『I'm sorry, mama.』
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- 2018/07/17(Tue) -
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桐野夏生 『I'm sorry, mama.』(集英社文庫)、読了。
かなり久々の桐野作品は、桐野ダークワールド全開でした。 いやぁ、気持ち悪い・・・・・。 とある町で、60過ぎの老女と25歳年下の旦那が焼死。 ガソリンをかけられ放火されたとみられたが、 その犯人は老女がかつて保育士として育てた児童福祉施設の生徒だった。 物語は、この殺人犯・アイ子の行動を軸に進んでいきます。 売春宿で孤児として子供時代を過ごし、虐待され、誰も庇ってくれず、 目の前の自分の人生しか考えないという独特な人生哲学を持つ大人になります。 そして、食べていくために売春婦のもとに転がり込んだり、 ホテルの掃除婦として働きながら盗みを働いたり、 そして、邪魔になった人間を殺して亡き者にしたり。 アイ子の異様な行動力と目の前の現実を受け入れ柔軟に対応する力には驚かされますが、 この作品を通して、私は、アイ子がそれほど不気味に思えませんでした。 むしろ、アイ子を取り巻く人間たちの生き様が何とも不気味で、 こんな住人が近くにいるような世界に住みたくないな・・・・と思ってしまいました。 例えば、最初の章で殺された年の差の夫婦。 児童介護施設の保育士であった女が、依怙贔屓して溺愛した男の子を 卒園後にそのまま同棲に持ち込み、結婚してしまうとか、 一般的な人間の倫理観みたいなものが歪んでいて、気持ち悪~い。 その保育士の葬式に参列した、孤児の引き受け先だった夫婦の旦那は、 なんと寝たきりになってしまった妻の喪服を着て、女装しています。 妻公認の女装。女装のきっかけは、妻が寝たきりになり、 もう着られなくなった妻の服が勿体ないなぁと。 試着しているところを妻に見つかるも、おどおどすることなく、 女装の理由を述べる夫。気持ち悪~い。 こんな人ばかりが登場してきます。 アイ子は異常者として描かれていますが、 むしろ、一般人として描かれている人間たちの方が気持ち悪いです。 桐野ダークワールド。 気持ち悪~いと思いながらも読み進めてしまうのは、 やっぱり著者の力量ですかね。
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『東京島』
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- 2014/04/05(Sat) -
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桐野夏生 『東京島』(新潮文庫)、読了。
嵐のために難破して無人島に辿り着いた主人公夫婦。 生き残るために彼らがしたことは・・・・ というと何だかアドベンチャー風ですが、私は本作を権力論の本だと思って読みました。 自分の権力をどう行使するか、どう維持・向上するかという直接的な面だけでなく、 集団の中で自分の権力を浸透させるための知恵や伏線といった間接的な面まで いろんな視点から描かれていて面白かったです。 この無人島を「トウキョウ」と名づけたのは、若者のノリのような書かれ方でしたが、 「オダイバ」「コーキョ」「チョーフ」「トーカイムラ」といったネーミングが秀逸です。 そして、当然、その名前にふさわしい権力構造が形作られていくわけで。 主人公夫婦が最初に到着し、 その後20人もの日本人の若者がやってきて、 さらには中国人グループが来て、 しかも、以前に人が立ち寄った形跡も さらに、さらに・・・・・って、 どんだけ人の出入りがある無人島やねんっ!と思ってしまいますが、 ま、そのご都合主義は横に置いておいてもいいかなと思えるほど権力闘争が面白かったわけで。 権力闘争が起こるには、1つの集団内でのバランス変化もそうですが、 やはり外圧というものがモノを言うわけです。 そして、その権力関係の中で自分のポジションが見つけられなくなった人間は、 その構造の外部に逃げるか、その構造の中で発狂するかのどちらかになるわけで。 フーコー的な分析の目で見ると、面白い作品だと思います。 エンタメ作品としては、ストーリー展開が雑なように感じたので、 あまり周囲に薦める感じの作品ではないですね(苦笑)。
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『水の眠り灰の夢』
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- 2014/01/03(Fri) -
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桐野夏生 『水の眠り灰の夢』(文春文庫)、読了。
