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『日本百名山』
- 2021/08/31(Tue) -
深田久弥 『日本百名山』(新潮文庫)、読了。

気分一新で山のお話。

わたくし登山とかにはほとんど興味がなく、経験も全くないのですが、
日本の山々を自分の足で登って、その中から100名山を選ぶという姿勢に
好感を持ちました。

しかも、有名なところであっても自分で登っていなければ評価対象にしないということで、
その山のファンの方からクレームがあったときに、「まぁ、これだけの山に登ってる人が
登っていないというなら仕方ないか・・・・」と諦めてもらえるぐらい、
他の山を登っていないと折れてもらえなさそうなので、
それだけ自信をもって100名山を選び出せるというのは、すごいことだなと思います。

私は素人なので、全く名前すら知らなかった山もあり、
「へぇ~」と思いながら読み進めましたが、欲を言うなら、1枚でよいので山の姿がわかる
写真が欲しかったなーというところ。

全ての山に地図というか、三角点や尾根や峰がわかるような図が付いていて、
山好きの人にはそれで伝わるのでしょうが、素人には写真が欲しかった・・・・・。
結局、いくつか気になる山はネットで検索しちゃいました(苦笑)。

私は海の方にはまってしまったので、フォト派ダイバーとして伊豆の海に通ってましたが、
もし何かのきっかけで山の方に先に興味を持っていたら、
フォト派ハイカーとか、バードウォッチング派ハイカーになっていたかもしれません。

趣味のきっかけというのは、運というか、出会いというようなものが左右しますよね。




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『逆説の日本史 6 中世神風編』
- 2021/08/29(Sun) -
井沢元彦 『逆説の日本史 6 中世神風編』(小学館文庫)、読了。

鎌倉仏教と元寇が中心の巻でした。

前半で、鎌倉仏教の話の解説でしたが、
そもそも大乗仏教と小乗仏教の違いは何なのか、日本における仏教とはどういう位置づけなのか・・・・
というところから遡って解説してくれているので、わかりやすかったです。

仏教というものが、入ってきた通りそのまま尊重されているのではなく、
日本の怨霊信仰などと結びついて、独特の教えや仏事や行事が生み出されたり、
信仰する側の日本人が独自の慣習を組み込んでいったりという変貌の過程が
かなり簡潔ではありますが解説されていたので興味深く読みました。

やっぱり日本人には、キリスト教やイスラム教、そして仏教のような
「人間が作り上げた宗教」は性に合わなくて、
もっと根源的な、アニミズムの方が骨身に染みてしまっているのだろうなと思います。
だから、何かにつけて、理知的な説明で説得されることよりも、
感情的、感覚的な雰囲気で包み込まれる方が、従いやすい気持ちになるのかなと、
コロナ禍の様子を見ていても、そう感じます。

後半は元寇の話ですが、元軍を撃退しても領土が増えるわけではなく、
奮戦した武士たちには褒章が与えられなかったため、武士に不満が募り
鎌倉幕府崩壊につながった・・・・・この解説は教科書でもそう学びました。

しかし、与えたくても与えるものがなかったと理解していたのですが、
そもそも朝廷側に武士への労いの気持ちがなかったというのは知りませんでした。
自分たちが神仏に祈ったから撃退できたというように朝廷が判断していたのであれば
これはもう、北条一族にはどうしようもない事態ですよね。

で、そこで不満を募らせた武士たちが、武士の力で世界をひっくり返そうとするのかと思いきや、
やっぱり天皇一族の力を担ごうとするわけで、不思議ですよねー日本人って。
大きな枠組みを変えるほどの革命児が登場せず、あくまで世界観の大枠は維持しながら
その中でうまく調整して収めようとする、それを全ての人がそれで良いと思っているという
この構造は、他の国にはなさそうですよね。
だからこそ、一つの王朝として世界最長という記録を現在も伸ばし続けてるのだとは思いますが。
(井沢史観では途切れてるという整理ですが、それでも世界最長ですよね)

さてさて、ここまで一気読みしてきた本シリーズは、
100円で見つけられたのはこの6巻までなので、ここで一旦終了です。
第7巻が100円で見つけられたら、また再開予定です。




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『逆説の日本史 5 中世動乱編』
- 2021/08/28(Sat) -
井沢元彦 『逆説の日本史 5 中世動乱編』(小学館文庫)、読了。

