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『もひとつ ま・く・ら』
- 2021/09/29(Wed) -
柳家小三治 『もひとつ ま・く・ら』(講談社文庫)、読了。

噺の「まくら」で有名な柳家小三治師匠。
実は、いまだにその高座を聞いたことがなく、本だけで楽しんでいる状態です。
あ、YouTubeでは何本か見たかな。

抜群に面白い「長谷川さん」とか、シリーズ第1弾に最上級のものを全部突っ込んじゃったので
正直、第2弾の本作は小粒さが否めず。

小粒がたくさん入って厚い本になっているので
ちょっと長いなとも感じてしまいました。

まくらだけでなく、高校の音楽の先生を前にした講演会の様子も収録されており、
本の企画の本質からどんどん離れてはいっているのですが、
小三治師匠なりの教育論、自分の子供にはどういう教育を施したかというのが分かって
それはそれで興味深かったです。
意外と熱い人だなと感じましたし、先生たちから質問を受けるだけ受けておいてほとんど答えないとか
きっと、教師という職業を先生自身がどう考えているのか「自分の頭でよく考えろ!」という
叱咤激励も込められていたのではないかと推察。

あと、「しょせん落語は落語」という考え方も好きです。
日本古来の文化芸術を守るとかいうような肩ひじ張った姿勢ではなく、
子供の頃に落語を聞いて面白いと思ったから落語家になった、
落語家になった以上は面白い噺を聞かせたいから毎高座を頑張る、
この単純な姿勢こそが大事なんだろなと思います。
すべての仕事に通じる本質的で重要な考え方だと思います。




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『看る力』
- 2021/09/28(Tue) -
阿川佐和子、大塚宣夫 『看る力 アガワ流介護入門』(文春新書)、読了。

阿川弘之氏の介護をし、看取った著者と、その入院先の院長(会長?)との対談本。

入院患者の希望に極力沿って対応する、
食べたいものを食べさせ、部屋の中で過ごしたいように過ごさせる、
それが健康で健全な老後の日々に重要だ、という軸で話が進みます。

理念はわかるけど、それを実現するには相当な資金が必要だよねー、
患者家族側にも、病院側にも・・・・・と思い、当該病院を検索してみたら、やっぱり高級病院でした。
個室で部屋代が月額90万円だとか。
対談内でも、この病院が生まれたきかっけがナベツネさんからの勧誘だったそうで
病院側の資金面にも問題なしってことですよね。
ま、「そういう世界の話」だと思いながら対談を読みました。

一般庶民には利用できない病院だとは分かりつつ、
でも、介護を一人で背負いこんではいけないとか、嫁や娘に丸投げしてはいけないとか、
そういう指摘は、その通りだと思います。
介護をきっかけに貧困層に転落していく世帯も多いと言いますしね。
お金の面以上に、被介護者だけでなく、介護者側も社会との接点が薄れていくのは
危ない方向性だと思います。

我が家も、祖父が軽い認知症だったので、母が中心になって介護してましたが、
病院への送り迎えは父がやったり、デイサービスはフル活用したり、
短期入院は父の同級生がやっている病院に融通利かせてもらって対応してもらったり、
なるべく負荷のないように、いろんなサービスや助けを使っていたと思います。
それでも、深夜に起こされたりする母は大変そうでしたが。

介護は割り切る、お金で解決できるところは当人の貯金を宛がう、
家族もそのお金を稼げるように仕事を頑張る、休息の時間も作る、
このあたりの心得は、今後もし、私自身が介護をしなければいけなくなったら
ブレないようにしたいと思います。

そして、逆に私が病気や事故で介護される側になる可能性もないとは言えないので、
そのときは、「無理な介護はしないでね」と意思表示できるようにしておかないといけないですね。




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『鼻』
- 2021/09/27(Mon) -
曽根圭介 『鼻』(角川ホラー文庫)、読了。

