本、本作は当たりでした!

本業の生物学の分野に関わるトピックスが多く扱われており、
ご本人曰く「身も蓋もない意見」が、バッサリ気持ちよかったです。

政治システムの話、自殺者の話、就職難の話、競争社会の話、
終末医療の話、脳死臓器移植の話、子供の教育の話、自然保護の話、
いろんな社会問題について、「生物学者」としての知見をベースに
持論を展開されているので、自分にはない視点からの指摘が多くて、勉強になります。

著者は、天皇制とか日の丸とかが大嫌いなご様子で、
廃止すべき!との論陣を張られてますが、今回読みながら考えたのは、
著者は、生物学に基づいて人間の社会も評価しているので、
生物の本能に組み込まれていない社会制度に関しては否定的なんだろうなということ。

例えば、サルの社会で、腕力のあるオスザルがボスの地位につき、
群れ全体を統率していくのは当たり前だと考えている。
そのボスザルの血統が、万が一、他のオスに比べて、圧倒的に優位な力の差を
遺伝子レベルで持っているなら、生物として群れが生き残る選択肢として
世襲もありうると考えているのではないかと思います。(これは私の勝手な推測です)
しかし、世襲を強固なものにするために、生物個体としての力の差とは別に、
社会制度とか、国旗国歌とかのような、「仕組み」で正統性を担保しようとするところが
生物学者としてお気に召さないのかなと思いました。

私は、そういう生物学的な価値判断を超越したところにある「仕組み」「社会制度」みたいなところに
興味があるので、それを真っ向から批判する清彦センセの主張は
やっぱり興味深く読むことができます。
政治的な思想で打倒天皇制みたいなことを言われると、ちょっと警戒してしまいますが
生物学的な見地から「意味がない」「集団の弱体化につながりかねない」というような
反対をされると(清彦センセが直接的にそういう言い方で反対しているわけではなく私の解釈です)、
面白いな、なるほどな、と思えます。

いろんなことが学べる清彦本でした。




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『開戦通告はなぜ遅れたか』
- 2023/04/29(Sat) -
斎藤充功 『開戦通告はなぜ遅れたか』(新潮新書)、読了。

先日読んだ陰謀論の本の余韻で、
陰謀論の香りが漂ってきそうな雰囲気の本をば。

著者のことを全く知らなかったので、
トンデモ本かもしれない・・・・とかなり警戒して読み始めましたが、
落ち着いた文章で、段々と興味をそそられていきました。

真珠湾攻撃の前年、情報将校として米国の国力分析に当たっていた新庄健吉陸軍主計大佐は、
戦後、米国自身からその情報収集・分析内容を褒められるほどの緻密なものを残す実力がありながら
体調を崩して入院、そして12月4日に亡くなる。
真珠湾攻撃当日、新庄大佐の葬儀が行われ、そこに大使をはじめとする大使館職員も多数参列し、
葬儀が長引いたために、開戦の通告が遅れてしまうという失態を、各種の資料や証言から
著者が暴いていくというもの。

葬儀に参列した大使館職員や陸軍関係者だけでなく、
新庄大佐と懇意にしていた新聞記者の日記なども調べ上げていきます。
この一つ一つピースを嵌めていくような地道な調査には感嘆しつつも、
大使は開戦通告よりも葬儀に最後まで参列することを優先したという
その判断については、ホントなの?と思ってしまいます。

今とは時代が違って、冠婚葬祭、特に葬祭に関しては何よりも最優先という習慣だったのかもしれませんが
しかし優先順位を比較する対象が対米開戦通告ですよ。
葬儀を途中退席というのが普通の考えだと思うのですが、謎ですね。

途中、葬儀を仕切った牧師が長々と新庄作の詩を朗読したというようなくだりがあり、
なんとなく、米国諜報機関の関与があったかのような雰囲気を醸し出しますが、
それ以上の踏み込みは無し。
前半の情報を集めていくワクワク感に比べると、後半の分析は失速した感じでした。

