『団欒』
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- 2012/03/30(Fri) -
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乃南アサ 『団欒』(新潮文庫)、読了。
狂気を狂気と思わず、それが日常であり常識だと勘違いしている人間を描かせたら ピカ一の作家さんですね。 本作も、のっけから気持ちの悪い家族が登場します。 ちょっとデフォルメしたところはあるものの、 身の回りに、こういう気持ちの悪い集団(=家族)がいるということを 思い起こさせてくれる短編が並んでいます。 ただ、1つ1つの作品は面白く読めるのですが、 さすがに、これだけ立て続けに読むと食傷気味・・・・・。 というか、気分が悪くなります。 乃南さん、やり過ぎ(苦笑)。 ま、それも作家の力量なのでしょうけれど。
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『永遠の放課後』
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- 2012/03/27(Tue) -
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三田誠広 『永遠の放課後』(集英社文庫)、読了。
5年ぶりとなった三田作品。 中学時代から続く、淡い恋心を描いた作品らしい・・・というので読んでみました。 中学時代の男-女-男という3人の関係を描いたところは 純粋さを上手く描いていて、良かったと思います。 しかし、大学生になってからの主人公を取り巻く世界の描き方が、イマイチ。 ギターが得意な主人公の周りには、音楽業界の人間が集まってくるのですが、 いずれも過去に何か苦しみを抱えている人々ばかり。 そんな彼らが、なんだか「可哀想な僕」「可哀想な私」を 一生懸命に演じているかのような不自然さを感じてしまい、 物語に入ってゆけませんでした。 そんな「可哀想な彼ら」を何とかしようという人もいません。 ただ、みんな静観し、傍観しているのです。 中学生から大学生になった3人も、 なんだか煮え切らないところがあり、私の読書ニーズとは合わない成長の仕方でした。 最後もなんだか、表面的にきれいに終わらせたような感じで、 うーん・・・・・といったところです。
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S革&ダマされた大賞
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- 2012/03/26(Mon) -
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『スクール革命!』(2011年2月27日放送)
細川茂樹先生を迎えての物件学。 細川先生の企画は情報番組化してVTRが多いから、 この番組らしさがなくなっちゃうんですよね~。 クイズも、あんまり畳み掛けの面白さがなかったなぁ。 次回に期待ですね。 『うわっ!ダマされた大賞2010』(2011年2月27日?再放送) 録画し忘れていましたが、再放送でキャッチアップできました。ラッキー。 特番の司会でも、こういう芸人さん大集合的な番組だと嬉しいですね。 今回は、ドッキリも手作りというか、低予算というか、昭和の香りというか、 非常にアナログな感じのドッキリが多くて、逆に新鮮な感じが。 小ネタが多かったので、テンポも良くて、意外と面白かったです。 ノンスタイルの石田さんの連続イスボケとか、最高でした。 3回目、さりげなくイスをチェックしてるし(笑)。 マツコ・デラックスも、楽屋でさえ、あんなに面白いとは・・・・。 売れている人は、ドッキリに仕掛けられてもサッと空気を読んで、 すぐに適切なリアクションを返しますよね。そのプロ意識が見られるところを興味深いです。 若槻さんとか、クレーン球にぶつかった後の倒れ方がお見事過ぎます。 しかも、その後、映り具合を気にしてたらしいですし。さすが。 内村さんがチュートリアルに仕掛けたドッキリは、 初仕事前の顔合わせの酒席で、内村さんがボケまくり、福田さんのツッコミをもらおうというもの。 これ、かなりハードル高いです。 初顔合わせなので、複雑なボケはできず、 結果、わかりやすいボケを振りまくるという展開に。 しかし、若手芸人からしたら、初対面の先輩がそんなボケをしまくっても、 なかなか突っ込めないだろうに・・・。内村さんの芸風と違うし(爆)。 昔、深夜の頃の『イッテQ!』で、飯島愛さんを相手にしたドッキリで 内村さんが小ボケを連発するというのがありましたが、 あの時は、ボケとツッコミが素晴らしいかみ合い方で、本当に面白かったです。 そういう長い付き合いのかたとのドッキリと比較してはいけないのですが、 まだまだな感じが前面に漂ってしまっていて、 福田さん的にも内村さん的にも、ちょっと勿体ない企画になってしまいましたね。 ま、これから、しっかりと関係を築いて欲しいですね。 最後に、ウドちゃんへのドッキリは、ちょっとウドちゃんが可哀想でしたね。 真剣になるだけ、それが無駄になると分かってしまうので、 できれば、ドッキリは、他愛の無いものにしてほしいです。