鎌倉時代に入りました。

鎌倉幕府というのは、武士が実権を握るようになったというので、
大きな時代の転換点だという風に学校で習いましたが、
イマイチ興味が湧かないんですよねー。

それって多分、源氏の頭領が3代で終わってしまい、
北条氏による執権政治が始まってしまったので、
なんとなく平安時代の摂関政治と変化がないような印象を受けてしまっていたのと、
後は、平安時代から鎌倉時代に移行する大きな経済的原因となった荘園制度の理解が
本質的に全くできていなかったからだと、このシリーズを読んで思い至りました。

後者の荘園制度の理解については、腑に落ちるレベルでの理解ができたので解決済ですが、
前者の武家政治への移行については、本作でようやく理解ができました。

これまで私は、「武士」という1人1人の職業のレベルで捉えようとしていたのですが、
そうではなく、天皇と摂政による政治体形から、「征夷大将軍」という新たな権威が台頭し、
それが「幕府」という斬新な権力構造を組み上げたというところに本質があるんだなと分かりました。
つまり、個人ではなく、法人組織で捉えればよいのだと。

こうすると、日本という国家が、天皇と将軍という2つの権力が共存できたという不思議や、
その共存をおかしいと思わない国民性が今に続いているから、
憲法や法律と現行制度とのギャップがあっても、あまり違和感を覚えず解釈論で解決してしまえるという
ユニークな考え方が社会で認められてしまうという実態が理解できました。

つまり、源頼朝という人物は、現在の日本の国家の在り方の基礎を、
ある意味作り上げた人物だと言うことができ、とんでもない影響力を発揮したということになります。
もしかすると、日本の歴史上、現代社会に最も影響を与えた人物なのではないかなと。
精神面では聖徳太子、社会制度面では源頼朝と言っても良いのかなと。

徳川幕府のように15代360年ぐらい続いていれば、もっと源一族への評価や関心は高まったように思いますが
3代という中途半端な長さで滅んでしまった点が、現代における人気の無さなのかなと。

あと、北条氏は、権力を横取りしたような印象で、悪役的な目で私は見ていましたが、
歴代の執権を見ていくと、政治家として優れた能力を発揮し、人望もあった人もいたようなので、
あんまり思い込みで見てしまってはいけないなと反省。

鎌倉時代については、もうちょっと、小説とか歴史物で、じっくり読んでみても良いかなと思いました。




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『逆説の日本史 4 中世鳴動編』
- 2021/08/23(Mon) -
井沢元彦 『逆説の日本史 4 中世鳴動編』(小学館文庫)、読了。

概ね平安時代についての巻です。

著者自身、「日本人は一般に平安時代史(それも政治史)にあまり興味がない」と書いていますが、
私も平安時代の「政治」って、全然印象がありません。
教科書的には藤原道長とか平清盛とかが挙がってきますが、
彼らがしていたのって、「集金活動」であり「婚姻活動」であり「散財活動」であり、「政治」ではないんですよねー。

で、本作を読んでわかったのは「平安時代に政治はなかった」ということ(爆)。

誰も日本という国の行く末を考えていなかったのに
それなりに平和な時代が一定期間継続できたのって、
中国大陸で唐が滅んだ後に中でゴタゴタしていて日本にとって差し迫った脅威じゃなかったという
外的要因の部分が大きいのかな。

当時、日本という国は軍隊を持っていなかった(軍備を手放した)という事実に、驚きましたが、
現代の日本における平和思想の様子を見ていると、
「あぁ、こういう考え方が日本人の根深いところにあるのかな」と思うようになりました。
著者は、「コトダマ思想」と呼んでいますが、まさにこれって「自衛隊(軍隊)を持つと戦争が起きる」という
議論そのもののように思います。

これが、平安時代から綿々と続く考え方なのであれば、
保守派の人がどんなに「軍備があるから戦争をしかけられず安全を確保できる」と主張しても、
もう、議論が嚙み合う気がしません。
思考回路の土壌が全く違い過ぎて。
で、結局、「解釈論」で政府はなんとか逃げようとしちゃうんでしょうねー。

摂政も関白も律令の中で規定された役職ではなく、令外の官であるという指摘も、
憲法を変えずに解釈論でなんとか自衛隊を大きく育ててきた今の日本人の考え方と一緒ですよね。