個人的に印象に残ったのは、新庄大佐自身が情報分析に際して残したという
「数字は嘘をつかないが、嘘が数字をつくる」という言葉。
これは、今の譲歩社会の世の中でこそ、最も重視すべき箴言だと思います。




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『神様のカルテ』
- 2023/04/28(Fri) -
夏川草介 『神様のカルテ』(小学館文庫)、読了。

いつだったかドカ買いしてきた中の一冊。
タイトルから勝手に、重病患者との交流のような重たくも心温かな物語なのかなと想像し
今まで積読だったのですが、読んでみました。

が、看取りの話も出てきますが、どちらかというと、地方の先端医療を担う大学病院と
日常の患者の受け入れを担う中規模総合病院の立場の違いを表現した本でした。

主人公が、夏目漱石を敬愛しており、しゃべる言葉が漱石チックな変人という設定、
山岳写真家の若妻と一緒に、元温泉旅館を転用した賃貸に一間を借りて住んでおり、
他の部屋に住む美術家の卵や哲学者の卵との交流も描かれています。

これはいわゆるライトノベルなのかな?と思いつつ、ラノベの定義がイマイチ分かってません(苦笑)。

中編3編が収録されていますが、中規模総合病院で内科医として勤務し、
ローテーションで回ってくる救急患者対応も徹夜でこなし、
休みの日も患者の急変で呼び出されるという日々。
毎日の臨床にくたくたとなり、医療の進歩に能動的に関わっていく大学病院とは
やはり期待されている役割が違うポジションです。
同期で大学病院の医局勤めの友人医師が、この中規模病院に派遣されてきたことで、
この役割の差異を一層切実に実感していく様が、物語の中で丁寧に描かれていきます。

大きな事件や急展開が起きるわけではなく、中規模病院での日常のシーンが続きますが、
その分、地域医療がどういう人々の努力や苦悩の上に成立しているのかが
よく分かる作品でした。

登場人物たちは、みな何かしら、自分の人生の壁にぶつかったり、世間の世知辛さを実感したり
しているようですが、しかし、本質の部分で良い人ばかりなので、
とてもほっこりした気持ちで読み進めていくことができます。

シリーズ化されている作品のようなので、今後も追っていきたいと思います。




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『文藝春秋SPECIAL 2012 SUMMER No.20』
- 2023/04/26(Wed) -
『文藝春秋SPECIAL 2012 SUMMER No.20』、通読。

実家で親が部屋の大片づけをしたら奥から雑誌がいくつか出てきたようで
積んであったので試し読み。

「日本史におけるリーダー」というテーマで組まれており、
信長とか家康とかのオーソドックスな名前も挙がってますが、
それ以上に、頼朝推しなのが興味深かったです。

私自身、鎌倉時代って、あんまり日本史を学んでいても粗野な印象があったというか、
どうしても徳川幕府の完成形を知ったうえで評価してしまうので
足りない部分に目が行ってしまってたのですが、しかし、初の武家政治・幕府を開いた
というのは、やはりすごいことですよね。

軍事的に強いから、主だったライバルを武力でなぎ倒したという人物は
他にもいたと思うのですが、瞬間的な輝きなんですよね。
それを「幕府」という組織にして、一族や北條氏が維持できる権力構造にしたのは
やはり革命的なことだったんでしょうね。

三代で潰えてしまい、北条氏に実権が移ってしまったので
後世での評価が少し低いのかなと感じます。

あと、浅田次郎氏の新選組の文章を読んで、新撰組自体にはそんなに興味がないのですが、
やっぱり売れている作家先生が書く文章って、短くても引き込まれるな~、と、
歴史とは直接関係ないところに感動したり。

白鵬関の相撲の歴史に関する文章も面白かったです。
なんだか力士人生の最後、悪役みたいな役回りになっちゃった気がして可哀想でしたけど、
もともとは相撲界に対してリスペクトがある外国人力士っていう位置づけでしたよね。
人の評判というのも、何か一つのきっかけで反転することがあるので、難しいものですね。




