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『羆嵐』
- 2021/09/19(Sun) -
吉村昭 『羆嵐』(新潮文庫)、読了。

昨夜は台風14号が通過していったので、
仕事を早めに切り上げて、家で読書タイムだったのですが、
台風の雨や風が雨戸を叩く音をBGMに、本作の前半の羆が集落を襲うシーンを読んでいたら
迫力満点で、怖かったです。

大正年間に北海道に開拓民として移住した人々が、
ようやく生活に慣れてきた移住4年目に遭遇した羆の襲撃。
逃げまどい、猟銃を用意しても使いこなせずに退散するしかない無力な人々。
隣の先輩集落に逃げ込み、警察にも助力を求め、羆と向き合った1週間を
淡々と描いていく吉村作品らしいノンフィクションです。

移住した人々が、ようやく移住先の土地に愛着を持ち始めたときに起きた悲惨な獣害。
隣の先輩集落は、男気を見せて多くの男たちが助けに来てくれるものの
羆の姿を実際に見たら、一気に助けるメリットと危険にさらされるデメリットを天秤にかけ始める現実の姿、
そんな男たちを人望でまとめあげていく区長の姿、
威厳のある警官が来て現場を率いてくれるものの、羆についての知識に乏しく行き当たりばったりな状況、
淡々とした描写の中に、様々な人間的な要素が垣間見えて、人間社会というものを知るのにも
非常に興味深い作品でした。

『羆嵐』というタイトルは、羆が集落を襲う惨劇の酷さを表しているのかと思っていたのですが、
羆を人間が仕留めると、そのあとに嵐が吹くという自然現象を表した言葉だと作中で紹介されており
あぁ、そういう意味が込められているのか・・・・と納得。
羆と嵐には関係がないでしょうから、人間の頭がそういう風に因果関係を付けているだけだと思いますが、
つまりは、それだけ人間が羆のことを特別視しているというか、
羆にある種の神聖なものを見ているのだろうなと思うと、ことさら、この羆の襲撃という事件が
人間の集落に与える心理的影響は計り知れなかっただろうなと思います。

吉村作品は、たまに読むと、気が引き締まって良いですね。




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『魚影の群れ』
- 2018/11/22(Thu) -
吉村昭 『魚影の群れ』(新潮文庫)、読了。

タイトルに惹かれて買ってきました。

収録作品は4つ、どれも人間社会の中に動物が登場してきます。
侵入者であったり、飼育であったり、道具であったり、漁業であったり。
多様な人間と動物の関係性を描いています。

吉村作品らしい、淡々としたドキュメンタリータッチの作品なんだろうなと想像はしていましたが、
冒頭の「海の鼠」の、冷徹で迫力のある描写に圧倒されました。
とある小島に現れたドブネズミの集団。
瞬く間に数を増やし、足の踏み場もないほどに。
畑を荒らし、漁獲をついばみ、家の中に侵入してくるドブネズミたち。
毒餌で殺しても、ネズミ捕り機で捕獲しても、一向にその数は減りません。

小説としてみると、ドブネズミと人間の鼬ごっこを淡々と描いていく形で、
物語としての大きな山場がないので、これは実話をモチーフにしているのかな?と感じましたが、
どうやら宇和島沖の戸島という島で起きたことのようです。

しかし、物語に山場がないからと言って、本作がつまらないということではなく、
島民の苦悩や県の担当者の努力、そして何よりドブネズミの描写が緻密で、
十分に読ませてくれる作品でした。

次の「蝸牛」は、食用カタツムリがもたらす中毒性の味わいがテーマで、
こちらも、「ついつい手を伸ばしたくなる中毒性」というのが
なんだか不気味です。

「鵜」は、動物としての鵜そのものよりも
鵜飼の家族を通した人間物語だったので、本作の流れの中では、
ちょっと興味を失ってしまいました。

最後に表題作の「魚影の群れ」。
こちらは、大間のマグロ一本釣りにかける漁師とその娘、そして恋人の
3人を軸に話が進んでいき、主人公のベテラン漁師の不器用さが
なんとも言えず健気な感じで、中盤までは微笑ましく読んでいました。

しかし、中盤で、事故が起こり、その事故に面したベテラン漁師の行動が
周囲の人間に対して大きな影響を及ぼします。
そして、当の本人も、事故当時から心の奥に感じていた疚しさが
消えてなくなることがなく、居心地の悪い日々を送らねばならないことに。

咄嗟の際に、そういう行動をとってしまうということが、
前半の漁師の性格を描いた日常シーンにより、納得的に受け入れられ、
やっぱり吉村昭はすごいなと素直に感心。

どの話も、淡々とした一行で幕を閉じるのも、これまた印象的でした。




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『三陸海岸大津波』
- 2017/10/27(Fri) -
吉村昭 『三陸海岸大津波』(文春文庫)、読了。