結局、現在の日本の国防とか共同防衛とかに関する考え方が
海外の人たちに理解されにくいのは、日本独自の「コトダマ思想」とか「怨霊思想」という
ユニークな考え方、宗教観に端を発していると整理しちゃえば、非常にすっきりしますね。
たぶん、日本人以外には、なんでこんな議論が議論として日本国内で成立しちゃうのか自体が
理解できないように思います。

そして、著者は、憲法9条改憲派であることを本作で明記されていますが、
TBS記者出身ということにも驚き。
TBSにも実は本音の部分ではこういう考え方の人がいるのか、それとも、だから退社したのか・・・・
どちらなんでしょうね。



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『逆説の日本史 3 古代言霊編』
- 2021/08/21(Sat) -
井沢元彦 『逆説の日本史 3 古代言霊編』(小学館文庫)、読了。

前半の称徳天皇と弓削道鏡の政治に対する考察が非常に面白かったです。

学校の日本史の授業では、当然、弓削道鏡は天皇の位を手に入れようと画策した悪人として、
そして称徳天皇の方はそんな怪僧の謀略を許した愚かな女帝として、
もちろんこんなキツイ言い方ではないですが、そういうニュアンスで教えられました。
そして、今まで、私自身、そういう評価を下していました。

著者が言うように、日本という国の将来のことを思っての国防政策の相違による派閥争いと
天皇の血筋というか正統性が揺らぎかねない裏事情を隠蔽するために
歴史の記録が書き換えられたというのは、ありえるというか、無いとは言えないなと感じました。

称徳天皇と弓削道鏡の関係は清いものだったんだと言われると
そこは、もう、正直後の時代の人間にはよくわからないので、なんとも評価しづらいですが、
女帝個人の肉欲で民間人を天皇の位に付けようとしたと説明されるよりは
国の将来を思って覇権争いをしたと説明された方が、個人的にはすんなり納得できるというか、
愚かな天皇より国を思う天皇であって欲しいなと後世の国民としては思ってしまいます。

ただ、井沢史観が保守派の賛同を得られない理由は、
前の第2巻のときには「万世一系に対して疑念を呈するからだ」と書きましたが、
第3巻ではさらに、「女性天皇でも有能である、危ない男に付け込まれた事実は無い」となると、
これまた保守派が嫌な顔をしそうです(苦笑)。

令和の世でも、某皇族の結婚問題を問題視する人々の中には
「あの男が皇族とつながる立場に位置づけられるのは危険だ」という意見があり、
だから女性天皇はリスクが大きすぎるという批判に繋がっているかと思います。
その歴史上の実例として「称徳天皇と弓削道鏡」が挙げられているわけでして。

だんだん読み進めていくと、井沢史観が言論界から支持されない理由がわかってきました。
こういう歪みがわかるもの、井沢作品の面白さですね(爆)。

六歌仙の話も、飛び抜けて優れた技量を持つ歌人ではないとぶった切っているのも
目から鱗の指摘でした。




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『逆説の日本史 2 古代怨霊編』
- 2021/08/18(Wed) -
井沢元彦 『逆説の日本史 2 古代怨霊編』(小学館文庫)、読了。

早速シリーズ第2弾を。

聖徳太子という、日本人の大半の人が聖人君子だと思っている偉大な人物について、
「なぜ摂政のままで天皇にならなかったのか」「謚に投影された意味とは」というような視点で
その真相に迫った前半は、様々な角度から検証した要素が一つの真相に繋がっていく様子に
とてもワクワクしました。

このシリーズは、二十数巻出ているので、一定数の固定ファンがついているのだと思いますが、
ただ、「作家の空想の産物」として批評の対象にすらならないと切って捨てる声も多そうです。
井沢氏が歴史学者の3大欠陥「史料至上主義」「権威主義」「呪術的側面の無視」を批判しているので
歴史学界からは総スカンを食らってそうですが、言論界での評価はどうなんでしょうかね。

歴史認識という点では、保守とリベラルの違いが議論になることも多いですが、
例えば彼らの立場から見て井沢史観ってどうなんだろう?と考えながら読んでました。

第2巻では、聖徳太子、天智天皇、天武天皇という早々たる人物を取り上げていますが、
本質的な部分で「天皇の系統は万世一系ではなく他の男の血で途絶えている」という指摘は
保守界隈にはとても受け入れられなさそうな主張である気がします。
保守派と自覚してない日本人でも、「万世一系ではない」という主張には
嫌悪感を覚えたり、違和感を覚えたり、本能的拒否反応を覚えたりするような気がします。