ホラー作品だと、苦手なジャンルかもなぁ・・・・と懸念しつつ読み始めましたが、
最初に思ったのは、「え?これ、ホラー作品なの?」というもの。

最近、ジャンルの壁がなくなってしまっているというか、
言ったもの勝ちのような気がして、読む前に変な色がついてしまうのは嫌だなと感じます。
その原因の大きい部分を、いわゆる賞レースが担っていると思います。
ちょっと本流から外れる作品であえて応募して目立とうとする応募者の思惑と、
ちょっとジャンルの幅を広げてでも面白い作品に受賞させて話題を作ろうとする運営側の思惑が
交錯した結果ではないかと。文学賞乱立の弊害ですね。

さて、本題の中身ですが、一番面白かったのは冒頭の「暴落」です。
人間1人1人に株価が設定されており、仕事で業績を上げると株価が上がり、失敗すると下がる、
それだけでなく、他人に良いことをすると上がり、罪を犯すと下がる、
筋の良い人と結婚すると上がり、兄妹が不祥事を起こすと下がる。
新たな管理社会の姿を、作り込んだ設定で描いていて、興味深く読みました。

ただ、秀逸な設定に比べて、ストーリー展開がありきたりというか、
スプラッター劇となっていってしまったのが残念でした。
中編ではなく、短編にまとめたら、もっとキレのある作品なりそうな気がしました。

二本目の「受難」は、ある日気付いたらビルとビルの外壁の間に手錠で繋がれていて
どこにも動けなくなってしまった男の物語。
OLらしき女と高校生らしき男、中年男との接触がありますが、
誰も彼のことを助けてくれず、警察への通報もしてくれないという状況。
その不条理な展開の原因が終盤で明らかになっていきますが、
途中の痛々しい描写が私にはしんどくて、あんまり話が入ってきませんでした。

最後の表題作は、正直、作品を読んでいる間に面白さを感じることができませんでした。
イマイチ細かいところまで理解ができないまま読み終わってしまい、モヤモヤが残っていたのですが、
解説まで読んで、「あぁ、そういう構成なのね」と納得できました。
私の読み方が雑だったのかな・・・・と反省したのですが、Amazonのレビューを読んでみたら、
解説とセットで理解する作品だというような趣旨のことを書いている人がいて、
世間的にもそういう評価なのか・・・・それで賞をあげてしまって良いのだろうか?と疑問が沸々。

なんだか、文学賞に対する批判的な気持ちが湧いてしまった読書となりました。

作品的には、着眼点とか設定力は面白いと思うので、
オチまでもっていくストーリー展開の描き方をもうちょっと盛り上がるようにお願いしたいなと感じました。




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『星やどりの声』
- 2021/09/26(Sun) -
朝井リョウ 『星やどりの声』(角川文庫)、読了。

3~4か月前に読んでいたはずなのですが、感想を書くのを忘れていたようです。
そして、すでに、感想をほとんど覚えていないという(爆)。

読み直すのもアレなので、なんとなくの感想をアップしておきます。
手抜きですみません。

読後感は、あんまり朝井リョウ作品らしくない、温かい作品だなというもの。
喫茶店を経営する主人公一家は、父が病死し、
母を中心に、子供たちが自分の家庭や勉強の傍ら手伝いをすることで
生計を立てていますが、次第に経営が苦しくなっており家賃も滞納するほどになっています。

そんな中で、母がファミレスで知らない男の人と会っているのを子供の一人が遭遇し、
それを又聞きで知った兄弟たちの中に動揺が走り、家族崩壊の様相に。

ここで、浅井作品だと一気に冷酷な現実を突きつけるのかと思いきや
思いのほか家族同士の結束で持ち直すというか、家族のあり方を立て直したのが
イメージと違ってました。

私は、母の喫茶店を手伝っている長女目線で作品に触れていたのですが、
自己犠牲の塊のように思えてしまい、「お姉ちゃん可哀そうだな・・・・」という
目で見てしまってました。
最後、自分の人生を大事にできる方向に話が進んだので、
「あぁ、お姉ちゃん、良かったね」と、なんだか自分を重ねながら読んでいました。

家族が支えあう姿って、一歩間違うと、誰かが犠牲になって成立している面もあるので
そういう意味では浅井作品らしかったのかな。




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『友だち幻想』
- 2021/09/25(Sat) -
菅野仁 『友だち幻想』(ちくまぷりまー新書)、通読。

