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『朽ちていった命』
- 2019/11/09(Sat) -
NHK「東海村臨界事故」取材班 『朽ちていった命』(新潮文庫)、読了。

東海村のJCO臨界事故は、私が大学3年生の時に起きた事故でした。
原子力の事故で人が死んだという衝撃を受け、結果的に卒論のテーマにしました。

事故直後、マニュアル逸脱ということが発覚した時、
「原子力のような専門性の高い分野で何の知識もない下請けに作業させるなんて!」という
非難の声が高まったように記憶していますが、
しかし、「商業化」というのは研究の舞台から日常生活の中にその技術が下りてくることですから、
全ての工程を専門家が担うわけにはいきません。
そんなことをしたら人件費がかかりすぎてとても商用にはできないわけで、
商業化するということは、一般人でもこなせる仕事にブレイクダウンするということです。

プリウスを作っている工場の作業員が、ハイブリッドエンジンの構造そのものを理解しているかどうかは
問われないのと同じことだと思います。
ただ、プリウスが正しく走るように、暴走しないように、設計図に則って各作業員が
正しく適切に組み立てていくことと同じように、いやそれ以上に、
放射性物質をマニュアルに従って正しく適切に処理することが求めらていた現場で
マニュアルに逸脱した作業が行われていたことが問題なのであり、
そこに企業の責任が問われることは当たり前だと思います。
このあたりの責任追及の世論が、日本では変な方向に行ってしまうことが多いなと感じます。

さてさて、そんなこんなで、一般の人よりも、この事故については良く知っているつもりです。
しかし、原子力の現場を一つの産業として考察することを主軸にしたので、
本作のような「被爆者の治療」という観点では、あまり情報を集めていなかったことを
本作を読みながら思い至りました。

ついつい、原子力産業という大きな括りで事故を眺めてしまうと、
被爆した1人1人のことには目が向かなくなってしまいます。
「死者2名」という数字にまとめてしまうと、個々の人の人生は見えなくなってしまいます。
それを、この本では、大内久さんという人が生き抜いた最後の83日間を描き切り、
世界中で誰も経験した事がない「大量の中性子線被爆をしながらも3か月近く命をつなぐ」ということを
やってのけた過程を教えてくれます。

それまでに世界で起きた臨界事故は20例に満たず、
しかも大量被爆をした人はまもなく亡くなってしまっているという状況で、
最も被爆状態がひどかった大内久さんを受け入れた東大病院でも、
どうやって治療していけばよいのか見当がつかなかったようです。

最初は、大内さんの意識もはっきりしており、外見的な異常も少なく、
医療チームの人々は、病院に運び込まれてくる前に想像していた悲惨な患者像とズレたことで
拍子抜けしたようですが、逆に、元気な時の大内さんの姿に触れてしまったからこそ、
その後、日に日に深刻な状況になっていくにあたり、自分たち医療チームの無力感が
より際立って感じられるようになってしまったのではないかと思いました。

本作では、治療に当たった医師や看護師の「この治療に意味があるのか」
「大内さんを苦しませているだけではないのか」という苦悩が、様々な人の口から引き出されており、
読んでいて、涙が出てきてしまいました。
医療現場では、もちろん、日々、死の場面に直面するであろうプロの人々であっても、
大内さんのケースは、心に大きな動揺をもたらすものだったのではないかと思います。
それでも、それぞれが悩みや疑問を抱えながら、自分の職分で誠実に治療にあたってきたというのは
良くわかりました。東大病院なので医療の技術も経験値もトップレベルの人が集まっているでしょうし、
そのトップチームが「患者を治すんだ!」という一点にどれだけ真剣に取り組んでいるのかが伝わってきます。

医療チームのリーダーでさえ、治療を続けるべきか悩んだ様子が描かれていますが、
結局最後は、家族の「生きてほしい」という思いにこたえるために治療を続けたということになっています。
これ、家族にとっても辛い選択ですよね。
全然状況は違いますが、私の母方の祖母は病院で最期を看取りましたが、
母が延命治療を望まなかったので、心臓の動きが弱っていっても、そのまま自然の成り行きで死を迎えました。
医師の方や看護師の方も、近くで見守っているけど何も手を出さないという最期で、
そこに立ち会った私は、母は凄く重たい決断を自ら行い責任を引き受けたんだと実感しました。
祖母の死は穏やかな最期でしたが、大内さんのような最期の場面に立ち会う家族は、
毎日の治療の様子やその結果が思わしくないこと、日々悪化していく大内さんの体を見て、
いったい何を感じていたのだろうかと、想像しようと思いましたができませんでした。
もし自分がその状況に置かれたら、たぶん、何も判断できず、「全て任せます!」と医療チームに頼み、
「もう、ここまでで良いです」と治療を切り上げるような線引きはできないように思います。
一般人が判断できる世界ではなくなっていると思えて仕方かなったです。