ミロシリーズの番外編ということでしたが、 どうやらエピソードゼロ的なもののようで、ミロの出生が作中で触れられています。 でも、わたくし、ミロちゃんを1作品しか読んでいないので、 単独の作品として読んでみました。 きっと、「緻密な描写」ということになるのだと思いますが、 私にはどうにも、「過重な描写」もしくは「冗長な描写」に思えてしまい、 なかなか先に進まない話に、少しイライラしてしまいました。 エピソードゼロなので、どうしても関係者の描写が丁寧になっており、 単独の作品として読むと、不必要な描写の丁寧さと感じてしまいます。 本筋の方は、現実に起きた草加次郎事件と、架空の女子高生殺人事件を絡めた謎解きが、 週刊誌トップ屋の主人公により進められていきますが、 その推理のほうも、直勘を頼りにした行き当たりばったりのもので、 しかも2つの事件が変なところで絡んでいたりして、 なんとなく腑に落ちないものが残りました。 新年一発目の読書でしたが、なかなか手古摺ってしまいました。 面白い本を見極める眼力もしっかりと高めないといけないですね。
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『リアルワールド』
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- 2012/12/06(Thu) -
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桐野夏生 『リアルワールド』(集英社文庫)、読了。
隣の家の息子が母親を金属バットで撲殺して逃走した。 その息子の行動に巻き込まれていく女子高生4人組。 彼ら5人の視点で描かれていく逃走劇。 いや、逃走劇を描いたのではなく、きっと、高校生の日常を描いていたんでしょう。 仲良し4人組に見える彼女たちですが、 それぞれに、実は信用していない人がいたり、 自分の裏の姿を隠しおおせているつもりでもみんなにバレていたり、 でも、バレていることを誰も教えてあげなかったり。 高校生たちというのは、非常に孤独な日々を送っているのだと 本作を読んで思い出させられました。 自分の高校生時代は、身の回りで尊属殺人が起きることはなくても(苦笑)、 あんまりお互いに立ち入ったことはしない関係だったなと。 進学校で、部活動に力が入っていなかったこともあり、 授業が終われば、みんなすぐに帰ってしまってました。 中学校のころのように、放課後に教室に残ってバカ話をしたり、 部活動で一生懸命になったりした思い出が、高校生活にはありません。 自分の人生の中で灰色だったのかな。 では、そのころの自分が、この作品にあるような出来事に巻き込まれたら どうするのだろうか、なーんて考えると、 彼女たちのように危険な行為をすることはないなと思いつつ、 彼女たちみたいな反応をする人もいるのかもね・・・とどこか思えてしまう そんな遠いリアリティを感じさせる作品でした。
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『錆びる心』
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- 2010/08/22(Sun) -
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桐野夏生 『錆びる心』(文春文庫)、読了。
初めての短編集でしたが、短くなっても、じとーっとした厭らしさは変わりなく。 まー、ヤナトコばっかり突いてきます。 「虫卵の配列」は、生物学という生命システムの機能性と命の神秘性に彩られた 愛情の迸りの行方にゾッとしました。 これは、設定とオチの妙です。 「羊歯の庭」は、過去を都合よく整理してしまう無責任な人間っているよねー、と納得。 「ジェイソン」は、私も、たまに記憶がなくなるほど飲まされることがあるので、 他人ごとでは済まされない怖さがありました。 (ま、私は、ジェイソン化したことは無いように聞いてますが) 「月下の楽園」「ネオン」は、設定や話の展開は面白かったですが、 落とし方が、あまり好みではありませんでした。 大どんでん返しというほどの衝撃が無かったからかな。 表題作「錆びる心」が一番面白かったです。 主人公が、死につつある重病人と深夜の庭で会話をし、 「あっ」と悟った瞬間が、まさにカタルシスでした。 読んでて、私も、「あっ、なるほど!」と。 このおかげで、こんなに重い作品が並びながらも、 読後感が良くなったように感じました。 良くできた短編集だと思います。
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『玉蘭』
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- 2010/04/18(Sun) -
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桐野夏生 『玉蘭』(文春文庫)、読了。
読みとおすのがしんどい作品でした。 出来は良いと思うので、単なる好みの問題として、私には合いませんでした。 仕事を辞めて上海に留学してきた有子と、 70年前に上海で船乗りをしていたその大伯父・質。 質を巡る物語は面白く読めたのですが、 有子の物語にどうしても馴染めず、世界に入っていけませんでした。 留学生社会の鬱屈とした一面を表しているのでしょうけれど、 こうやって切り取って見せつけられると、 どうにも言えない不快感が。 そして、その鬱屈とした世界を乗り越えていく有子もまた 女性が持つ強さの一面を体現しているのでしょうけれど、 崩壊と再生が紙一重になっているというか、 この2つを画す一線があまりに脆いことが、 読んでいて苦しさを覚えました。 あまり直視したくない世界観を持つ物語でした。