タイトルから、勝手に「スクールカースト」とか「SNSでの屈折した友だち関係」とか
そういう具体的な現象について解析されているのかなと思って買ってきたのですが、
結構、抽象的に学術的な解説だったので、想像と違ってました。

「友だち100人できるかな」という歌の圧力については
以前もネットで話題になってた(もとはテレビでのタモリさんや林先生の発言かな?)ので、
それについて本作でも触れているのは興味深く思いましたが、
具体的な現場のエピソードに絡めて聞けたらもっと興味を持てたのに・・・・という感想です。

私自身、自分が学校という場を卒業して20年経ちますし、
子供を持っていないので、現在の学校という存在が遠いものになってしまっていて
具体事例を知りたいと思ってしまうのかもしれません。

今まさに学校という世界の中にいて、友達関係で悩んでいる人にとっては、
具体事例よりも、抽象化された話の方が、自分事に引き付けて考えやすいのかもしれませんね。




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『クリティカルチェーン』
- 2021/09/24(Fri) -
エリヤフ・ゴールドラット 『クリティカルチェーン』(ダイヤモンド社)、読了。

久々にこのシリーズに挑戦。

テーマは、「なぜプロジェクトは予定通りに進まないのか?」。
いやぁ、これ、会社員時代に読んでいたかったです(苦笑)。

私の勤めていた会社では、「次世代システム構築」という名目で
10年近くシステム開発を行っており、その途中で業法改正だったり、M&Aだったりで
開発要件を変更せざるを得ず、どんどん開発期間が延びるとともに、
工程管理もうまくできずテストが延期になったり、テストの結果が良くなくやり直しになったりで、
社内では「サクラダファミリア」と呼ばれてました(爆)。

私は経営企画部に居たので、システム開発の現場には関わていませんでしたが、
経営委員会や取締役会でのシステム部門の報告を聞いたり、
また、途中で工程管理をシステム部門自身ではなく経営企画部が第三者的に行えと言われ
(みずほ銀行のシステムを金融庁が管理するとか報道されてますが、経験者として不可能だと思います・爆)
システム部門内の工程管理会議に参加したりしてたので、まさに自分事のテーマでした。

各開発グループの開発状況を毎週管理し、それらを統合していく工程を毎週管理し、
その後、テスト工程を何段階かに分けて行っていくのですが、
まず統合時期が遅れるし、テストにも予定通り入れません。
各開発状況は、毎週、それほど遅れが出ていないような報告があがっていたのに、
統合するとなるとなぜか遅れが表面化してくるんですよねー。

結果、私が会社を辞めるまでに完成せず、退社後に一利用者としてカットオーバーの日を
迎えましたが、利用者的にはサービス上は支障なく新システムに移行できたので、
「これは奇跡だ!」と思い、わざわざ会社に訪問してシステム担当役員さんにお祝いのお酒を
持って行かせてもらいました。

そんな、思い出のシステム開発プロジェクトだったので、
本作を読みながら感慨深いものがありました。
なぜ遅延していくのかという原因の方は、そうそう!その通り!と納得。

残念ながら、開発現場の様子が私には分からないので、本作で描かれているプロジェクト管理の手法が
どれほど効果的なのか、現実的なのか、肌感覚ではわかりにくいところがありましたが、
私が読んでいて強く思ったのは、そもそも、本作に登場するマーク、ルース、フレッドのように
「なぜプロジェクトが遅れるのか、なぜうまく進まないのか」という本質的な問いを真剣に考える
スタッフが現場に居たのかしら?という疑問でした。

みんな自分の担当部分のことで一生懸命で、プロジェクト全体の進捗管理について
原理的な部分で考える人材が配置されていなかったんだろうなーということです。
もちろんPMは居ましたし、委託先のシステム開発は世界的な有名企業の日本法人だったので
プロジェクト管理手法については、きちんとしたものを持っていたと思うのですが、
取締役会での報告を聞いていた限りでは、あんまり革新的な管理をしているようには感じられず。

でも、本作の出版は2003年だから、TOC理論のプロジェクト管理への応用というのは
すでにシステム開発会社側でも認識していておかしくないんだよなーとも思え、
結局、本作で語られている管理手法の現実世界への適応能力ってどうなんだろうな?というのは
モヤモヤしたまま残ってしまいました。