一周忌が終わってから、大内さんの奥様が病院に御礼に訪れたということが書かれており、
最期まで医療チームとの信頼関係は崩れなかったんだなと思い、何かほっとしました。

一方、この治療に関わった医療関係者にとっては、
「患者をいたずらに苦しめたのではないか」という思いは、一生消えないのではないかと思いました。
新たな患者さんに向き合う時も、大内さんの治療経験が突き付けてくるものがあるのではないかと。
きっと、答えは出ないものなんだろうと思いますが、医療の現場というのは、
こういう医師や看護師の誠意のもとに成り立っている、本当に聖職なんだなと思いました。




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『深海の超巨大イカを追え!』
- 2018/04/14(Sat) -
NHKスペシャル深海プロジェクト取材班+坂元志歩 『深海の超巨大イカを終え!』(光文社新書)、読了。

NHKスペシャルで放送されたダイオウイカ番組について
10年に渡る取材の様子を描いた作品です。

番組放送当時、録画して見ました
何人もの専門家が、自分独自のアプローチ方法でダイオウイカに迫る様子が
番組内で紹介されていましたが、その着眼点の面白さ、現場でのワクワクした表情、
そして何よりも撮影に成功した時の盛り上がり様、
とにかく、専門家として向き合っている対象に対する熱意や情熱が
ヒシヒシと伝わってくる番組で、面白かったです。
プロって、こういうことだよね~と。

で、その舞台裏というか、番組では映されなかった
番組になる前の9年間の取り組みも含めて追いかけています。

NHKのドキュメンタリー番組は、相当な予算と期間で作られているとは分かっていたつもりですが、
苦節10年と聞くと、私の想像のレベルを超えてました。

プロデューサーとディレクター、その2人の情熱で、
10年間のプロジェクトが途切れることなく進められてきたと言っても過言ではないです。
一度追いかけ始めた取材対象をモノにするまでは離さないという
その根性が素晴らしいです。

そして、本作ではプロジェクトメンバーが書くのではなく、
外部のライターさんを雇っていることで、科学エンタメとしても面白くなっていました。
結構、文章が演出的に煽っている面もあるのですが、
メンバー自身がこの調子で書いていたら内輪受け的な雰囲気が出ちゃったのではないかと思います。
そこを、上手く煽りながら抑えるところは抑えているので面白く読めました。

一方で、苦節10年の内容をここまで詳しく知っていまうと、
このプロジェクトの費用対効果のようなものが知りたくなってしまいます。
無駄なコストをかけ過ぎだという批判がしたいのではなく、
これだけの予算と時間と労力をかけて撮影した映像が、
生物学という学問分野において、どれぐらいの価値があるものなのか、
金額換算してみたくなってしまうのです。
収支の点に興味が向いてしまいました。


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『里山資本主義』
- 2017/07/05(Wed) -
藻谷浩介、NHK広島取材班 『里山資本主義』(角川ONEテーマ21)、読了。

里海から里山と、逆の順番で読んでしまいました。
1作目である本作の方が、「里山資本主義」という言葉の本質を書いているのだろうなと
期待して読み始めたのですが、何だか、里海ほどの腑に落ちている感がなかったです・・・・。

紹介されている「エコストーブ」「CLT」「ジャムづくり」といった事例が、
それぞれは興味深い活動なのですが、
では、それらを横串として貫く思想は何なのか?と言った時に
「それが里山資本主義だ!」となる程までに、里山資本主義という概念が
定義づけられていないような印象を受けました。

要は、里山資本主義って何なのかが、私には本作を通して掴むことができませんでした。

マネー資本主義と対比して里山資本主義を説明しようとしていますが、
この設定が、そもそも誤っているのではないかと思えて仕方ありません。

マネー資本主義は、リーマンショックで気づかされたような
金融工学の結晶のような高度な金融商品が、現実世界と乖離して世界経済を大きく
動かす力になっていたというような現象に象徴されると思いますが、
そもそも日本の里山が廃れたり、里海が汚れたりしたのは
マネー資本主義のせいではなく、高度経済成長に代表されるような
従来型の資本主義のせいであり、時間軸がズレているように思います。

