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『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』
- 2021/01/31(Sun) -
橘玲 『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』(幻冬舎文庫)、読了。

タイトルからして、いつもの冷酷な橘節を期待できそうだと思い買ってきました。

冒頭、勝間和代女史と香山リカ女史の論争から話が始まりますが、
そうそう、私も、この2人の本を読んで、あまりの話の噛み合わなさに呆気にとられたクチです。

結構なページを割いて、この2人の話がなぜかみ合わないのかを著者が分析・解説しているのですが、
かなり納得できました。
読書当時に私がなんとなく頭の中に描いていたことがクリアに文章化されたところに、
さらに、著者お得意の遺伝とかそういう要素も絡めながらのシニカルな解説なので、
面白く読みました。

そして、この2人のバトルに象徴されるように、
世の中には多くの思想的対立軸がありますが、著者のように割り切って、
「どれが一番自分にとってお得か」という観点でうまく立ち回るのが、
一番精神衛生的に安全なように思います。

香山さんのように社会からドロップアウトしていくような人たちを事例に上げて
そういう人たちを対象にしていないような自己啓発思想の揚げ足取りをしたり、
勝間さんのように、「それでも努力が必要なんだ!」と、断絶している人たちにも
無理やり適用しようと頑張るのは、なんだか気持ちがしんどそうです。
無理してるから。

それよりも、著者のように、「世の中には努力できる人と努力できない人がいて、
別のグループなんだよ、そして自分は努力できる側にいるから、そのコミュニティの中から
世の中を眺めて、無理のない範囲でコミットしていくよ」と割り切った方が楽ですよね。
上記の要約は、私がかなり意訳しちゃってますが。

こんなことを表立って言うと、「そんな露骨なことを言って、アメリカのように社会を分断させる気か!」と
怒られそうなので、あくまでこそっと読むんですけどね。
でも、自分はこういう視点ももってるぞっていう安心感というか、
いざというときの逃走経路を用意できてるお気楽感と言いますか。
嫌な人間ですね(苦笑)。




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『出版禁止』
- 2021/01/30(Sat) -
長江俊和 『出版禁止』(新潮文庫)、読了。

著者名もタイトルも全く知らなかったのですが、
ブックオフの50円ワゴンで見つけたので買ってみました。

著者の手元に、雑誌への掲載が中止になったルポルタージュが届く。
社会の闇を暴くドキュメンタリー作家は、有名女優を妻に持ちながら、不倫相手と心中事件を起こす。
生き残った不倫相手に、事件の真相をインタビューしたルポだったが、
その後、衝撃的な事件が起き、雑誌への掲載は急遽中止に。

劇中劇のような感じで、ルポルタージュの文章を読むことができますが、
そもそもの心中事件がなんだか不気味。
「心中」という行為の意味を、私自身が理解できていないからかもしれませんが、
本作においては、なぜ、この映像作家と不倫相手の秘書が心中しなければならなかったのか
そこがルポルタージュを読んでいてもモヤモヤしており、
ルポを書いた取材者自身が、「これは殺人ではないか」と疑っていることで、
そのモヤモヤ感が増していく上手い演出になっていると思いました。

さらには、「事件から7年間も沈黙していた不倫相手が、なぜ今になって取材を受ける気になったんだろう?」
という点についても、殺人事件疑惑に輪をかけるようになっており、
いったい真相は何なのか知りたくて一気読みでした。

雑誌に掲載する体裁になっているのは前半までで、
後半は取材ノートとして日記状態の体裁です。
この形式の変化も、だんだん真相というか深淵に近づいていく感じがして
不気味さを感じます。

この日記形式になってから、取材者の行動が「え!?こんな判断するの?」という展開が増えてきて
ストーリー展開に疑問符が付くことが増えてきました。
「取材者って、こんな人物だたっけ?」という不信感ですが、
その後、雑誌掲載を禁止となった経緯が分かったときに、この疑問符の真相も理解できました。

正直、私の好みの展開ではなかったですが、
上手いなぁというテクニックを楽しむ作品でしょうかね。

人間って、やっぱり気持ち悪い。




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『津市の旧町名』
- 2021/01/29(Fri) -
津市 『津市の旧町名』、読了。

