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『日本人の死に時』
- 2024/05/08(Wed) -
久坂部羊 『日本人の死に時』(幻冬舎新書)、読了。

最近、45歳になったのですが、誕生日の手前頃に、ネット記事でカナダの安楽死制度の現状について
読む機会があり、それ以降、「65歳ぐらいで『楽しい人生でした、お世話になりました、バイバイ!』と
身内に挨拶して安楽死できないかなぁ・・・・・」と思うようになりました。

今の安楽死制度を認めている国でも、基本的には「不治の病気で耐えがたい苦痛がある」というような
要件下で行われていると思いますが、時代が進んで、「確実に死ねて事後の処理をきちんとやってもらえる自殺」
として安楽死が認められるようにならないかなぁ、と漠然と思ってます。

私たち氷河期世代が高齢者となるころには、今以上に少子高齢化が進み、
なおかつ大した資産を持っていない高齢者や、親しい家族がいない高齢者が
今よりもずっと増えるのではないかと思っており、日本社会が維持できなくなるという差し迫った事情と
もう一方で、「死ぬ権利」みたいなものを主張する意識高い系の人たちが現れて、
その双方からの圧により、なし崩し的に安楽死が制度化されるのではないかと思ってます。

あと15年働いて、60歳でリタイアし、5年間かけて旅行と読書をめいっぱい楽しんで、
65歳で苦痛なく確実に自殺する、という人生設計です。
「65歳まで」と期限が切られていれば、老後の資金面での不安はかなり軽減できると思いますし、
60~65歳の間なら十分に旅行や読書を楽しむ体力や集中力も残ってるでしょうし、
大きな病気になる可能性も比較的低い年代でしょうし、65歳で死んで残った持ち金は弟なり
その子供たちに遺産として渡せれば、まだ若い彼らにとって使い勝手の良い資金になると思いますし。

そんなことを考えているときに、このタイトルの本を見つけたので、早速読んでみました。
著者は、ブラックな医療系の小説を書いている久坂部羊氏。
正直、その救いようのないブラックさに、読んでいて嫌になることが多いのですが(苦笑)、
本作で著者が終末医療や在宅介護の世界で働く医師だと分かったので、
「あぁ、あの小説作品たちは、やっぱり医師としての思いがこもった作品たちだったのか」と納得しました。

辛い病気を抱えながら、なお長生きすることを強制される高齢者たち。
下手な延命治療は望んでないのに、息子や娘の意思により生き伸ばされる高齢者たち。
そこに幸せはあるのかな?と思わざるを得ません。

私自身、長生きに興味がない理由として、一つは自分自身に子供や配偶者が居ない
気楽な立場であることと、自分の両親が目に見えて老いてきたこと、
そして、私の母が、その母(私の祖母)の終末期において、病院に搬送された祖母を診た医師から
「今晩がヤマです」と言われた時に、「延命治療は不要です」とはっきり回答したのを目の前で見たという
経験があるからなのかなと思います。

普段はおとなしく、あまり自分の意見を主張する姿を見たことのない母ですが、
このときははっきりと「延命治療は不要(=自然体で死なせてあげてほしい)」と意思を表明し、
医師も「分かりました」と素直に受け止め、投薬も機械を繋ぐこともせず、看護師もナースステーションに
引き上げ、心拍数と呼吸を測定する装置だけを繋いだだけの状態で、祖母と母と私の3人だけで
最後の時間を過ごしました。

そして呼吸が止まったことを機械の音で理解し、すぐにナースステーションから看護師が来てくれて、
そのまま医師が「ご臨終です」と申し渡す静かな最期でした。
しかし、とても厳粛な最期だと感じました。
苦しまずに自然と呼吸が弱くなっていく姿を見て、安らかな最期で良かったなとすら思いました。