ただ、一番大事なのは、先ほども書いたように、マーク、ルース、フレッドのような
「なぜプロジェクトが遅れるのか、なぜうまく進まないのか」という本質的な問いを真剣に考える
ことをするのかしないのかに尽きるように思うので、本作で展開される議論は勉強になりました。




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『トッカン the 3rd おばけなんてないさ』
- 2021/09/23(Thu) -
高殿円 『トッカン the 3rd おばけなんてないさ』(ハヤカワ文庫)、読了。

トッカンシリーズ第3弾。
面白いから読みたいのですが、なんせ、ページ数が多いので
ちょっと手に取るのに気合がいるんですよね(苦笑)。

今回のメインの捕り物の舞台は栃木県、鏡トッカンの地元です。
霊感商法の疑いがある占い師の団体と、畜産専門の運送会社が相手。
いずれも本部・本社が東京のため、グー子が担当することに。

本作を読んで考えていたのが、そもそも税金の滞納って、どうやって起きるんだろう?ということ。
本シリーズでは、脱税など、計画的に税金をごまかしている人たちがメインですが、
世の中には、税金を払いたくても払えない、お金がないという人もいるわけですよね。
たぶん、滞納者の人数でいうと、そういう、ちゃんとした人の方が多いのではないかと思うのですが、
そういう人たちの滞納のきっかけって何なんだろう?と。

法人税も所得税も、利益に対する課税ですから、基本的には事業の結果として
手元に残ったお金に対して課税されるわけですよね。
消費税も、受取消費税から支払消費税を差し引いた残額を納税するので当然それに該当する
お金は手元にあるはずで。
それなのに、納税する時期に無くなってしまっているというのは、
やっぱり取引先の倒産とか、売掛金の焦げ付きとか、売上の急減で回転資金がなくなるとか
そういう突発的な事象が原因なんですかね?

私自身、会社を経営しているので、毎年、法人税、事業税、固定資産税、消費税、源泉徴収分などなど
各種の税金を納めてますが、その金額が納められないぐらい資金が底をついた状態というのが
正直イメージできないです。
その分、経営が急激に傾く事態というのがイメージできない恐怖があります。
それとも、毎年毎年少しずつ溜まっていく歪みを放置することである日突然爆発するのか。
その兆候に気づけなさそうで怖いです。

と、まぁ、作品の本題に関係ない話を展開しましたが、
つまりは、私には、税務署に税金を取り立てられる事態というのが自分事としてイメージできないので
あくまで他人に起こる悲劇というか、自分で招いた泥沼という面もありますが、
そういう突き放した目で見てしまいます。

だから、なんだか、滞納者は悪、税務署は正義、みたいな
たぶん、一般の人とは感覚がズレているような気がしますが(苦笑)、
本作に登場した可哀そうな酒屋さんに対しても、「税金は払わなきゃ。払えないときは税務署に相談しなきゃ」
とちょっと批判的な目で見てしまう冷たい人間です。
私は、ルールを無視してズルする人間が生理的に嫌いなんでしょうね。

なので、ぐー子がデスクの上を飛び回って滞納者に馬乗りになったり、
霊感商法の黒幕を半分拉致るような形で栃木まで連れまわしたりしても、
「懲らしめてやれ!」と応援したくなっちゃいます。
可哀そうな酒屋一家に対しても、その結果、社会のルールを逸脱してしまった部分に対しては
やっぱりお灸をすえる必要があると思ってしまいます。

でも、そんな人たちに毎日向き合うぐー子は、
そりゃ、自分の仕事の意義だとか、自分の成長度合いとか、そういうことに日々悩むよなぁと
とても同情してしまいます。
お金を直接扱う仕事って、本当に、人間の生死に直接的な影響を及ぼすことがあるので、
世の中のルールと、一人の人間の間で、毎日神経すり減らして葛藤するんだろうなと思います。
私も、昔は金融業、つまりは金貸しだったので、その残酷さは少しは理解しているつもりです。

