『まともな家の子供はいない』
|
- 2020/11/29(Sun) -
|
津村記久子 『まともな家の子供はいない』(ちくま文庫)、読了。
合う合わないが極端に出てしまう津村作品。 本作は、タイトルが面白そうだっただけに期待したのですが、合わない方でした(悲)。 ポイントは、主人公に共感できるか、何を描きたいのか理解できるか、の2点かなと。 本作は両方とも残念ながら見つけられませんでした。 中学生の女の子が主人公で、突然仕事を放り出して無職になった父親を軽蔑し、 そんな父親を許している母親も理解できず、家に居ると不快感が増してくるので 夏休みは図書館に通い、また友人の家に入り浸ります。 共感という点については、この主人公と両親の関係性に共感できなかったのが全てかなと。 家族って、一緒に住んでいる以上、気に入らないところや不満なところは必ずあると思います。 でも、家族であることの本能的な安心感とか、無条件に相手のことを考える気持ちだとか、 そういう信頼関係があった上での不満であり、 その葛藤を描くから作品として面白くなるんじゃないかなと思います。 本作は、両親の何が嫌なのかということばかりを書き連ねているようで、 その葛藤はほとんど描かれていないように感じたので、共感できなかったのかなと。 最後のコンビニでのシーンは、主人公の両親への思いが変わる場面になっていますが、 さすがに遅すぎだし、あんなに嫌ってたのに素直に受け入れ過ぎじゃない?と疑問符が。 その共感がなかったせいか、本作で著者が何を描きたいのかが掴めず、 正直、中盤で、「この作品、いつ終わるんだろ?長いよ~」と脱落しそうになりました。 表題作のほかに「サバイブ」という作品も収録されており、 表題作に登場する別の女子中学生が主人公なのですが、 こちらの話の方が素直に読めました。 この女の子も母親や兄のことをあんまり良く思っていないのですが、 母親を見る視線は、まだ表題作の女の子よりはましだったかなと。 こちらは、起こる事件が、中学生の女の子にはショックなことだよなぁ・・・・と理解できたので その分読みやすかったのかなとも思います。 うーん、そろそろ津村作品の合う合わないを、 本を購入する段階で見極める能力が欲しいぞ。 ![]() |
『武道館』
|
- 2020/11/27(Fri) -
|
朝井リョウ 『武道館』(文春文庫)、読了。
タイトルは直球の「武道館」。 主人公はデビューしたばかりの女性アイドルグループの4番手、5番手あたりの女の子。 「歌って踊ることが大好き!」というシンプルな動機でアイドルになったため、 芸能界という世界の仕組みの中で悩みながら進んでいきます。 朝井リョウは、高校生あたりの年代の揺れる心を描くのがうまいですね。 特に、自分が属する社会において自分がどう見られているかを心配する心と、 自分自身の本音が自分でもつかみ切れていないという不安の 両方が分かりやすく描写されていて、 もう、その時代を二十何年も前に過ぎ去ってしまった私でも、「あぁ、こんな感じだったな」と 思わせてくれます。 女性アイドルの活動として出てくるのは 「握手会」「リリース発表イベント」「周年記念ライブ」「二期生」など、今どきの用語ばかり。 一時期、欅坂46のことをしっかり見ていたので、 本作に登場する用語なりビジネススキームなりは理解できましたが、 これって今や一般常識なんですかねぇ。 わたくし、2017年の紅白を見ていなかったら、 AKBグループや坂道グループのビジネススキームは、全然興味なしの状態だったと思います。 欅坂46は、『アンビバレント』まではしっかり情報を追いかけてましたが、 その後、平手さんの不安定さが顕著になり、さらにメンバーの卒業が立て続けにあったことで 「純粋にパフォーマンスを楽しめなくて面倒なグループだなぁ」と感じてしまい、 志田さんが卒業したあたりで私はリタイアしました(苦笑)。 おかげで、「握手会襲撃事件」「スキャンダルで卒業」「体調不良でドタキャン」などの負の側面の情報も ある程度理解できて、悲しいかな本作をすんなり読めました(苦笑)。 ちょっとお話としてきれいにまとめちゃったのかなと感じたのは、 アイドルグループの5人とも、真面目でまともな子だったこと。 アイドルは夢を与える仕事!という思いに忠実な子もいれば、 女優になりたかったのにアイドルグループに入れられてしまいギャップに悩みながら演じる子もいれば、 子供から大人への体形の不安定な年頃なのに嘲笑されて悩む子もいる。 みんな、スタート地点は違ってても、今現在アイドルであることに関してはルールを守って きちんとアイドルであろうとしています。 1人ぐらい不誠実な子がいてもアクセントになったのかなと思いつつ、 でも、デビューしても目立たなかったアイドルグループの成長譚として描くなら 不純物はいない方が良かったのかな。 結局、舞台はアイドルグループでしたが、 主人公の女の子の揺れる心は高校生の女の子ものでしたね。 なので、話の展開も、アイドルビジネス寄りではなく、 アイドルである時間と女の子である時間との切り替えの難しさのようなものを描いてます。 最後、ドロドロになっていくのかと思いきや、 思いのほかキレイにまとめてしまったので、「ファンはこんなに優しくないんじゃない?」と苦笑しつつ アイドル好きの男性の目線から見た夢のようなものなのかもしれませんね。 ![]() |