親戚のおじさんからもらった本。
ぱらぱらっとめくって終わるつもりが、きちんと読んでしまいました。

明治の時代に「津市」が誕生した時の旧町名を軸に
町の歴史や特徴、津市における役割などを解説しています。

明治期に相応の都市の体裁をなしていた地域ということでしょうけれど、
かなり狭い範囲、言ってしまえば津城の周辺地域に特化して書かれています。

私の実家がある町も含まれているので、
子どもの頃からの生活圏の場所の話であり、
特に各町の古い時代の写真が載っているのが興味深かったです。


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『マグロはおもしろい』
- 2021/01/28(Thu) -
北川貴士 『マグロはおもしろい』(講談社文庫)、読了。

マグロの生態の研究者さんが解説するマグロの面白さ。
生物としての解説だけでなく、人間社会との関わりの変遷も述べられていて
多様な視点から描かれていて興味深かったです。

最初、『走れメロス』のパロディ文章から始まり、
結構、軽いタッチの自己紹介に進んでいったので、
「あれ?研究者だよな?何が専門??」と混乱してしまうほど。
ユニークな先生のようです。

マグロが登場する文学作品からの引用があったりと
ご専門の理系の話だけではない構成になっていて、
ご本人は「文学作品の引用は編集者からの指示であり苦労した」と述べてますが、
これはご謙遜ですよね。

何かをとことん好きになる、興味を持つって、こういうことなんだなと
気づかせてくれる本でした。




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『九州大宰府殺人事件』
- 2021/01/27(Wed) -
木谷恭介 『九州大宰府殺人事件』(実業之日本社)、読了。

いただきものの本。
お初の作家さんです。

銀座のクラブに勤めるホステスの女性が主人公。
馴染みのお客さんが役員をしている建設会社が倒産し、
その後、クラブへのツケを支払いに来た直後に福岡で遺体となって発見される。
犯人を見つけ出すために、ホステスと警察庁の捜査官がタッグを組んで調査する。

どうやら、この警察庁の捜査官が軸になっているシリーズ物のようです。
シリーズ何作目かはわかりませんが、銀座のクラブ関連での事件を既に解決した実績が
あるような前提で話が進んでいきます。
この捜査官が、クラブのママが話すようには本作ではヒーローっぽくなく、
シリーズの中で立ち位置がいろいろ変化しているんでしょうかね?
でも、前作を読んでいなくても問題ない作りになっています。

謎解きが中心というよりは、私は経済モノとして読みました。
いかにも児玉誉士夫や許永中を彷彿とさせる男たちが登場してきて、
倒産した建設会社を巡って大きなお金が動いています。

本作のストーリー自体は許永中らとは関係のない完全な創作の世界だと思いますが、
こういう「フィクサー」と呼ばれる人たちが暗躍する世界の雰囲気は
結構うまく伝わってくる作品なんじゃないかなと思いました。

そして、その世界における銀座のクラブが果たす役割というのも分かって
興味深かったです。
ただの水商売なのではなく、世の中を動かす一翼を担っているのが
他の場所のクラブとは異なる「銀座のクラブ」の特殊性なのかなと思いました。

殺人事件自体の真相にたどり着いたときに感じたのは、
やっぱり本作は経済モノであって、殺人事件自身も、経済モノに奥行きを出すための
ツールだったなということでした。




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『夏から夏へ』
- 2021/01/25(Mon) -
佐藤多佳子 『夏から夏へ』(集英社文庫)、読了。

佐藤多佳子さんの著作は、それほどたくさん読んでいないので、
まだイメージが固まっていません。
ただ、『一瞬の風になれ』のドラマ化で内村さんが出演し、しかもその後原作者とフジテレビが
揉め揉めしたという事件
もあり、「陸上ものを書く人」という印象はあります。

で、そんな中で本作ですが、小説だと思って買ってきたら、日本代表の100mリレーチームを取材した
スポーツ・ノンフィクションものでした。

スポーツ・ノンフィクションだと、いわゆるジャーナリスト達が書くルポルタージュと、
小説家達が書くエッセイとを今まで何作品か読んできましたが、
前者は比較的第三者的視点で客観的に書かれていて、
後者は著者の思い入れたっぷりに情緒的に書かれている傾向にあると思っています。

そんな中で、本作は、著者自身の立ち位置から自分の感情を軸に描くパートと
リレー走者4人を取材し客観的に書いたパートと交互に構成されているため
最初は、少し読みづらさを感じてしまいました。

