『冤罪』
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- 2022/08/31(Wed) -
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藤沢周平 『冤罪』(新潮文庫)、読了。
先日読んだ井沢本で、藤沢周平が織田信長のことを「意味なく冷酷すぎる」と評価していることに対し 長いページを割いて反論してたのが印象に残り、積読だった藤沢本を読んでみました。 藤沢作品は、武士の世界を中心に、市井に暮らす人々の何気ない日常を描いた作品が多く 著者の庶民に寄り添うような温かな視線を感じることが多いので、 確かに、織田信長の改革の気風とは合わなそう(苦笑)。 藤沢周平作品が、戦国時代の武将たちや、その後の豊臣・徳川政権のリーダーたちを 取り上げているようなら、当時の武将の国家観がどういうものだったのか なるべく現実に即した理解というものが作品の世界観にも大きく影響するような気がしますが、 本作のように、武士階級の中でも最下層で、農業に片足突っこんでないと生活が成り立たないような そういう階層の人々を主人公にするなら、彼らはむしろ「殿や家老が何を考えてるのか分かりませんわー」 という感じだと思うので、織田信長の社会構想の偉大さに共感を持てない著者の方が 同じ目線に立てるのかなと思いました。 ちょっと皮肉っぽい言い方になってしまいましたが、藤沢作品には藤沢氏らしい優しさが必要なので 反織田信長の感覚が必要なのかなと思いました。 具体的な作品としては、どれも満足できる水準でしたが、 特に「夜の城」「臍曲がり新左」が面白かったです。 「夜の城」は、高熱の病に倒れ、それ以前の記憶を一切なくしてしまった下級武士が主人公。 もう一度、仕事をゼロから教えてもらい、日々、地道に仕事をこなします。 家でも妻と2人で静かに暮らしていましたが、妻が外で男に会っているのではないかという 疑念を抱く出来事があり、妻を尾行したりしているうちに、ふと自分を取り巻く様々な出来事に 何か裏があるのではないかと思うようになり・・・・・・この物語展開の立体感が なんとも面白かったです。 「臍曲がり新左」は、その性格の面倒くささから同僚に嫌われている新左。 一人娘と2人で生活しており、隣に住む若侍が娘にちょっかいを出してくるのが気にくわない。 そこに、藩内のお家騒動が絡んできて、斬り合いの現場に駆り出された新左は、 その周辺でうまく立ち回る隣の息子の姿を見て、人物評を改める・・・・・。 エンディングの温かさまで含め、登場してくるキャラクターたちの人間臭さ、愛らしさが 際立った良い作品だと思いました。 藤沢作品は、やっぱりこうでなくちゃね。 ![]() |
『環境危機をあおってはいけない』
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- 2022/08/30(Tue) -
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ビョルン・ロンボルグ 『環境危機をあおってはいけない』(文藝春秋)、通読。
以前、著者による温暖化問題に対する姿勢を読んで、 非常に面白かったので、さらに分厚い本作に挑戦してみました。 しかし、前作で面白かったのは、各問題の科学的正しさがどうかという議論よりも、 「その問題に今、これだけの金と人材と時間を投資すべきなのか」という視点で 問題提起していることだったのですが、本作は、様々な環境問題の分野で それが問題であると主張するデータが、如何に恣意的に作られているか、 如何に曖昧なものが情緒的に語られているかというような視点で どんどん指摘していく構成になっています。 結局、環境問題は、研究者や政府機関の予算取りのための名目であるという そういう世の中の仕組みのようなものは本作でもわかるのですが、 あまりに間口が広すぎて、浅さが拭えない印象でした。 総花的に視野を広げるという目的なのでしょうね。 では、新たな環境問題が出てきたときに、自力で一次資料に当たって データの正しさを確認できるかというと、そんな能力はないし、時間もないし、忍耐力もないので 結局、著者のような人が批判をするまで待たないといけなくなってしまいます。 どうやって「変だな」という気付きを得られるかなと考えてみたのですが、 「その問題に取り組むと足元で誰が得するの?」という視点が一番わかりやすいのかなと思いました。 「表向きに言われてる費用対効果って、なんだか変じゃない?この対応予算で直接得するのは誰?」と 考えたら自分なりの答えが得られそうな気がします。 ![]() |
『逆説の日本史10 戦国覇王編』
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- 2022/08/24(Wed) -
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井沢元彦 『逆説の日本史10 戦国覇王編』(小学館文庫)、読了。