『消えた巨人軍』
|
- 2020/11/26(Thu) -
|
西村京太郎 『消えた巨人軍』(徳間ノベルズ)、読了。
近所のおっちゃんにもらった本。 戸津川警部なのかなと思ったら、左文字という私立探偵が謎解きをする設定でした。 どうやら本作は左文字シリーズの第1作目だったようですね。 甲子園球場での阪神巨人戦のために東京から新幹線で大阪に向かった巨人軍御一行。 しかし翌日早朝に球団社長のもとにかかってきた電話は、「巨人軍を誘拐した」と言い出します。 定宿にしている旅館に確認すると「黙って宿を変えたのか!」とクレームを言われる始末。 本当に、巨人軍御一行の行方がつかめなくなり、球団は大混乱になります。 37人という集団の誘拐を、どんな手口で行ったのか、 また、身代金5億円をどんな方法で奪うのかが私の関心の的だったのですが、 まずは後者の方が先に展開し、そのスマートさに納得。 5億円ものボリュームのある現金をどうやって奪うのかな?と思っていたのですが、 無駄のない流れと、後追いさせない対策をきちんと取っている隙のなさに、 「この犯人は知的に冷静ですごいな」と興味が高まりました。 なので、この後に続く、誘拐の手法の推理と、犯人追跡の推理も、 犯人を応援するかのような目線で読んでいました。 Amazonのレビューからすると、大阪に詳しい人にとっては、 現場をあちこち訪ねて左文字たちが調査をするくだりが、 物理的な時間として無理だろうという声があるようで、リアリティの面で評価が下がっているようでした。 私は大阪の地理に詳しくないので、そこまで具体的な違和感ではなかったのですが、 あちこち行った割には「あれ?今何時ぐらい?真夜中?・・・・・いやそんなに遅い時間じゃないのか・・・」 という程度の疑問は出てきました。 ただ、私の関心が、物語展開のリアリティよりも、トリックの方に向いていたので、 作品の評価にはあんまり影響しませんでした。 むしろ、岐阜羽島駅の特徴をうまく使った手口に、「なるほどなぁ」と感心しきり。 地元の岐阜の人からするとリアリティがあるのかどうか判断はわかりませんが、 岐阜羽島駅を全く知らない人間からすると、ありえそうに思える描写で、面白かったです。 身代金を払ったらすぐに選手を解放すると言っていたのに、前言をひっくり返した理由なども 具体的に用意されていて、なるほどぉ。 犯人のリーダー格が警察の手に捕まった行動の原因は、 ちょっとこの人の慎重な性格に合わない気がしましたが、 まぁ、それぐらいの気変わりを用意しないと、隙がない犯人で逮捕というエンディングが 作れなかったんだろうなと、変な感慨になりました。 誘拐ミステリとして非常に面白い作品でした。 巨人軍の選手・監督の面々が実名で登場しており、 読売巨人軍全面協力の作品だったのかなと思いました。 逆に、無許可でここまで実名を使い倒してたら驚きです(苦笑)。 どうやら、この左文字シリーズというのは、『恋人はスナイパー劇場版』の原作の 『華麗なる誘拐』も属しているようなので、誘拐モノの優良作品が多いのかなと思いました。 戸津川警部よりも左文字の方を追いかけた方が読書満足度が高そうです。 ![]() |
『虎と月』
|
- 2020/11/24(Tue) -
|
柳広司 『虎と月』(文春文庫)、読了。
中島敦の「山月記」をモチーフに、虎となった李徴の息子が、 父を探しに旅に出る・・・・・。 最初、「あれ、『山月記』って、虎になったあとどうなるんだっけ??」と記憶があやふや。 どこまでが原作にあって、どこからが本作の創作なのかわからないまま読み始めましたが、 「ええい、虎になった以降は全部本作の創作だ!」と決めつけてしまいました。 その方が楽しめそうだから。 息子は、虎になった父と会話をしたという手紙をくれた袁傪に、まずは会いに行きます。 しかし、訪ねた先には袁傪はおらず、内戦平定の関連業務で他所へ赴任中とのこと。 ここで書生とやりとりがあるのですが、なんだか要領を得ない問答が繰り広げられ、 あぁ、本作は父の虎話の真相よりも、息子の成長譚なんだなと了解。 続いて袁傪が虎になった父と遭遇したという町へと行きますが、 この町では地元住民から冷たい対応をされます。 この冷たい対応といい、先般の要領を得ない問答と言い、 なんだかRPGの世界観を小説にしたような印象でした。 原作「山月記」の漢文調の重々しい雰囲気とは異なる、 微妙にポップなファンタジー感があります。 「山月記」ファンからすると、ちょっと違和感を覚えるかも。 最後、虎になった真相に迫りますが、私的には、そういう解釈もありだなと感じられました。 少なくとも、こじつけ感はないように思いました。 こうやって、後世の作家が、知恵を絞って新たな作品を捻り出そうと思えるだけの エネルギーを持っている原作なんだろうなと、原作の力強さに感じ入った読書となりました。 ![]() |