一方で、リベラル的な人たちからは、怨念とか怨霊とかそういう類の考え方は
鼻で笑われそうな気がします(あ、完全に私の感想ですけど)。

というわけで、歴史学界も言論界も、井沢史観には興味持たなそうなので、
結局、一般の歴史愛好家が半分エンタメ小説を読んでいるような感覚で
楽しんでいるような状態なのかなという気がしました。

井沢作品の感想として、「教科書の説明では理解しにくかった歴史の流れ、動き、変化の理由が
本作ですんなり理解できた」
と私は書いたのですが、これはたぶん、教科書の勉強で
無味無臭というか、面白みのない歴史の事実を淡々と学んだ知識がベースにあるから、
井沢史観のような「こんな軸での歴史の読み方をすると筋が通るよ」という提案に対して
「おぉ、確かに面白い!」と反応できるのかなと思いました。

もし、日本史の勉強そのものを井沢史観で始めてしまうと、
今感じているような面白さを感じられないような気がしました。
一つは、歴史学界に対する井沢氏のぶった斬り方そのものが面白いと感じられるには
日本の歴史学界がそもそも提示している日本史の読み方を知っていないといけないですし、
その味気無さを知っているからこその、井沢作品の裏をかく主張が面白いわけで。
つまらない日本史の教科書があってこその井沢史観の面白さというか。

・・・・って、なんだか陰謀論みたいですね(苦笑)。

これから時代が新しくなっていくと、どんどん史料が豊富な状況になりますが、
第3巻以降、どんな新説の提示があるのか、史料との整合性が取れるのか、
そのあたりが楽しみです。




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『逆説の日本史 1 古代黎明編』
- 2021/08/16(Mon) -
井沢元彦 『逆説の日本史 1 古代黎明編』(小学館文庫)、読了。

先日読んだ井沢作品が非常に面白かったので、
「この夏は『逆説の日本史』一気読みだ!」と思い、早速着手。
ただ、すでに二十何巻も出ているようで、ブックオフで全部見つけるまで待っていられないので、
とりあえず手元にある6巻までを目途に一気読み予定。

第1巻は「古代黎明編」と銘打ちながら、序章は信長の話から始まります。
この時点で、すでに「井沢作品、変幻自在だわ~」と、とりこに(笑)。

教科書的な日本史の本って、原始時代なり神話の世界から始まって、
だんだん時間を今に向かって下るように順番に説明することが多いと思います。
これって、一見、時間軸に沿って連続的に説明しているので、日本の歴史として軸の通った説明に
なっているように思いこんでしまいます。
でも、決して時代を遡って検証するようなことがないので、その瞬間瞬間の説明しかできていないことが
多いんだなというのが、本作を読みながらとても実感できました。

井沢作品は、卑弥呼の真実を説明するために、
江戸時代に見つかった志賀島の金印の話をしたり、19世紀のイギリスの社会人類学者の本に拠ったり、
時間軸を自由自在に行き来して、時代を超えても日本人の中に流れている普遍的な考え方みたいな
部分を重視しているので、今までの日本史解説にない説得力を感じられるのかなと思います。

従来の日本史の解説では、その時代を切り取った時に、現代人の目から見て辻褄の合う説明をして
それで合理的だと思えれば、それで良しとしてきたのかなと。
いわゆる、横軸が通っている状態。

一方で、横軸を時代順に並べることで、縦軸も通っているように錯覚してしまってますけど、
実は、どこかの横軸と別のどこかの横軸を比較すると、全然思考方法が違ってたりして、
それを「時代が違うから」という感覚で済ませてしまってるんじゃないかなと。

その点、井沢作品は、横軸よりも縦軸を重視していて、
「怨霊信仰」という時代を超えて日本人に流れている畏怖の感情で
大きな歴史の流れに筋を通そうとするので、常に時代を行きつ戻りつしながら検証していきます。
このプロセスが、非常に興味深いんですよね。

著者は、日本の歴史学の3大欠陥として、「史料至上主義」「権威主義」「呪術的側面の無視」を
挙げていますが、その反対のスタンスを取る著者の歴史との向き合い方は、
歴史学者というよりは、民俗学者的なアプローチ方法なのかなと思います。

