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『中上健次 選集3 木の国・根の国物語』
- 2023/05/21(Sun) -
中上健次 『中上健次 選集3 木の国・根の国物語』(小学館文庫)、読了。

中上作品で三重県が関わりそうなものを読んでみたいなーと前から思ってましたが、
ブックオフでこちらを見つけたので読んでみました。

出身地の和歌山県新宮市を出発点に、昔の紀州藩にあたる和歌山と三重の町々を巡り、
市井に生きる人々から言葉を引き出し、紀州という地域の歴史の上に成り立つ文化・風習・人間性を
描き出していきます。

冒頭、紀州を「隠国(こもりく)」と表現することで、
紀州という土地の歴史の重みというか、表舞台の京都に対置した裏の世界として紀州を捉えた
本なのかなと思いながら読み始めました。

個人的には、伊勢の神々の陽の世界に対して、熊野の神々は陰の世界として捉えてます。
伊勢平野の中にあり、京の都からも大阪の都市部からも名古屋の熱田神宮からも訪れやすく
その沿道には宿場町が発展した伊勢神宮と、鬱蒼と茂った山を抜けてようやくたどり着ける熊野三山。
そりゃ、そこに住む人々の思考や暮らしぶりに影響が出るわなー、と思ってます。

そういう、紀行文と文化論のミックスされたような本かなと思っていたら、
本作の大きなテーマが「被差別部落」ということが分かってきて、
かなり重苦しい読書となりました。

自分の思い込みでは、被差別部落というのは、ある種、町の治安維持というか、
見下せる相手を社会の中で作りだすことで人々の不満を低く収めるための社会統治施策の面が
大きかったから、人口が一定数あるような都市部の問題だと勘違いしてました。
三重県で言うと、北勢地区、中勢地区のようなところに多い問題なのかと。

しかし、本作では、訪ねる先の町々で、部落問題に取り組む人や、水平社から紹介された人など
多くの被差別部落関係者が登場してきて、関西地域ではどこに行ってもついて回る問題なんだなと
改めて認識しました。

一方で、「○〇町には被差別部落があった」という言及が具体的な地名で挙げられており、
これは大丈夫なのか?と疑問に思いました。
もしかすると〇〇町というのはかなり広い町なのかもしれませんが・・・・。
部落差別問題を正面から扱う姿勢は社会にも有益だと思いますが、
町名まで出す必要性はあるのかな、新たな差別を生まないのかなと気になりました。

また、著者は紀州を飛び出して松阪を訪れ、食肉加工センターに飛び込み訪問しています。
屠畜業は以前は被差別者が職にしていた(もしくはさせられていた)という理解のため、
部落差別問題の延長線でこのセンターに来たのでしょうけれど、
「作業の見学はできるが、午前中で作業は終わったので今日はもう仕事はない」と言われ、
日を改めて訪問するのかと思いきや、そこで切り上げてしまいます。
「え?終わり?」と思ってしまいました。
解説者もこの場面を切り取って、「単なるルポ、単なる紀行文ではないのである」と
評価してますが、うーん、私は納得できませんでした。
まぁ、ジャーナリストではなく、小説家が地元への思いを書いた本だと言ってしまえば
どんな風に行動し何を考えても自由なのですが、和歌山の町々での人々との交流を思うと
なんだか淡々としてるなと思ってしまいました。

松阪は紀州ではなく伊勢の国なので、何か違っていたのかな。




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『三重の文学』
- 2022/11/30(Wed) -
植村文夫、若松正一 『三重の文学』(桜楓社)、読了。

近所の公民館の図書室からの廃棄本の中からもらってきて、
ずーっと積読になってました。

『万葉集』にはじまり、三重県各地を舞台に詠まれた歌や書かれた文学、
そして、三重県出身者や三重県に長期滞在した人による三重県を舞台にした小説など、
多様な文学が紹介されており、改めて「三重県ってこんなに作品化されてるのか~」と
その歴史や文化の深さに感じ入りました。

元々、奈良、難波、京都に近く、熊野や伊勢という神聖な土地を抱えているため、
古くから人の行き来は非常にあった土地だと思います。
やっぱり、文学とか芸術とか、そういう人間の叡智の結節点みたいなものは、
人の交流の多いところに生まれやすいんだなと納得。

ただ、本作で紹介された文学作品は、ほとんど読んだことがないので、
三重県人としてちゃんと勉強しないといけないですね。
中上健司とか丹羽文雄とか、買ってはあるものの、難しそうで積読になってます(苦笑)。




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『俳句の時代』
- 2020/03/20(Fri) -
中上健次、角川春樹 『俳句の時代』(角川文庫)、通読。

サブタイトルに「遠野・熊野・吉野 聖地巡礼」とあり、
三重県も関わる地名が出ていたので、興味が持てるかな?と思って買ってきました。

ところが、最初の対談を読んだら、2人の話に全くついていけませんでした(苦笑)。
概念が高次過ぎてついていけないとかいうレベルではなく、
そもそも何について語っているのか、その内容自体が把握できないという。
「えっ、この会話って、どこと繋がってんの?」みたいな。

話題の中心になっている角川春樹氏の句集を読んでいたら理解できるのかもしれませんが
2人だけの精神世界に入っていって会話をしているように思われ、
あぁ、私は読者として認識されていないんだな・・・・・と疎外感を覚えました。

次の対談は熊野で行われ、新宮の火祭り等、具体的にイメージできるシーンもいろいろ登場したので
遠野対談で感じたような疎外感はなく、むしろ親近感を覚えました。
なんとなく2人の会話も、現世に戻ってきたような印象で(笑)。

で、話題の中心の春樹氏の句ですが、
本作の中で多数紹介されているものを読み、
正直な感想は、「意外とストレートな俳句を読むんだな」ということ。

私にとって、「角川春樹」という名前を知ったのは、「コカインで逮捕!」というニュースでした。
当時中学生だった私は、「有名企業の、しかも出版業の社長がクスリで逮捕だなんて!」と
相当にショックで、その瞬間から、角川春樹氏のイメージは、「ラリってるダメな大人」となりました。
そんなイメージの氏が、素直に心情を表現した句を読むので、そのギャップに驚いた次第です。
もっとエキセントリックな句を読みそうなイメージだったので(苦笑)。

まぁ、でも、今の氏の立場を思えば、よくぞここまで復活したなぁ・・・・というもの。
出版社を興し、有名作家の本も出すようになり、映画制作もして、
見事な復活ぶりですよね。
自らの財力にモノを言わせて・・・というだけでなく、
ちゃんと人が付いてきてるのが凄いなと思います。
やっぱり魅力のある人なんですかね。

個人的には、自分の意思で薬物に手を染めた人への評価は、
それまでの業績が高くても、その後の業績が高くても、一貫して「ダメ人間」という思いが強いので
やっぱり角川春樹氏に対しては色眼鏡で見てしまいます。
これはもう、直せないな。

あと、中上健次氏については、新宮出身で、三重県にも縁のある人なので
読みたいな・・・・・と思いつつ、本作が初めてでした。
ただ、本作を読んで、「ちょっとクセが強そうだな」と思ってしまったので、
氏の作品を手に取るまで時間がかかるかもしれません。
積読状態で何冊か手元にはあるのですけどね・・・・・。






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