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『あすなろ物語』
- 2023/07/14(Fri) -
井上靖 『あすなろ物語』(新潮文庫)、読了。

積読解消だ!ということで、なかなか手が伸びない古い作品を読んでみました。

井上靖氏の自伝的小説として有名な作品なのに、
読んでいるときは「自伝」という意識が飛んでしまっていて、単純な小説作品として読んでました。

軍医のため各地を転勤する父、母もそれに従っており、まだ小学生の主人公は
実家の土蔵の中で祖父の妾と2人きりで暮らすという不思議な情景から始まります。
そこに、妾の姪という年上の少女が現れ、一緒に生活することに・・・・・。

この展開からして、なかなかに強烈なのですが
主人公の少年が特に違和感を表明せずに受け入れているので、
戦前の日本社会では、家族の枠組みというのは、これぐらい緩かったのでしょうかね。
一族の中で稼ぐ能力がある人物に、他のすべての人間が頼ってくるという
なんだか東南アジア的な雰囲気を感じ取ってしまいました。

次は中学時代。勉強に励み、学年で2番まで行くものの、
そこから次第に下がっていく様子を、当時下宿していた寺の娘との関係の変化の中で
描いていきます。

高校での勉強は捗らなかったようで、大学は無試験の九州の大学へ。
この章では、高校時代に親交のあった佐分利信子という未亡人との思い出が語られますが、
本作を通して、様々な女性が登場してくる中で、一番興味を持ったのは、この信子でした。
旧家に嫁いだものの未亡人になったという身で、ちょっと特殊な環境に置かれているので
そもそも現代の目で見ると不思議な存在であるのと同時に、
義理の妹たちとうまく生活している人間力みたいなところが面白かったです。
ちょっとつかみどころのない人物ではあるのですが。

大学卒業後、大阪の新聞社に勤め、戦地にも兵隊として2度赴き、
結婚して子供をつくり、終戦間際に妻子を疎開させたうえで、
自分は一人で大阪で記者業をこなします。

戦争の悲惨さは、あまり直接的な描写は無かったですが、
しかし、敗戦の翌日に、知人が子連れ同士の再婚をして汁粉屋を始める等、
どんな状況に追い込まれても生活しなければならないという逆境に立ち向かう強さを読むことで、
逆に、戦争の過酷さが伝わってくるようでした。

井上靖氏の、作家になる直前までの半生を描いた作品ということになるのでしょうが、
魅力的かつ不思議な人々に囲まれ、結構、生活環境は頻繁に変化しているのに、
多くの出会いを得ることで、その土地土地での豊かな経験をしているという
人生の深みのようなものを感じました。




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『わが母の記』
- 2021/12/10(Fri) -
井上靖 『わが母の記』(講談社文庫)、読了。

映画化されたときに結構テレビでCMが流れていた記憶があり、
印象に残ってました。
原作本をブックオフで見つけたので読んでみました。

てっきり、井上靖氏とその母との、長い年月にわたる親子の関係を描いた作品かと思いきや、
母親が晩年に認知症を患い、その介護をする家族の姿を通して、
息子としての自分と母親との関係を見つめなおすという介護小説でした。
透明感のある物静かな作品を想像していたので、予想よりもヘビーでしたが、
怒気が作品の表に出てくることがなく、井上靖作品らしい落ち着きや安定感が感じられました。

この家族は誰も介護で音を上げないのが、すごく強いなと。
認知症でも体は元気なので、日に何日も近くに住む弟の家に出向き、
しかし弟として認識ができないので、中身のない会話をして帰ってくる。
そしてまた弟の家に出向く。
蓄積のない日常に付き合うというのは、とてもエネルギーを消費すると思うのですが、
家族それぞれが、自分のできる範囲で精一杯、でも無理はせずに助け合って
それを「私たち介護で大変なんです!」という熱い感じではなく、
淡々と「これも人生」という感じで受け入れている静かな姿に感動しました。

母親の記憶がだんだんと失われていき、身内のことを赤の他人と認識したり、
息子である自分自身を死んだ人として扱ったり。
これって、認知症とわかった時から、「もしかするとこうなるかも」と想像はつく事態ですが、
いざ自分の母親から忘れられてしまったら、言葉に表せないくらいショックなことだと思います。
それこそ、自分の存在が消滅してしまったかのような、命を失ったかのような気持ちに
なってしまうのではないでしょうか。

しかし、この家族は、その悲しみを表に出すことなく、時にはユーモアにまぶしたりして
粛々と受け止めていきます。
著者は作家ですから、自分自身の身に起きたことを客観視する姿勢は
身についているところもあるかと思います。
しかし、その他の家族みな、こういう事態もいつか来る道として、
受けとめ切れているのが、凄い覚悟だなあと。