第9巻が面白かったので、さっそく第10巻。 一巻使って、信長の天下統一の大局観を解説しています。 信長の改革者としての非凡ぶりは、第9巻で本質を書いちゃってるので、 第10巻はそこまで強烈な印象を残すものではなく、やや枝葉末節感はありましたが、 当時の宗教勢力である「一向宗」「法華宗」などに対する解説は面白かったです。 本作では、著者は相変わらず、歴史学者の宗教オンチぶりを批判しており、 当時の宗教勢力の武装状態とか強欲さとか理解すべきだという指摘なのですが、 わたくし、20年以上前にそう習った記憶があるんですけどねー。 中学校での社会の授業における日本史の学習は、確かに通り一遍だったように思うのですが、 高校の日本史の授業では、ある程度、当時の「僧兵」などの位置づけについて ちゃんと説明してもらったような気がするんですけどねー。 今の感覚でいう「坊さん」とは違うぞ!武蔵坊弁慶みたいなヤツを想像しろ!みたいな。 うーん、教科書では通り一遍な説明だったのかなぁ? 大学受験用のマニアックな夏期講習・冬季講習で記憶が上書きされちゃったのかなぁ。 本作では、信長が本能寺で亡くならずに、もしもその後に天下統一に向かっていけたら ニ三年のうちに達成できていたのではないかという想像も巡らせていますが、 では、その後の日本、特に二十一世紀の日本は幸せだったのですかね~。 信長の、世界に広く目が向いた政治経営がなされていたら、 もしかすると大航海時代の世界の競争に真正面から巻き込まれて 大変なことになっていたかもしれませんし、 そうなると、今、日本という国があったかどうかも定かではないですしね。 信長の偉業や大局観のずば抜けた内容はたしかに著者のおっしゃる通りですが、 信長が政治のトップで指揮をとれたのも、長くて人生80年でしょうから、 その後継が育ってなければ、どんなに国家改革をしても、次の代で倒れますよね。 秀吉や家康といった、同じく優秀で国家観をもった武将が足元にいたから その後、江戸幕府の安定した治世のもとでの国家繁栄というものがありましたが、 では、織田家の子孫のデキはどうだったのかというとイマイチな気がします。 優秀な人物は、優秀な教育者とは限らないという そういう感想を持ってしまう巻でした。 いろんな制約がある中で、できる限りの謀略を駆使した足利義昭は、 むしろ凄い人物なのかもしれませんね。 ![]() |
『満月ケチャップライス』
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- 2022/08/23(Tue) -
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朱川湊人 『満月ケチャップライス』(講談社文庫)、読了。
気づいたら、朱川作品は5年ぶりでした。 中学生の男の子が主人公。 母親はスナック経営で夜に子供だけの生活。 小学生の妹は幼いころ自分の不注意で足に障害を抱えてしまっています。 こんな父親不在の家庭ですが、母親の教育方針がしっかりしており、 兄は頼りになる存在に成長し、妹も頑張り屋さん。 そんな家庭に、モヒカンの若い男が転がり込んできます。 母の唯一の欠点は、寂しくなると男を家に連れてきてしまい、しかも見る目が無いという 子供からしたら致命的な欠点なのですが、こんどのモヒカン男はどうも様子が違う。 母との間に恋人らしい雰囲気がなく、どちらかというと子供と一緒にいる方が楽しそう。 居候ながら、毎食を子供と一緒に作り、コミュニケーションもばっちりです。 ところどころで詳しくレシピが紹介されるモヒカン男の料理は、 手軽なのに本当に美味しそうです。 主人公は、妹に障害を持たせてしまったという負い目から とにかく何でも我慢し、妹優先、家庭優先で自分の人生を犠牲にしてしまいますが、 そんな主人公に対して、間接的に「無理しなくていいんだよ、犠牲にならなくていいんだよ」と 温かいメッセージを送るモヒカン男は、素性が分からないのに人間味に溢れる人物です。 登場してくるキャラクターはみんな生き生きと素敵な人たちなのに、 肝心の物語の方はというと、この優しい雰囲気のキャラクターたちに 超現実的な時事ネタを絡めまくっていて、なんだかキャラクターが汚されているように感じてしまいました。 まず、このモヒカン男は、少年のころスプーン曲げの超能力少年として世をにぎわし、 しかしトリックがメディアに隠し撮りされて地位転落という、まさに清田クンそのもの。 転落後の不祥事もふくめて、まさにこの本で読んだ清田クンそのものです。 なんで、こんな読者にとってリアルな輪郭を持った現実社会の人物を この物語の中に組み込もうとするんだろう???と疑問に思っていると、 今後はオウム真理教としか思えない宗教団体が登場してきます。 こちらもやっぱり、創作した宗教団体にした方が、物語の世界観にマッチしたように思います。 教団名は登場しないものの、「ソンシ」とか「なんとかヤーナ」とか「松本」とか「農薬を混ぜた」とか あまりにド直球なエピソードを持ち込んでくるので、すごく座りが悪いように感じました。 現実社会を本作に持ち込んだ効果があるなら納得できるのですが、 そこに必然性はなかったように思います。 すごく魅力的な家族だったので、ストーリーの味付けの仕方が残念で仕方なかったです。 特に、カルト問題が大炎上している今のご時世では、余計に要らぬ感情が湧いてくる読書となってしまい 残念でした。 最後も、モヒカン男との別れが、こんな別れ方では悲しすぎます。 ![]() |