そんなドロドロの世界を、ぐー子と鏡トッカンと愉快な税務署の仲間たちという
ポップなキャラを駆使して読み物として作品化できる著者は、凄いなと思います。

鏡トッカンの元嫁が、もう少しストーリーそのものや、ぐー子自身に関わってくるのかと思いきや
そうでもなかったのが残念ですが、この設定が、このシリーズの今後の展開を
ちょっと難しくしてるんじゃないかと危惧してます。
落としどころが見えていない気がしてて・・・・・。

ま、とりあえず、次作を100円でまた探さないと。




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『ホワイトラビット』
- 2021/09/22(Wed) -
伊坂幸太郎 『ホワイトラビット』(新潮文庫)、読了。

いかにも伊坂幸太郎的な複雑な構成と叙述トリックが楽しめる作品でした。

誘拐ビジネスで成長してきたベンチャー企業に誘拐担当として従事する兎田。
しかし、兎田の妻が当のベンチャー企業に誘拐され、人質との交換条件に、
とあるコンサルを捕まえてこいとの命令が。
運よくコンサルを見つけたものの、追い詰めた先の一般家庭に立て籠もる羽目になってしまい
コンサルをベンチャー企業の社長のもとに連行しなければいけないのに
その家は警察とメディアに包囲されているという絶体絶命のピンチ。

まー、誘拐事件と空き巣事件と殺人事件がバラバラに発生しているのに
その3つの事件が一つの家という空間に集合してしまうという、
なんともご都合主義的展開なのに、ヴィクトル・ユゴーの言葉に乗せられて、
「なんだか、そんな些末なことは気にしなくてよいかも・・・・」と思えてしまう伊坂ワールド。

3つの事件が交錯する家の中で、状況をいち早く理解し、整理して、
新たな立てこもり事件へと組み立てなおしたのは、空き巣の「黒澤」。
そう、『首折り男のための協奏曲』に登場した伊坂ワールド全開の黒澤です。
どんなに切羽詰まった状況でも、ちょっとシニカルに茶化しながら受け答えしてしまえる男。

彼の提案した脱出プランのおかげで、この作品の複雑怪奇なストーリー構成が出来上がっています。
さらには、とっとと現場から消えればいいのに、わざわざ面倒ごとを買って出るお人好しなところも。
それが、どんどん、事態の複雑化に拍車をかけます。

この複雑な構成を、ワクワク感を与えながら、でもちゃんと一読で分かるように
場面を区切って読者に提示していくその物語構成力というか
ストーリーテリング力というか、もう、言ってしまえばプレゼン力だと思うのですが、
そこが伊坂作品はずば抜けてますね。
面白い。

解説で書かれてましたが、仙台という町の「名前は当然知ってるけど行ったことがない街」の
抽象性が、作品に与える効果もあるんだろうなと納得。
(あ、本作の解説は、多面的なのにシンプルな考察が素晴らしいと思いました)

一気読みの面白さで、満足、満足。

ところで、この文章を書くのに、Wikiで伊坂幸太郎を調べたのですが、
もう50歳になられたんですね!
青年作家の印象が強いので、それにも驚いてしまいました。






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『ひかりの魔女』
- 2021/09/21(Tue) -
山本甲士 『ひかりの魔女』(双葉文庫)、読了。

ブックオフの50円ワゴンに入ってました。
表紙のおばあちゃんのイラストが可愛かったので買ってしまいました。

著者の作品は1冊だけ読んだことがあるのですが、
本作も展開に関する感想は全く同じです。
表紙イラスト可愛い ⇒ 前半の展開がトロい ⇒ 急な「転換」と「連結」 ⇒ 一気に問題解決 ⇒ みんな笑顔
この問題解決の軸として「食」が登場するのも前作と同じ。
きっと著者の得意分野というか、たくさんネタを持っている分野なのでしょうね。

一言で言うと「ご都合主義的展開」なのですが、
登場人物みんなが優しいというかフワフワしているので、
読んでいるこちらも「ま、いっか・・・」と流せてしまう感じです。

同居していた息子が亡くなり、その兄の家に越してきたおばあちゃん。
いつもニコニコ、丁寧な言葉遣いと優しい物腰で家族にも接するので、
おばあちゃんがいる空間はいつも温かいです。