私は、「史料至上主義」は、一つの学問的方法論のあり方だと思うので、
歴史学者的アプローチと、民俗学的アプローチのそれぞれから辿り着いた仮説を、
真正面からぶつけ合って真実を見つけ出す姿勢があれば、良いかと思います。
しかし、今の日本史の議論の場に、「史料至上主義」以外のアプローチ方法を認めず、
著者のような方法論で辿り着いた仮説を「論じるに足りない」と却下してしまうのは良くないなと。

いろんな仮説がぶつかり合うと、世間的にも日本史への関心が高まり、
子供たちも日本史の分野を勉強することに興味を持つようになると思うのですが、
「権威主義」に凝り固まっているギョーカイの方々が相手だと、これは夢物語なのかな・・・・。



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『料理王国 2021年8月号』
- 2021/08/15(Sun) -
『料理王国 2021年8月号』

出先で読むものがなくなったので、こちらをペラペラ。

コロナ禍でレストランを中心にした雑誌作りって、ホント大変だろうなと思います。
特集の「イタリアンの名店」紹介でも、「テイクアウト」「通販」みたいなワードが飛び交っており、
今までなら、こんなハイクラスのお店ではありえない動きだったのではないかと。
それぐらい、コロナ禍の持つ社会を変えるエネルギーというものの凄まじさを感じました。

どの料理の写真も美味しそうで、食べてみたいと思う一方で、
「料理にこんなにお金と手間暇をかけるなんてモッタイナイ・・・・」と
貧乏性が発動してしまうのも正直なところ。

まぁ、こういう世界が日常の人もいるんだなという知識として
読んだという感じでしょうか。

コロナ禍で、こういうハイクラスの飲食業界がどうなていくのか、
自分事ではなく、社会構造の変化として興味がわきました。




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『日本史七つの謎』
- 2021/08/11(Wed) -
松本清張他 『日本史七つの謎』(講談社文庫)、読了。

井沢作品を読んで日本史熱が上がってきたので、積読だった本作を手に取りました。

タイトルと松本清張が代表著者名になっているので、てっきり日本史の謎に迫る短編小説が7つ
収録されているのかと思い込んでましたが、実際は、7組の鼎談集でした。

基本的に、作家1名+学者2名という組み合わせでの鼎談。
井沢作品の流れるような論旨主張を読んだ後では、鼎談のあっちこっち話が飛んでいく感じが
ちょっと読みにくいなと感じてしまいました。

ただ、作家の知識量と着眼点の面白さ、自分なりの論説の組み立て方などを知ることができ
やっぱり面白い職業だなと思います。

特に面白かったのは、永井路子氏。
自分の歴史観というものを筋道立ててズバズバっと話したかと思えば、
他の2人にうまく会話を振って話を引き出したり、
鼎談の頭からお尻まで面白かったです。

学者さんや専門家による鼎談ではなく、
あくまで作家という一般庶民の興味を念頭に置いて世界を眺めている人が
場を回していることで、変に堅い話にならかったのもよかったです。
このあたりは、やっぱり編集者さんの力量なんでしょうね。




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『神話をひも解きながらめぐる神社の旅』
- 2021/08/10(Tue) -
合田道人 『神話をひも解きながらめぐる神社の旅』(祥伝社黄金文庫)、読了。

井沢作品で、神話の世界の話を少し読んだ
ので、その流れで神社の本をば。

前書きを読んだら、タレントさんが、自分の興味が募って神社の本を書いたということで
いわゆる広い意味でのタレント本かと思って、それほど期待せずに読み始めたのですが、
意外にも面白かったです。

まず何より、自分で全国の神社に足を運んでいるのが良いですね。
歌手なので、全国津々浦々仕事で行く機会があるというメリットもあるのでしょうけれど、
観光地として名の通ったところだけでなく、マニアックな、でも多分神話の世界では重要な
そういう神社をちゃんと訪れて、自分がどう感じたのか、その神社にどんな思いを抱いたのか
そういう点をしっかり書いているので、読んでいて共感できました。

さらに、自分なりの神話の解釈を面白おかしく述べていて、
その解釈が専門家の世界で本流の解釈なのか異端児なのかは分かりませんが、
自分の言葉で説明できているというのも、神社への思いが表面的ではないというのが伝わってきました。

こういう神社とか神道とかの本って、入口は本人の個人的な体験をもとにしながら、
段々と後半は本で読んだ話をかみ砕いて語っているだけみたいな、
取ってつけたようなものも散見されるので、最初から最後まで
ご本人の神社愛が伝わってくる内容で、面白かったです。




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