反対に、母の妹が若くしてガンで亡くなったときは、終盤、痛みと苦しみに七転八倒する感じで、
モルヒネを大量に投与して意識をなくすことで痛みを和らげるような最期で、
その時も私は入院している叔母に数日泊まり込んで付き合いましたが、
「あの明晰で溌溂とした叔母がこんな姿になるなんて・・・・・」と相当ショックでした。

苦しそうな姿も見ていて辛かったですが、モルヒネで意識朦朧とし幻覚を見るのか
うわごとをずっと言っていたり、何かを嫌がるような身振りを見せたり、
そういう現実と夢うつつの間を行ったり来たりしているような姿も辛かったです。

この2つの死に向き合った経験から、「静かで安らかな最期を自分の意思で迎えたい」という気持ちが
強くなっているのだと思います。

65歳になって、実際に「安楽死したい」と覚悟が決まっているのか、
60歳ごろから「もうちょっと長生きしても良いかな」と思いが変わっているかは分かりませんが、
とりあえず現在は、「65歳でバイバイ!って悔いなく言える人生を、あと20年間しっかりと生きたい」
と心に誓っております。                                                                                                                                                                                                                                                                                                




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『院長選挙』
- 2023/07/29(Sat) -
久坂部羊 『院長選挙』(幻冬舎文庫)、読了。

著者の作品は3冊目ですが、こんなドタバタコメディも書くのかとびっくり。
かなり毒の強いブラックユーモアしか読んだことがなかったので。

日本で最も権威のある国立大学病院の院長が急死し、
副院長4人による院長選挙に突入する前の鞘当て段階を、
フリーランス記者が医療崩壊の取材として関与したら、その騒動のおかしさに直面したよ・・・という話。

副院長4名を中心に、病院の医師、看護師、技術スタッフ、事務スタッフを
かなりカリカチュアライズして描いているので、ドタバタコメディ感が強いですが、
医療界に身を置く人からすると、どう見えるのかな?と気になりました。

例えば、半沢直樹シリーズも、登場人物たちはカリカチュアライズされてますが
金融機関に勤めてた私からすると、劇画化されてはいるものの本質的にはそういうタイプの人は
いちゃう業界だよな~、と納得感がありました。
なので、本作も、医療機関に勤める人にとっては、あるある感たっぷりなのかな?と。

特に本作では、内科、外科のようなメジャー部門と、
整形外科、眼科のようなマイナー部門(当人はスペシャリスト部門と自称)に分かれていて、
メジャーマイナー間の上下関係だけでなく、それぞれの中での上下関係も争いがあるという描写が
興味深かったです。
さらに、いかに売上を稼ぎ、利益率を高く維持できるのか、という観点では、
マイナー中のマイナーの眼科が有力、という点でも、目からウロコでした。

医者の中での部門の序列は、正直、自己愛にしかならないと思うので
医者の中で解決してくれればよい話ですが、
どの部門が稼ぎ頭かという話は、病院経営の話、ひいては医療機関が必要な数だけ
都内でも地方でも維持できるかという国力の問題に繋がっていくと思うので
これは企業経営という観点でも興味深かったです。
ネタとしては薄めの扱いだったので、もっと読みたかったなと。

後半、院長の急死の件を追求していくのかと思いきや、
そちらのサスペンス要素は少なくて、別の問題が外から持ち込まれて大騒動になりそうな
展開ではありましたが、そちらもイマイチ不発でした。
結末は尻すぼみ感。

ちょっと最後、満足度は下がっちゃいましたが、
でもブラックユーモア小説よりも、医療界の変な常識をコメディタッチに暴くこちらのタイプの方が
私は好きかも。




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『嗤う名医』
- 2023/06/07(Wed) -
久坂部羊 『嗤う名医』(集英社文庫)、読了。