一方、おばあちゃんを受け入れる家族の方は、
父はリストラ間近、母はパート先で店長と仲違い、息子は浪人中、娘は悪い子と付き合い始め、
それぞれが結構しんどい問題を抱えています。
下手をすると無限に沈んで行ってしまうそうな沼の淵に居る4人ですが、
おばあちゃんのサポートで、自力で再び上がってきます。
(父親は自力要素があったかと言われると苦しいですが・苦笑)

基本的に、この家族はみんな根の部分が優しいですし、
努力することに対して抵抗感を持ってないですよね。
最初は、ふらふらしている浪人生かと思っていた主人公自身、
おばあちゃんが同居するようになったらちゃんと目を配って気にしてあげているし、
外出には必ず付いていっているし、おばあちゃんの話をちゃんと聞いています。
これって、実は、人間としての基本がしっかりした人にしかできないことだと思います。

そこは、愚痴ばっかりの母親も、グレはじめた反抗的な妹も
基本の部分は同じ性質を持っているように感じます。
それは、このおばあちゃんの息子を好きになった女性だし、その血を受け継いだ子供たちだから
おばあちゃんの優しさと同じようなものを持っているんだということなのかもしれません。

彼らの温かい人間性のおかげで、荒唐無稽というか、ご都合主義的なストーリー展開も
気にせず読んでいくことができました。

こういう家族って、貴重ですよね。




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『ひなた』
- 2021/09/20(Mon) -
吉田修一 『ひなた』(光文社文庫)、読了。

千葉のヤンキーだったのに、大学へ行き、ちゃんと勉強したことで
有名ブランドの広報担当に就職できた新社会人の女の子。
その彼氏で、一浪したのでまだ大学生の男の子。
その義姉で雑誌編集者のバリバリキャリアウーマン。
そしてその夫の信金職員で、趣味で劇団をやっている男。
この4人の1年を、季節ごとに順番に描いていく構成になっています。

最初は、吉田修一的な平板な日常を淡々と描いていく作品なのかと思ってたのですが、
この兄夫婦が実家に同居するようになり、さらには両親がバンコクに移住して居なくなり
そこへ兄の友人が転がり込んでくるという展開に、私は
「なんでそうなるの??」という違和感というか不気味さを覚えてしまい、
そこからは、本作は、背筋がゾゾゾという感じの作品という位置づけになりました。

読み終わってから思ったのは、この兄嫁の思考回路や行動力が恐怖の根源なんだなということ。
結婚後、夫婦2人で暮らしていたのに、嫁が「実家で同居しよう」と言い出して
引っ越してくるという展開がまず謎です。
夫の親のどちらかが介護が必要になったとか、子供が出来て育児を助けてほしくなったとか
そういうわかりやすいきっかけがあるならともかく、何もなしに、まだ大学生の弟が同居してるのに、
しかも自分はバリバリのキャリアウーマンで深夜帰宅もしょっちゅうあるという不規則生活なのに
兄嫁自身の発案で引っ越してくるというのが、普通の発想じゃないなと。

そして、夫が友人と毎週のように遊んでいても不満を持たないし、
しかも、離婚して職も失ったという友人が転がり込んできて何か月も住み着いていても
嫌な顔をせずに受け入れている嫁というのも、不気味です。
裏があれば腑に落ちるのに、裏らしい裏がないので、私には、不気味に思えます。

パーソナルスペースという感覚がこの人には無いのかしら?という疑問。
それが、「だから人物にリアリティがいないんだ!」という造形への不満に繋がるわけではなく、
なんだか、こんな人が居そうに感じてしまうので、そこが怖くて不気味なんです。
静かなタイプの吉田作品の怖さですね。

弟とその彼女が、弱いなりに社会の中で頑張ろうとしている姿と比較してしまうので、
なおさら、この兄と嫁の、社会の中でちゃんとしたポジションを持っているけど内面が不気味という
対比に恐怖を感じてしまいました。

Amazonで見ると、評価が結構分かれている作品のようですが、
この不気味さを受け入れられるか否か、または鈍感でいられるか否かの違いなのかなと感じました。
私は、不気味だったけど、こんな人居そう・・・・・と思えてしまう説得力を感じてしまったので
作品としては読後感が悪いけど、よくできた作品なんだろうなと感じました。




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