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『ウォール・ストリート』
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- 2012/03/25(Sun) -
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『ウォール・ストリート』
ウォール街における老舗金融機関同士の争いを サブプライム危機という舞台を通して、若手エリート社員の目で描きます。 金融トップは、それぞれのキャラクターにモデルがいるような物語展開でしたが、 このあたりの丁々発止の描き方は、さすがのオリバー・ストーン監督です。 連邦準備制度理事会での迫力あるやりとりは面白かったです。 マイケル・ダグラス vs ジョシュ・ブローリンが凄かった。 一方、若手エリート証券マンを演じるのはシャイア・ラブーフ。 私の金融エリートのイメージは、見た目は爽やかにスマートだけど 眼光だけはギラギラしているというもの。 それに比べると、シャイア・ラブーフは、ちょっと頼りなげな印象が。 監督のテンポ良い演出で、それなりには見えてましたけどね。 そして、その彼女は、元大物投資家のマイケル・ダグラスの娘。 しかし、インサイダー取引で8年も服役していた父親には拒絶感バリバリ。 幸せな結婚と、その父親との親交を得たいシャイア・ラブーフは、 父娘の間を取り持つ努力をし、娘に隠れて父と積極的にコンタクトを取っていきます。 このサブストーリーが、普通の投資モノとは異なる味付けだったのでしょうが、 娘の行動が、なんだか腑に落ちないんですよね・・・・・。 あんなに毛嫌いしている父親の仕事と同業の男を彼氏に選んだり、 聞く耳もたずの状態だったのに、特に劇的でもない会話で父親と距離が縮まったり、 離婚だナンだと騒いでいたのが終息するのが急展開だったり・・・・・。 よく分からない女の子でした。 というわけで、取引の切った張ったは面白かったのですが、 彼ら金融マンを支える家族の描き方がワケわかんなかった作品でした。
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『原発「危険神話」の崩壊』
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- 2012/03/25(Sun) -
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池田信夫 『原発「危険神話」の崩壊』(PHP新書)、読了。
話題になっているようでしたので、珍しく、本屋で買ってきました(苦笑)。 福島第一原発での事故により、 「最悪の事態でも炉心溶融は起こらない」という(盲目的な)安全神話が崩壊したが、 一方で、「炉心溶融が起こると数万人が死ぬ」という(扇動的な)危険神話も崩壊した。 このご時勢に危険神話の崩壊を訴え、 客観的に、冷静に原子力発電のことを考えようという姿勢の提起は 意味のあるものだと思います。 特に、私が前から感じている、 日本人の「科学センスのなさ」と「経済合理性での判断力の弱さ」を思うと、 こういう主張が出てくることは歓迎したいと思います。 ただ、文章の端々に、誘導的な表現が目に付くことがあり、 読んだ印象では、原発推進派のRP文章のように感じられてしまうところが残念です。 例えば・・・ 東日本大震災のような超大型の地震や津波が日本で起こることは今世紀中は考えられず・・・(P119) 経済学的な確率論の考え方で行くと、 たしかに発生率は限りなくゼロに近いのかもしれませんが、 地球の活動に関わることですから、「起きない」と言い切ってしまうのは、 やはり行き過ぎた表現だと思います。 原発反対を感じている人にとっては、 この表現(この前提条件)は、とうてい容認できないものだと思います。 このような点で、論破しようとしている相手のことを適切に慮った表現になっていないところが散見され、 原発反対派に感覚的に賛同している人々を客観的に教え諭そうとしているのか、 それとも賛成派に誘導しているだけの、結局は同じ穴の狢なのか、 疑いの目を持たざるを得ません。 そこが、非常に残念! でも、この本が主張しようとしている本題の部分は、大筋で賛同できます。 少なくとも、日本の将来のために行動する大きな権限と影響力を持っている政治家や官僚、 財界のトップ達には、冷静で合理的な判断をして欲しいと思います。 一時的な感情論ではなく、冷静な判断に基づき選択した将来が 脱原発であっても、原発維持であっても、納得できる道筋がつけられるなら、 その将来像に向けて、日本人として、一緒に取り組んでいきたいと思います。