しかし、著者自身が、陸上競技に昔から関心をもって競技場にファンとして足を運んでおり、
また、陸上ものの小説を書くにあたっての取材も精力的に行っており、
さらには、自分はミーハーさも持ち合わせたただの陸上ファンであり、陸上関係者とは違う立ち位置にいるという
一線をきちんと引いているその謙虚な姿勢が伝わってきて、
読み進めるにつれて、ぐいぐい引き込まれていきました。
取材した結果、陸上のトップアスリートの感覚を一般人には分かることができないということが分かった
というようなことも述べられており、その知ったかぶりしない素直な姿勢にも共感を覚えました。

2007年に大阪で開催された世界陸上での100mリレーを中心にして、
そのレースに向けてコンディションを整えていく様子が緻密に取材されており、
またレース後にレースを振り返っての4者4様の受け止め方も分かって興味深かったです。

世界陸上の予選レースで日本新記録を出した4人が、宿舎へ戻るのが遅くなってご飯を食べられず
みんなで牛丼屋に食べに行ったシーンを読んで、
仲が良いなとか、和やかだなという感想よりも先に、
「トップアスリートの食事の管理ってこんなレベルなの!?」と驚きました。
だって翌日決勝戦ですよ?
もっと繊細な世界だと思ってました。

2007年当時、自分が勤める会社がM&Aの真っただ中にいるという状況で、
さらに休みの日はダイビング三昧と、慌ただしい日々を送っていたので、
世界陸上で世の中が盛り上がっていたという記憶が一切ありませんでした(苦笑)。
本作を読んで、生放送で見ることができなくても
スポーツニュースとかで、世間が盛り上がっている空気の中でレースの映像を見たかったなと思いました。
読了後、YouTubeで検索して視聴しましたが、やっぱり当時にみたかったなと思うような
臨場感が欠けたような感じでした。




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『わたしは椿姫』
- 2021/01/24(Sun) -
平岩弓枝 『わたしは椿姫』(講談社文庫)、読了。

地元の図書館で廃棄処分されるという本の山をもらってきた中の一冊。
積読解消のため読んでみました。

著者のイメージがどうにも時代モノなので、
読んでみたら海外を舞台にした現代ものということで、ギャップに驚きました
・・・・・って、前回も同じような感想書いてるわ(苦笑)。

短編集ですが、最初の1話は、東南アジアの小国に赴任になった夫を追いかけ
新婚の妻が現地に赴いたものの、日本人奥様社会に絡めとられ・・・・・という
海外という広い舞台の中の小さなコミュニティの縛りのきつさを描いています。
いやぁ、この息苦しさ、世界に飛び出しながら奥様社会に閉じ込められるという矛盾、
興味深い話でした。
主人公の新妻が、日本でも外国人の家でメイドとして働いていたため、
英語力も英語圏での常識も身に着け、さらには考え方も大人な聡明さがあり
終盤のベテラン奥様をやっつける感は爽快でした。

昭和50年代に発刊された本ですが、
高度経済成長期ですから、こうやって海外に出ていく日本人が大勢誕生した時代なんでしょうね。
今よりも、登場人物たちに「海外駐在だ!」という熱意というか、肩ひじ張った感じを覚え
時代を感じます。

それ以外には、フランスの上流階級に食い込んだ元芸者の暮らしぶりを描いた
表題作の「わたしは椿姫」や、ドイツで日本料理店を繁盛させている女将が店の乗っ取りに遭う
「東は東 西は西」などが面白かったです。
女性が、自らの腕で事業を成し遂げ、暮らしを手に入れているというガッツが見事だなと。

私は子供のころから、あんまり海外というものに特別な興味を抱かなかったので、
留学を検討することもせず、仕事もドメスティックな会社を選んだのですが、
いつの間にか海外担当みたいになってしまっており、役員の海外出張にお供したり、
海外の企業さんとの折衝に当たらせてもらったり、それはそれで興味深い経験をさせてもらいました。
もっと大学の時に英語を勉強しておけばよかったな・・・・と、当然の後悔をしましたが、
でも、それ以上に、英語だろうと日本語だろうと、やっぱりビジネスマンとしての覚悟が
一番大事だなと途中から思うようになりました。
徹底的に情報を集められるか、タイムリーに判断できるか、みんなを説得できるか、
そういう部分で腹が括れていることが一番重要だなと。

本作に登場する女性経営者は、みんな、そこができていて、素敵だなと感じました。




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『55歳からのハローライフ』
- 2021/01/23(Sat) -
村上龍 『55歳からのハローライフ』(幻冬舎文庫)、読了。