もちろん、心の中にはいろんな感情が渦巻いているのでしょうけれど、
それを自制し、家族みんなで無理せず助け合っていこうとする姿に、
素敵な家族だなあと素直に思えました。

もし、自分の父や母が認知症になり、私のことを忘れてしまったら、
自分はこんなに心を強く持っていられるだろうかと不安に思うところもありましたが、
でも、家族みんなで力を合わせて当たれば、心を強く保てるのかもしれないと
安心感を覚えるところもありました。

最晩年の母の様子を見て、あらゆる人間関係の記憶が薄れていく中で、
母はいま、状況感覚の中に生きているのではないか」という著者の考察があり、
そうか、過去の記憶を理路整然と分析して今をとらえているのではなく、
まさに今目の前に広がる空間の状況から、最適解を見つけて判断しているのだという
認知症をそういう状況だと捉えている言葉を読み、認知症って、脳の機能が一方的に
低下するのではなく、ある種、瞬間瞬間で解を求める大変な作業をしているのかもしれないと
はっと気づかされました。

通常、人間は、その人との関係や、過去のやり取りをベースにして現状を把握するので、
昔:今が8:2ぐらいの情報量で分析しているのではないか、
それが、認知症になると、1:9や0:10になり、正しい解釈ではないけど
その誤った解釈の中で筋が通っているという、不思議な状況になるのかも・・・・と思いました。
そして、脳は昔通り10の力で動いているので、元気に生きていけるんだなと。

こうやって、認知症の状況を、自分なりの考察で捉えなおせるというのも、
心を強く保つ秘訣なのかもと感じました。

井上家の母と息子の愛情が溢れる、静かで力強い作品でした。





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『14歳の本棚』
- 2015/05/17(Sun) -
北上次郎編 『14歳の本棚』(新潮文庫)、読了。

中学生を主人公にした小説を集めたアンソロジー。

短編集かと思っていたのですが、
長編や中編小説の一部抜粋などが収録されており、
うーん・・・・・・。

折角の面白そうな作品が、
中途半端な状態でしか読めないことのもどかしさを感じました。

小学校や中学校の国語の教科書が、良い作品を紹介していてもイマイチ面白くないのは、
小説を抜粋して掲載するからだと思うんです。
それと同じ過ちのような気が。

氷室冴子の『クララ白書』が、軽めのタッチで面白かったです。

井上靖の『夏草冬濤』も、きちんとした形で読んでみたいなと感じました。


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『天平の甍』
- 2007/03/03(Sat) -
井上靖 『天平の甍』(新潮文庫)、読了。

鑑真の日本渡来にかけた日本人留学僧の物語。

テーマとしては興味があったのですが、
描写が淡々としていて、主人公と距離を感じてしまったため、
最後まで、のめり込むことが出来ませんでした。

この作者らしい筆捌きではあるのですが、
今回は特に描写対象との距離を感じて、冷たい印象を受けました。

『額田女王』のときは、同じような文体でも
物語の力強さを存分に感じることができたのですが・・・。
ボリュームの問題のなのでしょうかね?

それにしても、普照の移動ルートが巻頭の地図上に示されていますが、
地図ではピューッと線が引かれていますが、
総移動距離数千kmの壮大な冒険です。
そしてまた、移動にかかる時間の長さ、待つ時間の長さを考えると、
想像もつかないゆったりとしたスケジュールであり、
1分1秒、時間に迫られてせかせかと生活している身からすると、
こんなに時間がかかっても消えない情熱というものに感嘆します。

天平の甍
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『化石』
- 2005/12/09(Fri) -
井上靖 『化石』(角川文庫クラシックス)、読了。

自分が死病にとりつかれていることを知った人間が
どのように考え、どのように行動するのか。
死病にかかった100人の人間がいれば、100通りの考えと行動があるのだろう。
この一冊を読んだだけで、死病を患った人間を知ったことにはならない。
しかし、たとえ1/100のことであれ、この一冊は、ある人間の死病とのつきあいを
余すところなく描いている。
ちょっとしたきっかけで、大きく変化する心の動きを見事に捉えている素晴らしい作品だった。

一方で、主人公・一鬼が、死病と闘うのではなく、ただ受け入れようとする姿勢、
むしろ、医師や周囲の人間を拒むかのような姿勢を、
実際に必死で死病と闘っている人間、また死病と闘い力尽きた人間は、
どう感じるのだろうかと思うと、居た堪れない気持ちになった。
「生きよう」という気持ちに積極的になれない主人公に対し、
死病と闘った人を見送ったことのある自分は、
複雑な気持ちになった。

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