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『ノーベル賞受賞者にきく子どものなぜ?なに?』
- 2023/04/25(Tue) -
ベッティーナ シュティーケル 『ノーベル賞受賞者にきく子どものなぜ?なに?』(主婦の友社)、通読。

「はじめに」で、本企画を紙面に掲載した南ドイツ新聞で活躍するジャーナリストの
アクセル・ハッケ氏が、ご自身の息子さんに「パパはどうしてお家にいるの?」という
疑問を突き付けられ、2人で一緒に「なんでだろう?」と考えた結果、
最後「一緒に遊ぼう!」となるやりとりが微笑ましく、しかし一方で、
「子供が父親が家にいることを納得する基準は何か?」を探っていて、興味深く読みました。

この水準でノーベル賞受賞者が自分の専門領域について語ってくれるなら
めっちゃ面白そうだなと期待値爆上がりだったのですが、
うーん、本編は堅苦しかったです(苦笑)。

ノーベル賞受賞者にテーマを与えて、著者がインタビューして内容を再編集したのかなぁ。
結局、文章の中に呼びかけや語尾の優しさが加味されているだけで、
専門用語は出てくるわ、子供の疑問とはズレた子供が興味を持たなそうな事象の解説が続くわで、
うーん、正直、子供向けに解説するという態を装った大人向けの本でした。

「はじめに」を書いたジャーナリストに、各ノーベル賞受賞者を取材させて、
子ども目線で質問をさせた対談形式にするとか、「はじめに」の水準でジャーナリスト目線で
インタビュー内容を再構成するか、そういう形式の方が良かったんじゃないかなと思います。

優秀な研究者が優秀な教育者であるというわけではない、という現実が
実感できる本でした。




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『深夜特急4』
- 2023/04/23(Sun) -
沢木耕太郎 『深夜特急4』(新潮文庫)。

第4巻はシルクロード編ということで、
パキスタン、アフガニスタン、イランなど。

日本人からすると、どれも遠い国かと思います。
特に、アフガニスタンはタリバンの拠点になってる地域ですし、
パキスタンはインドと揉めている国、イランはイランイラク戦争の国と、
私の中では、とにかく紛争のイメージが先に立ってしまいます。

でも、世界史の教科書の中では、この地域って、長い長い歴史があり、
ササン朝ペルシア、イスラム帝国、オスマントルコなど、強大な領土を持つ王朝や帝国に
含まれていたこともあり、その文化の成熟ぶりも特徴だと思います。
(高校生時代は日本史専攻だったので、世界史は中学生レベルの知識しかないのですが・苦笑)

長く厚い歴史と文化を持ちながら、紛争のために経済力が向上せず
貧しい暮らしを強いられる人の割合が多い国々という印象です(イランは比較的豊かなのかな)。

アフガニスタンにて、市場などを覗いた後、町を散歩していたら、
カブール河の長い堤防の上に多数の男たちが腰を掛けてぼんやりしているという光景が
「壮観だった」と著者は書いています。

この描写を読んだとき、昔、会社の出張で訪れた米国アトランタの町の様子が思い出されました。
到着した日、仕事は翌日からだったので、一緒に行った同僚と観光がてら町歩きをしたのですが、
米国南部の町なので、黒人地域と白人地域の住み分けがはっきりしていて、
「黒人地域と白人地域で、町の雰囲気はこんなに明確に違うものなのか」と驚き、
そして、黒人地域においては、正直、怖いと感じる雰囲気がありました。

一緒に行ったグループは、日本人の男6人、女2人だったので、
決して危ない思いをしたわけではないのですが、シカゴに住んでいたこともある男性が
「早く帰ろうか」と言い出す始末。

あとで、何が原因で、こんなに怖いという思いを抱いたのか考えてみたのですが、
平日の昼間に大の男が何の目的もなく、ただ談笑したり音楽を聴いたりするために
歩道にぶらぶらと並んでいる姿に違和感を覚えたのかなと思いました。
あんまり日本にはない光景ですよね。

