『千年樹』
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- 2022/09/10(Sat) -
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荻原浩 『千年樹』(集英社文庫)、読了。
荻原作品、いつの間にこんなに買い込んでいたんだろう?というぐらい積読になっていて、 昨年から良いペースで積読消化している気がします。 本作は、とある地方の小さな町の端にある巨大なクスノキにまつわる物語。 クスノキを舞台に、その芽生えから朽ち果てるまでの1000年間に起きた出来事を 連作短編形式で見せていきますが、各短編の中でも、 2つの時代を行き来させるという複雑な構成になっています。 そして、このクスノキがもたらす物語は、基本的に悲劇。 その芽生えからして、平安時代に東国へ国司として派遣された貴族が、 現地の武装勢力に反旗を翻され、逃げ延びる途中で両親とも息絶え、 残された幼い子供も飢え死にするという悲劇がベースになっています。 その幼い子供の霊が取り憑いたかのようにクスノキの周りには 時代を経ても、血生臭い出来事や悲劇的な結末のエピソードが散らばっていて、 何とも言えない陰鬱な空気が流れる作品です。 文章のタッチは、特に現代の人間たちを描くところでは、ユーモアタッチになっていますが、 皮肉が効いてるので却ってブラックです。 学校でのいじめ、貧困家庭に生まれたがための犯罪との近さ、 子供の頃の人間関係が大人になってまでも尾を引く地方の閉塞感、 様々な現代の歪みが、ユーモアにより陰湿にあぶり出されてきます。 あー、荻原作品て、時々すごく陰湿だよね・・・・・と思い出させてくれる作品です。 そんな短編たちの中で、明るい終わり方をする「バァバの石段」が 昔の出来事の真相も、現代に生きる人の前向きさも描いていて印象的でした。 ![]() |
『海の見える理髪店』
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- 2022/05/27(Fri) -
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荻原浩 『海の見える理髪店』(集英社文庫)、読了。
直木賞受賞作ということで期待しましたが、 読みはじめたら短編集で、「直木賞を与えるならこの作品じゃないだろう!」と怒りが沸々(苦笑)。 なんだか直木賞って、最近、常に与える作品を外しまくってませんか? 受賞者自体には何の違和感もなく納得できる人選で、むしろ「遅きに失した」と思うことが多いくらい。 何度も候補作に名前が挙がったうえで、ようやく与えられるわけですが、 「これに与えるなら前回候補作の方がふさわしいだろ!」と思えてしまいます。 なんだかなー。 選考委員が年寄りばっかりだから、若手の台頭を素直に評価できないんですかね。 ちなみに、直木賞選考委員のコメントを読んでみたら「他の作品で受賞させたかった」的な コメントを発している人が何人かいて、そんな言い訳すんな!とさらに怒り(爆)。 というわけで、愚痴愚痴と書いてしまいましたが、 普通に短編集と思って読んでたら十分楽しめたと思います。 「この作品で直木賞かよ・・・・・」という思いがどうしても私の読書タイムを邪魔してくるのが 非常に残念。直木賞の弊害ですよ、こりゃ。 冒頭に表題作があるのですが、たまたま入った理髪店でイメージチェンジをした俳優が その新たな髪形で演じた役柄がきっかけで大ブレイクを果たしたというエピソードを交えて、 現在、仕事でも家庭でも悩みを抱える主人公が、その理髪店を訪れるお話。 結末は、予想通りというか、ある種の王道路線ではありましたが、 理髪店店主の人柄と、俳優のエピソードの爽快さで楽しく読めました。 他に印象に残ったのは、英語を学び始めてなんでも英単語で呼んでみたい小学生の女の子が主人公の 「空は今日もスカイ」。 女の子の一人語りで進んでいくのですが、ポンポンと英単語が挟まれるので 不思議なリズム感をもった文章になっていて、読んでいて心地よかったです。 終盤、家出という展開になりますが、自宅の方でどんな騒動になっていたのか全く描かれず 警察官に発見されるという場面しか描かれないので、却って自宅の様子が頭の中で いろいろ想像されてしまい、主人公のこの後が過酷な人生になったのか状況が改善したのか 気になるところですが、家出先の関係者に与えた影響の描写が冷酷だったことを思うと、 少女のこの後も辛い日々が待ち構えていたのではないかと、恐ろしい想像をしてしまいました。 あと、「いつか来た道」。13年間母に会っていなかった娘が、弟に促され 久々に母の元に行くと、自分の頭の中に居た母の姿と現実の老いた母のギャップに直面し いろいろと心が揺れてしまう娘の心情を描いています。 私は毎週のように母に会ってはいますが、でも一緒には住んでいないので もし母が、この作品の母のように、レールから足を踏み外してしまうようになったら・・・・と思うと 不安がこみあげてくる作品でした。 というわけで、なんだか不安な気持ちになる作品が多かったのですが、 最後の「成人式」の突き抜けた爽快感に救われました。 突飛なドタバタした展開も、荻原作品らしさが堪能できて良いですね。 ![]() |
『逢魔が時に会いましょう』
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- 2019/12/23(Mon) -
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荻原浩 『逢魔が時に会いましょう』(集英社文庫)、読了。
