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『今はちょっと、ついてないだけ』
- 2021/10/06(Wed) -
伊吹有喜 『今はちょっと、ついてないだけ』(光文社文庫)、読了。

連作短編集。
主人公は、二十歳過ぎで「ネイチャリング・フォトグラファー」として
テレビで自分の冒険番組を持っていた写真家の男。
やり手の事務所社長が不動産投資に失敗して自己破産し、番組は終了。
連帯保証人として数千万円の負債を主人公が負うことになり、
その後、田舎に戻って宅配便の深夜の仕分け仕事などでコツコツ返済し、
40歳を過ぎてようやく完済したところから物語がスタート。

カメラなどの機材も手放してしまい、デジタル化の波にも乗り遅れ、
借金を完済したことで頑張る気持ちも途切れてしまい、
怪我で入院した母親の見舞いに毎日病院へと通う日々。何も起きない平凡な日々。
そんな中で、母親の同室の患者から、退院前に写真を撮って欲しいといわれ、気が進まないまま
その息子が退院手続きのため病院にやってきたときに、半ば盗み撮りのような形で親子写真を撮影。
その写真をきっかけに、再び写真の道へと戻り始める物語です。

この主人公の今の姿を見て、可哀そうだなと思うのは、
他人の借金を背負わされたことや、その返済に20代・30代の人生の大事な時期を失ったこと以上に、
テレビに出てもてはやされていた時代の自分を肯定できていないことです。
最近、私は、人間にとって最も不幸なことは、貧乏でも病気や障害でもなく、
自己肯定感が無いことなのではないかと思っています。
なので、本作の主人公の、過去の自分を丸ごと拒否する姿勢に、同情してしまいました。
自分の人生の5年ぐらいの間を丸ごと否定し、さらにその後の15年ぐらいが黒く塗りつぶされるのは
本当に不幸なものの考え方だなと。

なので、本作の短編が連作として進んでいく中で、主人公が写真の道に戻る決意をし、
そして少しずつ、自分らしい写真の仕事のあり方を模索していく様子に、
とても応援したくなりました。

また、この主人公の相棒的な立場で登場する宮川サン。
物語に登場してきたときは、とても感じの悪い役回りで、自分の都合しか考えていない自分勝手な姿に
短編2話目の冒頭で、妻と娘に家で冷たくされている様子に、ザマミロと思ってしまった嫌な私。
ところが、主人公と一緒にいる中で、彼の本来の姿がだんだんと紹介されていきます。
元テレビ屋で、特にバラエティ担当だったため、ノリが軽く、適当なことばかり言っているように見えて、
ちゃんと場の空気を読んだり、想定される次の展開を誰よりも早く察知して、
馬鹿を演じながらゴタゴタの芽をさっと摘んでくれるその立ち回りのうまさに、
こういう潤滑油みたいな人が居ると、なんでも上手く回るようになるんだよなーと感嘆。

世の中には、ノリが軽いだけのテキトーな人間もいますが、
一見軽そうに見えて、ちゃんと実績残している人もいるわけで、
この宮川サンは、能ある鷹は爪を隠す的な形でノリの軽さを利用してるんですよねー。
あー、こういう人、私の周りにも居てほしいわー。

おかげで、3人目の登場人物、瀬戸ちゃんも、一度は挫折した美容のプロとしての道を
再び歩き始めるようになります。
そして、3人で、シェアハウスに住み、写真と演出とメイクというコンビで
最高の写真撮影を請け負うようになっていきます。

第3話まででここまでの展開を読み、ひねくれた私は、「あまりに上手くいきすぎだよー」と逆に反感。
私も自分勝手です(苦笑)。

ただ、第4話目以降は、この核となる3人のさらに周囲の人間の話になっていき、
必ずしも分かりやすいハッピーエンドとはなっていきません。
何かしら、前を向くためのヒントを得ながらも、まだもがいている最中のような終わり方もあり、
「そうそう、人生って、そんな簡単に上向くものじゃないよねー」と納得。

でも、みんな、自己肯定感が必ず上昇しているというのが、凄く良い展開だなと思い
気持ちよく最後まで一気読みできました。

伊吹作品、ヒットチャートからするとちょっと地味目ですが、今まで読んだ3作はどれも面白かったので
今後も引き続き追いかけていきたいなと思います。




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『BAR追分』
- 2017/10/24(Tue) -
伊吹有喜 『BAR追分』(ハルキ文庫)、読了。

伊吹作品2作目。
こちらはバー/バールが舞台ということで、
やはり料理やお酒が良い味を醸し出している作品です。

東京のとある繁華街の隅にある「ねこみち横丁」。
昔ながらの商店街の人情を残した街には、魅力的な人々が暮らし、
横丁の最も奥には、みんなが集うBAR追分がある・・・・・。

人情のある商店街が舞台というだけで、
地方のしがない商店街生まれの私には嬉しい設定です。

シナリオライターを目指しながらも芽が出ず、
HP制作の原稿書きで食いつなぐ30歳目前の男。
ひょんなことから、ねこみち横丁のHP作りを依頼されることになり、
BAR追分の2階の空き倉庫に住まわせてもらうことに。
そして、BAR追分で、様々な人の人生と出会うことに。

まずは、BAR追分で出される料理の数々が美味しそう。
こんなので儲けが出るのか?と心配になるほど手のかかった料理たち。
雨の日や寒い日、暑い日といった環境とのマッチングも素敵で、
どの食事シーンも美味しそうです。

さらに、夜の時間に登場するカクテルたち。
味わいだけでなく、作り方や味付けのポイントも紹介されており、
あまりカクテルを知らない私でも興味を持ちました。
CCジンジャーとか飲んでみたいです。

で、肝心のお話の方ですが、
父娘の関係だったり、仕事の意欲の問題だったり、自分のアイデンティティのことだったり、
どれも普遍的な悩み事で、それぞれのお話で悩んでいる人物に共感できます。
そして、その悩み深き人に優しく手を差し伸べる横丁の人々の
押しつけがましくない温かさが感じられ、ほっこりした気持ちになれます。
BAR追分の料理を食べたときのように。

ああ、こんな素敵な店で、素敵な料理を食べたい!通いたい!!と思わずにはいられない
素敵なお話達です。


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『四十九日のレシピ』
- 2013/04/18(Thu) -
伊吹有喜 『四十九日のレシピ』(ポプラ文庫)、読了。

タイトルとカバー画から、死を爽やかに捉えた作品なのかと思ってましたが、
意外と浮世の話がドロドロしてました(苦笑)。

浮気とか、子供ができたとか、離婚届に判を置いてくれないとか、
そういった行動のドロドロさではなく、
浮気相手の女の精神状態がヤバいんじゃないの?という気持ち悪さが・・・。

それと比べてしまうので、実家に戻った百合子の生活の周囲が、
なんとも静かで清々しいものに感じられてしまいます。

こちらはこちらで、親戚との軋轢とかいろいろ抱えているのですが、
亡くなった乙母の人徳なのか、なぜか読んでいて心が荒れません。

法事は死んだ人のためではなく、生き残った人のためにあるというのは
良く聞く言葉ですが、本作を通して、本当にそうなんだなと感じました。

百合子とその父という2人の主人公の目を通して、
死を受け入れるということ、生活と向き合うということ、
様々な人との関わりの中で自分というものを保つということ、
いろんなことを学ぶことができました。

最後、四十九日が終わって、みんなが家を去っていくシーン。
様々に解釈ができる描写になっていて、これは面白いなぁと感心しました。

死ぬことの神聖さまでをも感じられる良い作品でした。


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