50歳以上の中高年が主人公の中編5つが収録されています。
定年退職、熟年離婚、リストラ、子供の巣立ちによる夫婦2人暮らし等、
人生の転換期に直面したときの右往左往が描かれています。

私自身40代前半で、まだ55歳という年齢のことは
リアルには想像できません。
一方で、両親はもう60代後半ですが、彼らが55歳の時って、
家業が自営業のためバリバリ働いていた時期であり、
全然、人生の転換期という印象は受けませんでした。
むしろ、父親が70歳になる今、「そろそろ店を閉めることを考えないとなぁ」と言い出しており
ようやく本作の主人公たちのような老後に備える話が出始めた感じです。

ただ、70代の生活に向けて考えることは、「無理なく生活する」ということであり、
年金ももらえているし、子供ももう40代・30代で生活は安定しているし、
そもそもそこまで長期間に渡って人生設計をする必要がなくなっているという点で、
あまり悲壮感は感じません。(子供の私はがのほほんとしてるだけでしょうか?)

でも、本作のように、50代って、まだ人生の折り返し地点であり、
そこから先の人生の長さを考えると、例えばリストラされたら、頭の中が真っ白になってしまいそうです。
離婚も、生活基盤をリセットするということですから、そうそう決断できることではないように感じます。

そんな、人生の一大転機に臨んだ主人公5人ですが、
最初の「結婚相談所」の主人公を読んで、「意外と自己評価高いんだな」と冷めた目で見てしまいました。
むしろ興味を持ったは、結婚相談所の相談員の仕事をしている女性の方。
初めて訪れた人に不安に思わせないように優しく誘導して信頼感を得るテクニックは流石です。
一方で、男性スタッフの言動からは「登録する男も女もマッチングの駒であり商品だ」という感じが
透けて見えており、この業界の裏側の部分だなと思い、それはそれで興味深かったです。
別途、結婚相談所のお仕事小説があったら読んでみたいなと思いました。
人たらしの天才みたいな人と、人を商品と思っている冷酷な人がタッグを組んでいるような気がします(笑)。

次の「空飛ぶ夢をもう一度」の主人公は、勤め先をリストラされ、
そこからホームレスを街で見かけるたびに「自分もホームレスになってしまうかもしれない」という
強迫観念が離れなくなり、少しでも稼ぎを得ようと交通整理の仕事に就きます。
こういう堅実な考え方ができる主人公の方に私は惹かれました。
「給料が少なくなっても、肉体的に大変でも、でも毎日の仕事を得られることを優先する」というのは
とても地道で安心できるものの考え方のように思います。
20年以上勤めてきた会社をリストラされても、こうやって頭を切り替えられる人って強いなと思います。
だからこそ、子供のころ友達だった男がホームレスになっていることを知っても、
親身になって助けてやろうという気持ちが湧いてくるんだろうなと思います。
5作の中で一番好きな話でした。

というわけで、2作目に満足していたら3作目に愕然。
早期退職に応じた男が、もう仕事はお終いにして、キャンピングカーで妻と全国を旅行する日々を送るんだと、
むしろワクワクしながらリタイアの日を迎えます。
「こりゃ前向きな人生だな」とほほえましく見ていたら、なんと妻には一言も相談しておらず、
ある日突然、「キャンピングカーを買うぞ」と宣言する始末。
当然、自分の毎日がある妻は愕然とし、娘は呆気にとられます。
そりゃそうだ。
こんな自分勝手な父親は嫌だわ。
私は完全に娘の立場から母親を応援する目線で本作を読みました。
「嫌なことは嫌だとはっきり言わなくちゃだめ!最初が肝心だ!」とそれこそ自分の母を思うような気持ちで。
最後は、娘の助言で、新しい仕事という方向にやる気が向かうのでハッピーエンド?だったのですが
それにしても、今まで良く家族がまとまっていられたなと心配になるほど父親の思考回路が???でした。

第4話の「ペットロス」は、オーソドックスなペットロスの話でしたが、
最後の旦那さんの思いが分かるシーンが良かったです。
それまでの印象が悪かったので、一転して温かみのある人に印象が変わりました。
長年寄り添った夫婦でも、相手の人間性が分かっていないこともあるんですね。

最終話の「トラブルヘルパー」は、男の淡い恋愛もの。
これはこれでオーソドックスな片思いの話だったように思います。
介護が絡んでくるとことが50代の話ですけどね。
10トントラックに乗って告白すると成功間違いなし!というのは
この業界のあるある話なんでしょうか?それとも龍さんの作り話???