駅からオフィス街に向けて多くの男性サラリーマンが目的地に向かって歩いていたり、
休日に公園で男性グループがフットサルしてたり、美術館に入るのに並んでいたりする様子には
「何をしようとここにいる人なのか」が一目瞭然です。
そして、男性しかいないという状態も不自然で、男女比の差は場面ごとにあったとしても
男性ばっかりという状況も珍しいかと思います。

そして、その時、感覚的に、「治安が悪くなるのは、お金がないとか、持ち物が貧相とかよりも、
何もすることがない時間を持て余してるという状況が一番の原因なのかも」と思ってしまいました。
アトランタの町で見かけた光景が、治安の悪さを直接表現していたわけではないですが、
貧しくても毎日仕事があったら、まずは真面目に働いて稼ごうとするだろうと思うと、
暇が有り余ってるからバカなことを考え実行してしまうのかなと。

日本でも、新宿や渋谷の不良少年が集まってる様子の報道とか見ると、
何よりもまず「暇なのかな」「やりたいことがないのかな」と思ってしまうようになりました。

なーんて、全然本編と関係ないことを書いてしまいましたが、
本作で描かれているカブールの様子は、そういう危険な印象がないようなのんびり感で、
あー、せこせこした資本主義社会とはまた別の価値観で動いているのかなぁと
感じてしまいました。

あと、安宿の若年マネージャーに「何のために旅行しているのか」と問われて
答えられない著者。そんな姿を見て、軽蔑するかのようなマネージャー君。
このやり取りを見て、私は断然マネージャー君側だなと、この本を読んでるくせに(苦笑)
そんな感想を持ってしまいました。

目的と目標を定めて毎日の行動を決めて動くことが好きというか、
目的もなくぶらぶらすることが性質上できないので、
このシリーズは、「自分では絶対に出来ないことを他人の経験を通して追体験する」という
目的で読んでます。やっぱり目的設定がある(苦笑)。




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『全員で稼ぐ組織』
- 2023/04/21(Fri) -
森田直行 『全員で稼ぐ組織』(日経BP社)、読了。

京セラの稲森和夫氏が説く「アメーバ経営」について、
稲森氏の下で現場に新装させる陣頭指揮を執ってきた著者による本。

サブタイトルに「JALを再建させたアメーバ経営の教科書」とあったので、
JALにおける具体的な導入プロセスが解説されているのかなと期待したのですが、
そこは抽象的な描写で終わってしまってて看板倒れです。
アメーバ経営の本質についてはよく説明されていますが、
じゃあJALでどうやって導入していったの?というところはフワフワしてました。

むしろ、中盤で紹介されていた、著者が京セラのグループ会社として
アメーバ経営の普及と導入に取り組んでいる会社の活動事例の方が
具体的な内容になっていて理解しやすかったです。

アメーバ経営の核となっている原価計算については、
自分もサラリーマン時代にプロジェクトチームの一員として取り組んだことがあるのですが、
原価計算まではできても、その後の、部門別採算制度のところが、結構、現場の拒否反応が
強かったんですよねー。

プロフィットセンターとコストセンターという従来の原価計算の仕方だと
コストセンターとされた側の従業員の士気が下がるから、
そこに収益相当の働きを評価しようとするのですが、
じゃあ、この作業1件がいくらになるのかという価格を決めようとすると
明確な値付けの理由がない業務とかは恣意的になっちゃうんですよねー。

厳しめの価格設定をすると、現場から「会社はこの業務をこんな低く評価するのか!」、
高めの価格設定をすると、現場は「結局、原価計算って、適当なんだな~」を気を抜く。
1年間、取締役会で部門別損益の報告をしてましたが、
現場も担当役員さえも不満気で、1年で止めちゃいました。
というか、経営企画部と経理部は引き続き数字を追っていましたが、
取締役会での報告も、各部門へのデータ還元も中止されました。
これじゃぁ、原価計算した成果は半減以下ですよね。