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『柔らかな頬』
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- 2009/01/21(Wed) -
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桐野夏生 『柔らかな頬』(文春文庫)、読了。
少女の失踪事件を舞台装置としながら、 その家族や関係者の人生を描いて行く作品。 北海道って、私自身行ったことが無いのですが、 本作で描かれている支笏湖周辺の森の様子をイメージしていると なんだかその奥に魔界がありそうな恐ろしい雰囲気を根底に感じます。 カスミの強迫観念にも似た故郷嫌いが影響しているのでしょうけれど。 そんな森の別荘地で発生した少女の失踪。 「手がかりなし」「物理的に不可能」と当時は判断されますが、 後半に立て続けに示される推理夢(?)を読んでいくと どうにでも起こしてしまえそうな事件のようにも思えてきます。 どの仮説も作中では否定されていませんしね。 でも、本作では、真相云々よりも「因果は巡る」という言葉のほうが 重みを持って迫ってきました。 村を棄てて家出したまま親との関係を絶った少女の娘が、 ある朝突然居なくなる・・・・・。 この因果応報は怖いです。 一つ残念だったのは、後半のカスミの行動が理解できなくなっていったこと。 元刑事の内海の部屋にやっかいになるまでは良かったのですが、 彼の布団に入り込んでしまってからは、やたら行動が本能的で、 もはや娘のことなんかどうでもよくなってしまっているような・・・。 桐野作品って、後半の詰めの段階で 主人公の女性が精神的に一線を越えるというか一本切れるというか そういう転調を起こすことがたまにありますよね『OUT』とか。 それ、実は、ちょっと苦手です。 自分の想像が届かない世界に行ってしまったような感があって。 本作もそうだったのですが、 内海の登場自体は、物語に厚みを添えていて良かったと思います。 それにしても、最後の数ページは怖いですよねぇ。
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『魂萌え!』
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- 2008/09/09(Tue) -
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桐野夏生 『魂萌え!』(新潮文庫)、読了。
タイトルの語感と表紙絵から、現代的な女性のお話かと思いきや、 なんと平凡な59歳の主婦が主人公。 敏子の遅々として解決に辿り着かない思考にイライラすることもありましたが、 一つ一つの感情、行為を丁寧に描いているので、 まだ自分には先の年代である59歳という主人公の行動が とても良く理解できた気持ちになりました。 そして、読んでいる最中に考えたのは、50代の私の母。 父はまだまだ元気で現役で仕事をしていますが、 もし父が倒れたり、万が一死んだりしたら、 母はどうするんだろう?どうなるんだろう?と考え込んでしまいました。 敏子の娘の美保の年齢も独立しているという立場も近く、 そして意外と冷淡な考え方さえも自分に似ているような気がして、 何か家の問題にぶつかったときに、私は無関心を装うかも・・・と 自分のことながら不安になりました。 少しづつ山を乗り越え、自分をみつめ直してきた敏子が 最後に辿り着く「不満」という言葉が持つ意味に 私は目からウロコでした。 何かと考えさせられる作品です。
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『顔に降りかかる雨』
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- 2008/05/22(Thu) -
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桐野夏生 『顔に降りかかる雨』(講談社文庫)、読了。
桐野作品2作目です。 「ハードボイルド」と紹介される作品は 自分に合うもの合わないものが両極端に発生するので 若干の不安の元に読み進めたのですが、杞憂でした。 犯人は、あまり意外性のない結末に落ち着いたのですが、 そこに至るまでの過程が面白かったです。 ミロチャン、ヤクザな人たちを相手に、ある意味好き勝手し放題。 村善さんの七光なのでしょうか。 あんまり肉体的に痛い目には遭ってません。 精神的には過去を持ち出されるなどして痛められていますが、 なによりも成瀬や君島のような男たちが 部屋に泊まり込んで監視しているという環境が最も参るかも。 そこに耐えられてしまうという点では、 ミロチャン、女性としてリアリティに欠けるかもしれませんが、 「こういう女性もいるかもな」と思わせる筆力があります。 倒錯の世界については、目をそむけたくなる描写でしたが、 あれはバブルならではの世界だったのでしょうか? それとも、今もアングラで生き続けているのかしら?
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