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『だれでも書ける最高の読書感想文』
- 2021/01/22(Fri) -
齊藤孝 『だれでも書ける最高の読書感想文』(角川文庫)、読了。

子どもの頃、基本的に学校の勉強は得意な方で、
宿題とかも苦にならず、夏休みの宿題なんぞ「7月中に全部終わらせて、8月は自由研究に集中!」
というようなタイプでした。

しかし、唯一不得意だったのが「読書感想文」。
なぜ不得意なのかという自分なりの分析もできていて、
「どういう風に感想文を構成していくと良い評価が得られるのか戦術がわからない」ということでした。

小学校の6年間、毎日、日記を書くという宿題があり、たぶん風邪などで休んだとき以外は
1日も欠かさずに書いたと思うのですが、日記を書くのは苦ではありませんでした。
むしろ、学校内での表彰で「入選」とか「佳作」とかもらっていたので、
良いテーマが見つかって、筆がのった時は、「選ばれる文章を書くぞ!」と気合が入った記憶があります。
日記は、「こういう風に書くと先生の評価が高い」というツボを、自分なりに攻略できていた気がします。

ところが、読書感想文は、基本的に年に1回か2回程度しか宿題にならず、
経験値が少ないので、「こう書けば先生に評価される」というポイントが見えていませんでした。
さらに、日記は学期ごとに表彰があり、表彰作品は文集みたいになって配られていたので
他の生徒の「特選」とか「入選」とかの日記を読んで、「あぁ面白い文章だな」
「なるほど、こう書くと起承転結のメリハリが出るんだな」というようなテクニック論を
周囲や先輩から学び取れた(盗み取れた?)ので、自分なりの攻略法を編み出せました。

ところが、読書感想文は、提出した後、誰が読んでどういう評価をしているのか
何もフィードバックがないし、日記の文集のように他の人の文章を読む機会もなかったので
ずーっと苦手でした。
「感想っていったい何なんだよ!?」ぐらいに思ってました。

ところが、中学校2年生の時だったと思うのですが、
当時の国語の担任が、自分の趣味で結構とっぴな授業をする人で、
ある時、数週間の国語の時間をつぶして、「教科書のこの文章に対する自分なりの考察を
書けるだけ書きなさい、内容よりも分量が多いことを評価します」というような変な授業をしました。
最初の何時間かは、その教科書の文章を黙読し、自分なりの考えをまとめ、
そして、さらに何時間かの国語の時間で、400字詰めの原稿用紙に延々と自分なりの考察を書くという
ものすごく静かで孤独な、しかし濃密な授業時間でした。

そのとき、読書感想文が苦手だった私は、なぜか「自分なりの考察」というキーワードに触発され、
原稿用紙32枚に渡る文章を書いて、「一番長い文章を書いた」と先生に褒めてもらいました。
凄く嬉しかった思い出です。

テーマだった教科書の文章が一体何だったのかは全く記憶にないのですが、
確か小説で、私は、登場人物の心の推移とか、関係性の変化とか、そういう主題からはじめて、
さらには、日本語文章としてのテクニックで気になったところや、疑問に思たっところなど
とにかく気づいたところを全て羅列しました。

「読書感想文」で、何を書いていいのかいつも困惑してたのに、なんでこの課題には
こんなに熱心に取り組めたのだろう?と思うと、たぶん「考察」という大人なワードに惹かれたことと、
「読書感想文」というパターン化された宿題ではなかったので、ほんとうに「何を書いてもいい」と思えて
素直に思ったことを書き連ねることができたためかと思います。

結構、この課題のおかげで、「あ、自分は、長い文章を書くことができるんだ」
「『考察』って言われると、いろんな角度から物事を考えることができるんだ」と気づくことができ、
その後の、小論文試験とか大学の卒論作成が苦にならなくなるきっかけになった気がします。

で、本作を読んでみて、著者が、軽すぎるかな?と思われるほどのポップな言い回しで
読書感想文に立ち向かう気持ちや姿勢について書いている内容を、
私は、この中学校の時の課題を通して、勝手に自分自身で見いだすことができたんだなと納得できました。
たぶん、文章を書いていて本当に楽しいと思えたのは、この中学校の課題が頂点で、卒論が次点かな。

自分自身で「読書感想文の壁」を乗り越えられたので、
こんな読書感想Blogを毎日書くことができるようになったのかなとも思います。
まぁ、拙Blogは、文章の温度差も品質差もひどいものですが(苦笑)。