というわけで、個人的には、原価計算から部門別損益に飛躍させるプロセスが知りたいのですが、
それは、ブックオフで100円で古本を買っても知ることが出来なくて、
著者の会社に大金を払わないといけないんでしょうね。




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『陰謀史観』
- 2023/04/20(Thu) -
秦郁彦 『陰謀史観』(新潮新書)、通読。

首相暗殺から半年ちょっとで再び首相が狙われるという事件が発生し、
日本は一体どうなっちゃんだよー、てな感じです。

また陰謀論がいろいろ出てくるんだろうなぁ・・・・・・と思ったので
たまたま積読になってた本作を読んでみました。

現在の日本人に関係の強そうな陰謀論で、なおかつ議論や検証が多角的になされてきたものということで
田中上奏文、昭和天皇の戦争主導論、近衛上奏文、コミンテルン陰謀論、田母神論文等が
扱われています。

私としては、そういう陰謀論的なものがなぜ生み出され、しかも多くの人が信じるに至ったのかという
誕生と拡散のプロセスに興味があったのですが、
本作では、どちらかというと、陰謀論のどこが間違いなのかを指摘することにページを割いていて
歴史好きの人には面白いんだと思うのですが、社会学好きの私にはちょっとニーズ違いでした。

ただ、本作で書かれている陰謀論の事例は、紙ベースでの文書だったり論文だったりが多くて、
今のSNSベースで拡散される陰謀論は全く別物だなーと思いました。
その道の権威でもなく、言論活動をしている人でもなく、権力者に近いわけでもなく、
どこの誰だか分からない人のつぶやきが、SNS上で拡散され、
他のつぶやきと統合したり連携されたりして一つの物語にまで膨れ上がってしまい、
拡散の過程でいろんな人の修正が入ることで信憑性が増してしまうという
この強化プロセスが凄いですよね。しかも、ほとんどの人が、陰謀論だと思わずに
素直に真実としてツイートしているところが怖いです。

それに比べると、昭和の陰謀論は、生成過程に関与している人が少数で、
しかも意思をもって陰謀論に仕立て上げていると思うので、
本作のように、1個1個嘘を指摘することが比較的やりやすいのかなと思いました。

とりあえず、SNSでの陰謀論に引っかからないように、「えっ!すごい!これ本当?」って思っても
一拍置いて考えるようにしていきたいと思います。




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『メタボラ』
- 2023/04/18(Tue) -
桐野夏生 『メタボラ』(朝日文庫)、読了。

作品のあらすじとかジャンルとか評判とか全く知らない状況で、
上巻の裏表紙のあらすじだけ読んで読み始めました。

真っ暗な夜に山道を逃げる主人公の若い男。
しかし、彼には自分に関する一切の記憶がなく、なぜ今ここに居るのか
そもそも自分が誰なのか把握できないままに、ただただ逃げているという状況から物語はスタート。

そんな主人公の頭の中で、「ココニイテハイケナイ」という声が響くというシーンから、
これはSFホラーとか、そっち系の作品なのかな?と、読んでいるこちらの足元もおぼつかない状況で、
ちょっと前半はつかみどころのない作品でした。

この山道を逃げている間に、近くの職業訓練学校から逃げてきたという未成年の少年と出会い、
2人で6時間歩いてコンビニまでたどり着き、そのコンビニでレジ打ちをしていた若い女の家に
うまく転がり込んで、怠惰な生活が始まります。

うーん、何を読み取っていけばいいんだろ?この作品はどこに向かってるんだろ?と
上巻は、正直、そこまで面白さを感じ取れませんでした。
私は、どんなテーマの小説なのかが掴み取れない足元不安定な作品は
読むのにちょっとストレスを感じちゃうタイプなので。