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『樅ノ木は残った』
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- 2012/03/22(Thu) -
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山本周五郎 『樅ノ木は残った』(講談社)、読了。
丸っと1週間かかってしまいました。 しかし、この作品は凄い重みをもって、読む側に迫ってきます。 毎晩、本を手に取るのが楽しくて仕方ありませんでした、 仙台・伊達藩に起こった御家騒動の顛末を、 一家臣である原田甲斐の視点で描いていきます。 導入部、誰が黒幕なのか分からない状態で事態が進行していきますが、 サスペンスものかと思うほどのドキドキ感を覚えました。 やがて、各人物の関係性が分かってくるのですが、 お家のために、悪だくみグループの中に潜入する作戦をとった甲斐。 当然、もともと周囲にいた家臣団たちと距離ができ、やがて絶交になってしまう者も。 このあたりの悲哀が、甲斐が飄々としている分、一層強く漂ってきます。 そして、江戸では上品過ぎるほどに振舞う甲斐は、 地元に戻ると山にこもり、獣を追いかけ回す狩人の一面も持っています。 山でしか本音が出てこないというところにも、彼の内面の閉塞感を感じてしまい、 非常に重苦しいものがあります。 ここまでの苦労を重ね、何とか状況改善に努めようとしながらも、 状況の悪化を防ぐのが精一杯という日々が続き、次第に追い詰められていく甲斐。 最後は、どんな結末になるのだろうかと大きく期待が膨らんでの、最後の十数ページ。 この展開は、想像していませんでした。 歴史好きの方には良く知られている事件なのかもしれませんが、 歴史という現実だからこそ生まれた、劇的なエンディングだったと思います。 山本周五郎の歴史長編、他にも挑戦してみたいですね~。
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『「できる人」はどこがちがうのか』
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- 2012/03/16(Fri) -
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斎藤孝 『「できる人」はどこがちがうのか』(ちくま新書)、読了。
タイトルからして、かなり軽い本を想像していたら、 しっかりとした内容に、姿勢を正して読む羽目になりました(苦笑)。 「できる人」とは、ものごとを上達する自分なりのプロセスを獲得している人、 といったところでしょうか。 この考え方は、自分が今まで思っていたこととジャストフィットです。 例えば、仕事のできる男の人はモテます。 これは、単なる経済力の高さを証明しているだけではなく、 遊びに行くときの段取りの良さとか、親戚づきあいの上手さとか、 生活設計の信頼性とか、社会ルールを守るとか、 そういう多方面での能力の高さを象徴するものなんだと思います。 だからこそ、信頼される男性と判断されるのであり、モテるのだと。 同じように、要領よく家事をこなす主婦は、 きっと会社勤めをしても、テキパキ仕事をこなせるのではないかと想像します。 そういう、課題解決力とか、成果の実現力のような 汎用的な能力(この本で言うところの「型」)を持っている人は、 何をやるにも能力が高いということなのだと思います。 自分を振り返ってみると、まだまだですね・・・。 例えば、試験を通るノウハウや懇親会などで初対面の人と打ち解けるノウハウ等 いくつかのパターンは自分なりに持っているつもりですが、 それらを統合した汎用的な型にまで広げることが出来ていません。 汎用化、標準化、普遍化みたいなところを意識しながら スキルを身につけていく必要があるのでしょうね。
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『善悪の彼岸』
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- 2012/03/15(Thu) -
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ニーチェ 『善悪の彼岸』(新潮文庫)、通読。
お堅い文章が並んでいるのかと思いきや、 ものすごくパッションを感じる文体に訳されていて、 勢いで読めてしまいました。 もちろん、書かれている内容については真剣に考えないと 上っ面の理解で終わってしまうのでしょうけれど、 古典の訳として、非常に新鮮さを感じました。 箴言集も、皮肉が利いてて面白かったです。 言い回しの妙は、ニーチェの力か、はたまた訳者の力か。 何度も読んでみると、そのたびに発見がありそうな一冊です。
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