久坂部作品は2冊目。
やっぱり読後感は不快なものが渦巻きます(苦笑)。

ジャンルとしては医療系社会派ブラックユーモアなのでしょうけれど、
私としては毒が強すぎて、医療社会というか、人間が嫌になっちゃいます。

最後に収録された「嘘はキライ」が、大学病院における教授ポストの争奪戦がテーマ。
ドロドロとした足の引っ張り合いの中で、教授候補のどちらの陣営にも属さない主人公は
自分なりの判断で行動し、ある種の悪を追い出すのですが、
この爽やかさのある作品が最後に置かれているおかげで全体の読後感は
なんとなくいい感じで終わりますが、でも、その前5作品はグロすぎ(苦笑)。

患者は自分勝手だし、認知症は人間性を破壊するし、
医師は高慢で全能感に浸ってるし、純粋な生物学への興味は偏執的でもある。
どれも、人間の歪みみたいなものが、医療という命の限りと向き合わざるを得ない場で
極端に膨張して表出されるので、嫌な気持ちになっちゃいます。

そして、この人間性のグロい部分を誇張して書きたいがために、
ちょっとリアリティのない展開になっちゃってるのも気になりました。
「愛ドクロ」で、大学医学部の解剖学教室に勤務する技術員が、
身の回りに居る女性・幼女の中で頭蓋骨の形の良い人に偏執狂的に執着する話ですが、
多くの人間が住む社会の中で、この主人公のように極端な嗜好を持ち
行動にまで移してしまう人は、まぁ存在するかもしれません。
でも、その友人までもを巻き込んで、しかも一緒に「行き倒れの死体を見つけに行こう!」と
近所をウロウロするところで、「おいおい、友人よ、止めてやれよ、というか怖がれよ」。

え?なんでそんな行動を受け入れるの?という展開がところどころにあり、
そこは読んでいて気持ちが冷えちゃいました。

うーん、自分には合わない作家さんなのかな。
でも確かまだ積読になってるものがあったはず・・・・・・。




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『黒医』
- 2022/06/25(Sat) -
久坂部羊 『黒医』(角川文庫)、読了。

お初の作家さん。
本職が医師による医療業界や医療技術をテーマにしたブラックユーモア小説ということで
期待して読み始めたのですが、うーん、かなり苦手な感じでした。

小説として面白くないとか、出来が悪いとか、そういう点ではなく、
医師がこんなことを内面で考えているのか・・・・ということが
露骨に伝わってきて、苦手意識以上に嫌悪感が先に立ってしまいました。

ひたすら過酷な労働に耐えられる若者や健常者を表向きは称えつつ、
裏では高齢者が社会の実益を享受しているというような描写が続きます。
いくつもある作品の中の1つでそういう思想が描かれるのは
興味深く読めると思うのですが、どの作品も、根底にはそういう視点があるように感じ、
若者と高齢者、健常者と障害者、まだ耐えられている人とメンタルやられちゃった人、
そういう社会を分断するような世界観が、あんまり隠されずに堂々と書かれているので、
「こんな考え方を持つ人が医師として診療する側に立っているのは気持ち悪いな」と
思ってしまいました。

描かれている思想が、イコール著者の思想ではないということは頭ではわかるのですが、
あまりに繰り返し堂々と描かれるので、少なくとも著者が主張したいことではあるのかなと
思ってしまうと、あまりに不気味です。

小説の技術的な点においても、ストレートに淡々と描くような感じなので、
余計ダイレクトに著者の主張が頭に届くように感じてしまうのだとも思います。

ブラックユーモア小説だからこそ、極端な見せ方で伝わる部分もあるかとは思うのですが、
でも、やっぱり、その意図以上のものが滲み出てしまっているように思います。
私が、医師という職業を、必要以上に崇高なものとして捉えてしまっているのかもしれませんし、
医師を社会におけるエリート層の象徴として、ノブレス・オブリージュではないですが、
社会に対して果たすべき責務みたいなところで、もし何か主張をするのであれば
若者と高齢者、その対立する双方の言い分を描くとかいったバランス感覚を求めてしまいます。

あんまり著者に対して嫌悪感を抱いてしまうことって
今までの読書では経験がなかったので、
こういう感想を持ってしまうこともあるんだ・・・・・という発見でもありました。




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