しかし、上巻終盤で、2人がコンビニ店員の部屋を出て、
それぞれが、ゲストハウスの手伝いとホストクラブのホストという居場所を見つけてから、
読みやすくなった感じです。
一応、生活に目途がついて、それぞれが「自分の人生に向き合う」ということに
時間と体力を割けるようになったから。
そして、ゲストハウスとホストクラブという、対極にあるけど、それぞれ濃密なコミュニティの中に
身を置くことになり、その組織の理念とかルールとか何が許され何が許されないのかという
現実の線引きみたいなものが、記憶喪失な人間と金持ちのボンボンの甘ちゃんという
ちょっと人間性に欠落している部分がある2人の目を通して描写されるので、興味深かったです。

で、下巻になり、まずは、ゲストハウス側の、それまでののんきな空間だったところが
オーナーが選挙出馬に色気を見せ始めたことから一気に空間の空気が変わり、
政治的な思想というよりも、政治的な打算がぐっと色合いを高めたことで、
真っ当な職に就いている人 vs ゲストハウスに長期滞在する旅人気取りな人、
地元住民 vs 移住者・一時滞在者、米軍基地賛成派 vs 反対派、等の様々な対立構造が
このゲストハウス周辺の人という少ない中でも明確に立ち現れてきます。

沖縄というと、リゾート地とか米軍基地とか特殊な要素が多いので、
ついついそこに目が行ってしまいますが、本作を読んでいると、どこの地方にもある
お堅い職業の人 vs ふらふらしてる人、長年住んでいる地元民 vs 移住者、
経済発展推進派 vs 地域らしさ保護派、みたいな構造は、結局、地方あるあるで一緒なんだなと
再認識しました。

後半、主人公の過去の記憶がよみがえり、そこに見えてきたのは、
仕事がうまくいかず妻に八つ当たりする暴力夫、その夫から離れられない依存妻、
結果としてネグレクトに遭う子供たち、横道な破滅的家庭の姿でした。

ちょうど、岸田首相の襲撃事件が起きたところだったので、自然と頭は安倍元首相暗殺事件に飛び、
その実行犯である男の家庭環境が想起されてきました。
宗教に依存して現実世界の苦しみから逃げようとする母親と、
暴力夫に従ってきたのに最後の最後に一人で逃げて妹夫婦を頼った母親、
どちらも子供の人生が捨てられてしまっていることに思い至り、
やっぱり、親に捨てられるという境遇は、人間性をどこか壊してしまうのかな・・・・・と思ってしまいました。

沖縄の明るく、ある種、那覇の観光客相手の軽薄な雰囲気と、
主人公が思い出した狭いアパートの中で繰り返される父親の暴力や
父親が死に、母親は逃げたまま、妹は海外留学で人生リセットという状況で
主人公は一人、地方の工場に住み込みで部品のはんだ付けをする毎日。
あー、底辺層の生活というのは、こういう風に生み出されてしまい、
しかもそこから脱出するのは至難の業なんだなと実感しました。

特に主人公のように、もともと勉強ができ、経済的な問題さえなければ有名大学を卒業し
きちんとした会社に就職し安定した人生を送れていたであろう人が
家族といえども他人のせいで、人生をめちゃくちゃにされてしまったときの絶望感は
半端ないだろうなと思います。

こういう地頭のよい主人公の目から、那覇市内での観光客相手の商売の過当競争や
ゲストハウスという不安定な空間に集まる人々の習性、選挙という政治の世界の異様さを描くので
その視点の鋭さや考察も読みごたえがありました。

それに比べると、ホストクラブに行った少年の方は、少年自身のピュアさは見るべきところが
あるのかもしれませんが、やっぱり思慮の足りなさが気になってしまい、
あまり共感できませんでした。

最後、どういう風に締めるのかな?と気になりましたが、
あんまり無理に大風呂敷を広げず、こじんまり閉じた感じでした。
まぁ、これだけ苦しい人生を背負わされても、「首相を襲撃しよう!」なんて発想は持たないでしょうし
本作のような、いったん今の生活に終止符を打ち、ほとんど変わり映えしないかもしれないけど
新たな土地で新たな生活を始めることで、前向きな気持ちを少しでも持てるようにしようと
努力するのが、一般的な考え方だろうなと納得。