東日本大震災の後に、一気に名前が知られることとなった本書。
ブックオフで見つけたので買ってきました。

三陸地方を何度か旅している間に、
三陸海岸における津波被害の過去に関心が高まってきた・・・・・と
さらっと動機を述べて、早速、津波の描写に入っていきます。

最近の、著者が前面に出てくるルポとは異なり、
淡々と事実を集め、記録し、自分なりのしかし客観的な解釈をつける姿勢、
この清々しさは、逆に心に刺さってきます。

そして、行政を批判するでもなく、町の顔役たちを批判するでもなく、
被災者の目線で事実を積み上げ、悲しみを共有し、
再びこのような惨禍が繰り広げられないことを願う姿勢、
著者のこの冷静さがあるからこそ、本作が、何十年と経った今も
津波の恐ろしさを学ぶ最良の教科書であり続けるのだろうと思います。

本作の後半で登場する、当時の小学生や中学生たちの作文。
父や母、兄弟姉妹が津波に流され亡くなっていった様子を
辛い心情や津波の恐怖を交えて、赤裸々に書いています。
書いた生徒も、書かせた先生も辛い作業だったと思いますが
記録に残したことで、後世の人々にとって学びの書となり得ました。
この慧眼に感謝。


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『戦艦武蔵』
- 2009/06/20(Sat) -
吉村昭 『戦艦武蔵』(新潮文庫)、読了。

「戦艦武蔵」の名前は知っていましたが
華々しさよりも悲劇的な文脈で語られることが多いという印象があるだけで
詳しい戦歴は知りませんでした。

本作では、起工の時点から描かれていますが、
起工から竣工までが180ページ、第一艦隊に編入されて以降が60ページと
この分量のバランスからも、武蔵の悲劇性がわかります。

大戦艦主義で建造された武蔵に、
航空戦力を重視した山本五十六連合艦隊司令長官が乗り組み、
武蔵の性能を誇らしげに感じている乗組員たちが山本長官を神格視する。

このなんともチグハグな状況も、
時代を間違えて誕生してしまった武蔵を表わす皮肉な一面だと思います。

その大きさゆえに、諸々の海戦には参戦せず、
いざ出陣となったレイテ海戦で集中攻撃を受けて沈没。
噴煙をあげる写真がWikipediaに載っていましたが、
この噴煙の下で何百人もの兵が亡くなったのかと思うとゾッとします。

沈没までの間に、周囲にいた僚艦の助けも得られず、孤独に沈んでいく様は、
ある意味、大戦艦らしい孤高さを最後まで示していたのかもしれません。

しかし、本作では、やはり建造過程における
三菱重工業の工員たちの奮闘が興味深かったです。
大きな目標に向かって団結・集中して取り組む様は、
読んでいて清々しいものがあります。


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『仮釈放』
- 2009/04/13(Mon) -
吉村昭 『仮釈放』(新潮文庫)、読了。

特段の期待もなく買ってきた一冊だったのですが、
思いの外面白くて一気読みでした。

妻と不倫相手の母親を殺害した元教師が主人公。
無期刑を受けるも刑務所内での生活態度が認められ仮釈放されます。
そして始まる保護観察下での生活。

15年ぶりに味わう外の空気を楽しむ間もなく
15年というブランクの間の世間の進展についていけない自分。
殺人を犯したという過去を知られないよう怯えて暮らす自分。
保護観察官としか関わりを築けない自分。

こんな自分と向き合って生きていかねばならない過酷さが
ひしひしと伝わってきます。

最近は、開き直りともとれる言動を示す犯罪者が多いですが、
服役を終え、出所したあとは、
このようにひっそりと生きていかねばならないのでしょう。

物語の結末は悲しい終わり方でしたが、
人間とはそんなものなのかもしれません。


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stars最後の最後で突き放された。
stars犯罪者の心情を克明に記しながら・・・
stars刑罰の目的は何処にあるのか、罪を償うとはどういうことか、という問題を描いた名作
stars自己正当化という罪の深み
starsフィクションではあるが……。

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『大本営が震えた日』
- 2007/01/13(Sat) -
吉村昭 『大本営が震えた日』(新潮文庫)、読了。

太平洋戦争開戦の1週間前、
開戦を指令した極秘命令書を積んだ飛行機が敵地中国に不時着遭難した。
敵側に開戦の時期や作戦の中身が事前に知られることで
日本軍は圧倒的な不利に立たされると予想される。
とにかく早く上海号を発見し、命令書の行方を確認しなければならない。

開戦の直前に、こんな戦略上の大事故が起こっていたなんて、初めて知りました。
そして、生存した2名を探し出し、直接取材をして、
この事故の経緯をつぶさに調べ上げた著者の執念が素晴らしい。
手に汗握る展開となっています。

後半は、この命令書に書かれていた作戦が実行に移されるまでの
陸軍・海軍のそれぞれの動きを描いていますが、
さすがにマレー半島制覇とハワイ奇襲の2大作戦を追っかけていくのは
対象が大きすぎて、物足りない印象を受けました。
上海号事件の描写が詳細にわたっていたので、
より一層そのように感じたのかもしれません。

それでも、開戦直前の緊張感溢れる現場と、
スキの無い計画とは言い難い陸軍のマレー上陸作戦決行時のドタバタぶりが
よくわかりました。

侵略戦争というものは愚かな行為だと思いますが、
その目的のところは無視して、
「状況分析をし、戦略を立て、実行し、成功する」という
過程だけを取り出して眺めてみると、
作戦成功に向けてのハラハラ・ドキドキを感じることができます。
また、戦略論、組織論、情報戦略、人心掌握術等の視点でも、勉強になります。


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