荻原作品って、モノノケだったり幽霊だったり そういう異界と人間界の境目に居そうなものを好んで扱いますよね。 そんなに怖くなくて、逆にホロリとさせられることが多いので、安心して読めます。 本作では、モノノケが居るのか居ないのか知りたいと研究する准教授と、 就職に失敗し院に逃げようとしている女子大生の助手のコンビが、 日本の田舎にフィールドワークに行くというお話3つ。 座敷童、河童、天狗と、日本古来の由緒正しきモノノケが登場してきます。 准教授と助手のコンビは、凸凹コンビでクスっと笑えるお気軽さ。 一方で、モノノケの話の方は、なぜそのような伝承が生まれてきたのかという 歴史や文化の筋から解説した民俗学的内容が興味深く、 軽いタッチで濃い内容を伝えてくれていると思いました。 助手が准教授のどこに惹かれたのかは正直謎でしたが(笑)、 これだけ一緒に怖い思いをしてきたら、まぁ、そうなっちゃうのかな。 日本の歴史や文化の厚みを手軽に感じさせてくれる作品でした。 ![]() |
『ちょいな人々』
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- 2018/06/04(Mon) -
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荻原浩 『ちょいな人々』(文春文庫)、読了。
短編集です。 荻原作品のユーモアセンスは好きですが、 時々、軽すぎるように思えてしまうことがあります。 本作はどちらかというと軽すぎ側でした。 冒頭の表題作は、勤務先の社長が、急遽カジュアルフライデーを言い出したことから カタブツの社風の会社が、ファッションの渦に巻き込まれていくというドタバタ劇。 そもそも主人公の中年オヤジが、冴えないのに自意識過剰というか、 勘違い系だったので共感できず。 かと言って、彼が勘違いした新人女子社員の言動の方も かなり狙ってやっている節があり、共感できず。 この2人の追いつ追われつを笑う作品なのでしょうけれど、 オジサンの勘違い以外の風刺になっていないような。 隣家との庭木や猫の侵入問題を扱ったり、 占い師なりたての男の生活費を稼ぐための奮闘記だったり、 いじめ電話相談室の職員を描いたお仕事小説だったり、 どれもテーマは面白いと思うのですが、味付けがなんとも軽くて・・・・・。 ドタバタコメディで終わってしまうのが残念でした。 もう少し、社会問題として深掘りしてくれたら面白いのにな。 問題の掘り返し方がちょいな感じでした(苦笑)。
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『さよなら、そしてこんにちは』
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- 2017/08/18(Fri) -
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荻原浩 『さよなら、そしてこんにちは』(光文社文庫)、読了。
タイトルと表紙絵から、 ハートウォーミング系の小説かな?と思い買ってきたのですが、 中身は、コメディタッチのお仕事小説短編集でした。 冒頭に収録されたお話が葬式屋の社員が主人公だったため、 このようなタイトルになったようです。 葬儀屋、新規就農者、スーパーの食品担当、主婦、寿司職人、料理家、僧侶、 こういう人たちの日常が描かれますが、 どの主人公も、自分の職業には肯定的な感情を持ちつつも、 目の前の利益に対して自分の信念がブレるところがあるので、 お仕事小説としては頼りない面々です(苦笑)。 ま、短編小説ですから、頼りない人間がちょっとした勇気ある行動で 困難を回避するもしくは乗り越えるというのが 扱いやすいのかもしれませんが、あまり気持ちが入っていけませんでした。 こんな程度で成り立つ職業なのか・・・・と思えてしまったり。 やっぱりお仕事小説は、長編の成長物語もしくは異才の物語が 読みごたえがありますよね~。 ま、お気楽読書にはちょうど良いかもしれません。
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『ハードボイルド・エッグ』
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- 2015/08/26(Wed) -
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荻原浩 『ハードボイルド・エッグ』(双葉文庫)、読了。
ハードボイルド作品って、独特の世界観がちょっと苦手だったりするのですが、 荻原作品なら心配ないだろうということで読んでみました。 案の定、ハードボイルドというジャンルへの愛情とその独自の美意識を皮肉ったところと 紙一重な感じが楽しめます。 (ハードボイルド好きの人には、どうかわかりませんが・・・・・) イヌネコ探しと浮気調査に明け暮れる(というほど仕事はなさそうですが)主人公の探偵。 美人秘書募集の広告を出したら、やって来たのは80歳過ぎの老女一人。 ホームレスや登校拒否児も巻き込んでのドタバタ劇です。 殺人事件は起こりますが、その解決は、正直どうでもいい感じになるぐらい、 この探偵と秘書のコンビが良い味出してます。 表面的にはお互い適当な人間のように見えますが、 心の中では、しっかり相手を見ていたり、自分の淋しさを隠したり。 なかなか妙味のあるキャラクターたちです。 1本の長編にするよりも、連作短編集で登場させたほうが 意外と使い勝手が良かったのではないかという気もしてしまいました。 でも、このエンディングだと、このコンビの続編は厳しいのかな。
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