もし、「読書感想文」に悪戦苦闘していた小学生の私が本作を読んでいたら、
得意な宿題に変わっていたかな?とも想像しましたが、たぶん答えは「No」です。

この手のハウツー本を受け入れられるようになったのは30代になってからで、
昔は、テクニックを教える本は、付け焼刃だとバカにしてたので、たぶん読めなかったと思います。
そして、やっぱり、学習法は、人に教えてもらったものを真似るより、
自分で開発して身につけるのが一番ですよね。

本の内容にはそこまで深い興味はわかなかったのですが、自分自身の思い出に浸れた読書でした。




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『実録 頭取交代』
- 2021/01/20(Wed) -
浜崎裕治 『実録 頭取交代』(講談社+α文庫)、読了。

手元にあったので、ふと手に取ってみたのですが、
たまたま少し前にYoutubeで見た「ポンジスキーム」の解説動画で
まさに取り上げていた第一生命の事案だ!とすぐにわかりました。

須田さんの動画では、どちらかというと生保レディに軸を置いていましたが、
本作は、銀行側を舞台にしています。

主役は、維新銀行のドン、相談役の甲羅天皇です。
労組対策のために中途入社で引き抜かれて銀行入り。
効果的な手をどんどん繰り出したことで、当時の頭取から手厚い信頼を受け、
次々と出世していきます。
そして、ようやく自らが頭取の地位につき、そこに連綿と居座るのかと思いきや
代表権のない相談役に退いて、会長と相談役の双方を裏で操るというしたたかさ。

中途入行でここまでの権力体制を築き上げることができるというのは、
ただモノではなく、やはり実力者ではあると思います。
ただ、銀行本業である営業面での施策はあまり何をやったのか描かれておらず、
本業を伸ばすことではなく、行内権力闘争のみで支配力を構成しているという
このアンバランスさがまた不気味です。

私自身、5年前まで銀行グループの中で働くサラリーマンだったので、
銀行の中の体制というのは一般の方よりは知っているつもりですが、
最初の印象は、「なんでこんなに内部統制が効いてないんだ!?」
「生保レディ個人とこんなにアカラサマに癒着したら、すぐに内外から指導が入るだろう!?」
と、維新銀行の中のあまりにも個人に振り回される様子に唖然としました。
監査室とか機能してないのかしら?金融庁にタレコミとかないのかしら?と。

そして、取締役会のクーデター騒ぎの後も、甲羅天皇がそのまま居座り続けることが
できているという事実に驚きました。
正直、小説の世界でこんな展開を描いたら、「リアリティがない」と叩かれる気がします(苦笑)。
つい最近まで相談役の座についていたという。
行員さんたち、どんな気持ちだったんだろう?もう麻痺してるのかな。

まぁ、でも、金融庁も、金融業界の適正化のためではなく、
金融庁の指導力を高めるために本クーデターを利用していた節があり、
世の中、正義にそって動いていくわけではないんだなと思いました。

甲羅派と谷野頭取派の取締役会での対決は一気読みの面白さでした。
谷野派が理路整然と反論しているのに比べて、
体当たり攻撃のような状態の甲羅派役員の頭の悪さが際立っていましたが、
なんで甲羅天皇はこんなアバウトな攻撃をやらせたんだろうか?と疑問を抱いていたら
最後の最後に甲羅天皇自ら取締役会の議論を結論付ける行動を見せて、
「あぁ、なるほど・・・・こういうことだったのか・・・・」と納得。
このような事態のために予め手を打ってあった、その先見性に感嘆しました。
この頭の良さを自分のためではなく銀行のために活用したら、きっと営業成績も
もっと上がっていたと思うのですが・・・・・無駄な感想ですね(苦笑)。

最後に、著者は、この維新銀行のモデルとなった山口銀行で
取締役まで務めた人とのことで、反甲羅派だったんだろうなとは思いますが
ここまで赤裸々に描いてしまって、山口銀行から訴えられないのかしら?と心配になるほどでした。
まぁ、銀行側としても、変に裁判に持ち込んで、そこで事実認定されてしまうと困るという
事情があるのかもしれませんが。

著者の書く文章は、著者自身の思いを極力抑えこんで、
経過のみを淡々と描いていくので、好感が持てました。
こういう作品を書くとき、自分の主張が押しつけがましい人って、結構いますからね。

ビジネスマンとして、いろいろ考えさせられる本でした。






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