マネー資本主義と対比した方が、主張のインパクトは増すのかもしれませんが
腑に落ち感がなくなってしまうように思います。

そして何より、里山資本主義を体現する田舎暮らしというのは、
都市部の企業が日本全体の経済機能を担っているからこそ生まれる経済の安定感のおかげで
その傘の下でこじんまりと好きなことをして生きていくことのように思えてしまいました。
大きな庇護のもとで、その庇護の主体を批判しながら、安全な暮らしを謳歌するという
なんだか捻じれた立場に居るような気がしてなりません。

日本全体が里山資本主義の人々で溢れてしまったら、
経済活動として成り立たないように思います。
まぁ、人口オーナス期に入ってしまった日本は、国家の規模を縮小していく時期なんだ
ということなのかもしれませんが・・・・・。

里海資本論に比べて、なんだかモヤモヤが残る本でした。
それはやっぱり、里山資本主義とは何なのかが、
イマイチ私には分かっていないことに尽きるようです。


里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21)里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21)
藻谷 浩介 NHK広島取材班

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『里海資本論』
- 2017/07/04(Tue) -
井上恭介、NHK里海取材班 『里海資本論』(角川新書)、読了。

『里山資本主義』が売れたからって、パクリか!?」と思いきや、
藻谷さんとの共著者が書いた2番目の本でした。
失礼しました。

瀬戸内海でのカキ養殖による水質浄化や藻場再生の話に始まり、
海が身近な生活を送る人々の姿を描いていきます。

本作の主張で共感できたのは、
単に「自然は素晴らしい!」「環境保護だ!」と言うのではなく、
あくまで目指すのは自然との共生であり、人間の手を加えることで
自然の恵みを最大化しようというところ。

これまでの海を巡る経済活動は、短期的な視野での利益最大化を目指していたので
乱獲などの問題を抱えていましたが、長期的な視点を入れることで、
資源管理することが利益の最大化につながるという判断になります。

これは、私が大学生だった頃にモヤモヤと感じていた
経済学と社会学の視座の違いみたいなところと繋がり、共感できたのだと思います。
経済活動としては利益最大化や事業継続を目指しますが、
それにより生まれた社会問題を、私が学んでいた社会学のゼミテンたちは
「社畜」などと呼んで批判していました。

でも、私は、社畜では従業員の体力が続かず、離職もするだろうから
長期的に見れば企業にとってマイナスな事態であり、
従業員の働きやすさを追求して全体のアウトプットを高めるという視点は
企業側も持つインセンティブが働くはずだと思っていました。
経済活動と人間らしい生活の両立というところでしょうか。

それは、本作では、人間の暮らしと自然の共存という形で表現されており、
すんなりと腑に落ちたのかなと。

自然と人間、人間と経済、異なる立場の者たちが
お互いの利益を最大化できるポイントが、必ず見つかるのではないか、
それは、主義主張が異なる人間同士の間においても同様に
折り合う点が見つけられるのではないか、
そういう前向きな気持ちになれる本でした。


里海資本論  日本社会は「共生の原理」で動く (角川新書)里海資本論 日本社会は「共生の原理」で動く (角川新書)
井上 恭介 NHK「里海」取材班

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『グリーン・ニューディール』
- 2015/09/06(Sun) -
寺島実郎、飯田哲也、NHK取材班 『グリーン・ニューディール』(NHK出版生活新書)、読了。

当たりの本が続いていたのに、これは残念ながらハズレでした。

オバマ大統領のグリーン・ニューディール政策を取材したNHKのスタッフが
それぞれ寄稿する形で一冊になっているのですが、
自然エネルギー推進派の前のめりな主張ばかりを集めていて、
偏りぶりが半端ないです。

批判の精神がないという姿勢が
どれほど怖いものなのか反面教師にできる本です。

こういうことを、マスコミ(しかも国民の皆様の局)が平気でやってしまうことに
非常に危ないものを感じてしまいました。


グリーン・ニューディール―環境投資は世界経済を救えるか (生活人新書)グリーン・ニューディール―環境投資は世界経済を救えるか (生活人新書)
寺島 実郎 飯田 哲也 NHK取材班

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