あと、解説の宇野常寛氏の考察が興味深かったです。
ある時期から桐野の小説において、男性とは基本的に社会に生の意味を与えられる存在であり、
女生とはローカルな人間関係による承認のみで意味を備給しなければならない存在として描かれる

と書かれており、確かに、『OUT』とか『魂萌え!』とかを読んだ印象としては、
女性の描き方はそんな感じかも・・・・。
そういう閉塞された女性を描く著者だという風に感じてましたが、
この解説を読んで、そういう構造を立て続けに読まされたら、読み手の中に一つの固定観念として
出来上がってしまうかも・・・・と、今後注意して読まないとという気持ちにさせられました。






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『千羽鶴』
- 2023/04/16(Sun) -
川端康成 『千羽鶴』(新潮文庫)、読了。

近所のおばちゃんからもらった本。

Amazonで現在販売されているものには、「千羽鶴」と、その続編の「浜千鳥」が
併録されているようですが、私の手元にある本は昭和53年第52刷の古い本なため
「千羽鶴」のみです。

著者は、いわゆる純文学作家とされていると思いますが、
どうも純文学というジャンルは敷居が高くてなかなか手が伸びません。
(そもそも「純文学」の定義もよく分かっていないのですが・・・・・・)
本作も、ずーっと積読でした。

裏表紙のあらすじには、「今は亡き情人の面影をとどめるその息子」「人間の愛欲の世界」
という言葉が並んでいて、そういう濃厚な人間関係と愛欲の世界というテーマも
どうにも苦手なので、手が伸びませんでした。

薄いから読めるかなぁ?と、ようやく読む気になって手に取ったら、
昔、実家に出入りしていた茶道の先生で、父親と関係があった女性から
茶会への招待状が来て、嫌々ながらも出かけていくところから始まります。

茶道の先生は、主人公に女性を引き合わせようと画策し、この茶会に生徒の娘さんを呼んでいます。
しかし、その茶会に、父親の最後の愛人とその娘もやってきて、愛憎渦巻く世界に。
しかも、この愛人の旦那と父親はお茶の世界で友人であり、
旦那が亡くなったときに、妻が遺品の茶器類を父親に譲り渡したことを機に
愛人関係になっていき、父親も亡くなった今、茶器はこの先生の元へ、という過去があるため、
茶器一つで、グロい人間関係が表現されています。
しかも、関係者全員、本音を隠してうわべは平静さを装って接しているので
とても不気味です。

主人公の目でそれぞれの関係者たちの挙動が描写されていきますが、
「なぜ茶道の先生は主人公にお見合いのような場を設けようとしたのか」
「愛人親子は何の目的でこの茶会に来たのか」
「愛人の娘は、愛人関係という過去をどう評価しているのか、主人公をどう思っているのか」
などなど、謎がどんどん出てきて尽きません。

私は、この作品を、サスペンスとして読んでました。
主人公と各登場人物たちの腹の探り合いのような会話劇。
どれが本音でどれが嘘でどれがごまかしなのか。
推測しながら読んでいくのが面白かったです。

そして、主人公が茶器の一つ一つに対して想像を広げて、
「なぜ、この茶器を彼女は僕にくれようとしたのか」
「この茶器は、父が愛人の元に通っていた時にどんな使われ方をしたんだろうか」
答えが見つかりそうな問いから、想像するしかない問いまで、
いろんなことに思いを巡らせている様子が、丁寧に描かれており、
あー、茶道を嗜むような裕福というか生活に余裕がある人は、
一つ一つのことにここまで思いを巡らせるものなのか・・・・・・と感心してしまいました。
反対に、時間に追われている忙しない自分の人生は貧相だと悲しくなりました。

川端康成、やっぱり一時代を築いた作家で、
名声だけでなく、ちゃんと多くの人に読まれる本を書いていた作家さんというのは
凄い作品を生み出しますね。
少ないながら読んだ川端作品は、きちんと読めてないことが多かったですが、
もう一度、読み返してみようかな。




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