『望郷』
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- 2020/12/11(Fri) -
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湊かなえ 『望郷』(文春文庫)、読了。
とある島で暮らす人々の姿を描いた連作短編集。 図らずも島の話を続けて読むことになり、『海うそ』ほど濃厚な民俗学的描写はないものの 却って日常生活を描写する優しい言葉の端々に島の歴史や自然環境に由来する制約のような ものが強く感じられました。 どの話も、日々の暮らしや過去の思い出を振り返る構成で、 特にそこには強い謎解きの意思は働いていないのに、 さらっと描写される数行の言葉で、「意思をもって殺された、抹殺された」という事実が 伝えられ、衝撃度がいや増します。 さずが湊作品、上手いですねー。 とにかく登場人物たちが、偽善ぶることなく、露悪ぶることなく、 素直に本能のままに周囲の人間の行動を受け止め、観察し、そこに悪意を感じ取る。 自然な悪意の存在が恐ろしいです。 そして、湊作品には欠かせない「いじめ問題」の要素。 芸能人が自分のいじめ体験を語る行為について、 「耐えろ、負けないで」と語り掛けるのは、被害者のままで居ろということか、という強烈な反論。 さらに、「母の壁問題」も。 なぜ母親は娘をこうも縛り付けようとするのでしょうか。 支配の対象なのか、不満の捌け口なのか、自分が不自由だったから同じ目に遭わせたいのか、 毒母がリアリティを持って迫ってくるから湊作品は怖いです。 私の母は全く毒母ではないので、実体験がないにもかかわらず、「こんな人居そう・・・・」と 思わせる著者の力は凄いです。 どの作品も、数行の真相でガラッと物語の景色が反転するような威力のある転換点があるのですが、 それが違和感なく受け入れられるというか、狙いすぎだよ~と思ってしまうような不自然な作り込みが 感じられないので、強烈な話が続く割にはすんなり読めました。 どれも面白く、一気読みでした。 ![]() |
『ポイズンドーター・ホーリーマザー』
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- 2020/01/22(Wed) -
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湊かなえ 『ポイズンドーター・ホーリーマザー』(光文社文庫)、読了。
湊かなえ作品では、「毒親」が登場する印象が多いのですが、 本作はタイトルからすると「毒娘」的な??? 別の切り口で日本社会の歪みを斬ってるのかしら?と思ったら、 やっぱり毒親がたくさん登場してきて、あぁ、湊ワールドだわあと納得。 で、毒娘は?と思い、中盤では、 「これは、毒親が、自分のやっていることは正しいことだと思い込んでいるから 自己評価が『ポイズンドーター・ホーリーマザー』なんだな」と自分自身では納得していました。 ところが、最後に収録された表題作で真相がわかりました。 それまでの短編は娘の目線で語られており、娘から見て毒親を描いているので 一方的な親批判となっています。 ところが表題作では、娘と親の双方の視点から描いているので、 最初は毒親の話かと思っていたのに、もしかすると思い込みの激しい娘による 感情的な親批判なのかもしれないと思えるようになっています。 本当は、清く美しいお母さんなのに・・・・という。 いやぁ、怖いですね。 この表題作が最後に来ることで、それまでの作品も全て、真相は別のところにあるのではないかと 疑えてしまうような構成になっています。 そして、その疑いは、作品だけでなく、自分の親子関係にも向けることができ・・・・・・おぉ怖い。 湊作品を読むと、いつも最後は、「うちのお母さんは真っ当な人でホント良かった」と思います。 普通のお母さんという意味ではなく、ホーリーマザーですよ。 穏やかな人だし、みんなの言うことを聞こうとするし、でも芯は持ってて、でも押し付けず。 近所の人からは「静かな人」と思われているようですが、娘の私からすると 「ちゃんと自分のことを見てくれている頼りがいのある人」です。 でも母娘でベタベタすることをお互いに好まないので、さっぱりした関係です。 こんなお母さん、世の中にはなかなか居ないんだなぁと いろんな小説や家族が出てくるエッセイやルポルタージュを読むたびに思います。 人間の社会というのは恐ろしいですね。 ホッとできる家庭の中に、恐ろしい人が居るというのですから。 うちはボーっとできる家庭で良かったです。 ![]() |
『少女』
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- 2018/07/29(Sun) -
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湊かなえ 『少女』(双葉文庫)、読了。
いつも一緒にいる女子高生2人。 親友と思われており、自分たちも相手を一番仲が良い友達だと思っているけど、 心の中にわだかまりも持っており、お互いに言えない言いたいことが募ってます。 このあたりの描き方がうまいなぁと。 特に私は由紀の突き抜けた冷たさが好みでした。 親友が、周囲に合わせることで自分を保とうとしていることを見抜き、 映画を見てウソ泣きしていることや嫌な人にも波風立てない言い方しかできないことを 見抜きながら、言わない。 この冷たさ。 そんな冷たさを親友の敦子も認識しており、 「由紀だったらここは突き放すのかな」なんて風に思いつつも、 そんな由紀のようには振舞えない自分も理解しており、 自分の意気地なさに落ち込んだりしてます。 この2人それぞれの目から眺める世界の切り取り方が面白くて ぐいぐい読ませてくれます。 由紀は家庭の事情で剣道を辞めざるを得なくなり勉強に走った子。 敦子は試合での失敗がトラウマになり剣道から身を引いた剣道日本一。 2人とも剣道がらみで挫折してるんですよね。 腕の違いはあるにしても、毎日やってきたことから離えざるを得なくなる状況、 その不安定な心の時に、お互いがお互いのちょっとした言動に反応し、思い込み、 それが心の重しになってしまったという設定。 うまいですねー。 夏休み、由紀は小児病棟へ読み聞かせのボランティアに行き、 敦子はグループホームに体育の補習として参加する。 参加した表の動機は違うけど、裏の本音の動機は「死が見たい」というもの。 このあたりは、ちょっと心理が行動に直結しすぎててグロテスクに感じましたが、 湊かなえならアリかな・・・・という変な納得感。 誰かが目の前で死ぬわけではないのに、 「死」というモチーフがずっとベッタリついてまわる不気味さ。 なのに、エンディングは、2人のもやもやが解消される清々しさ。 湊作品でこんな読後感になるものもあるのかと、逆にびっくり。 ・・・・・と思ってたら、最後の最後に、そう来るか~という関係性が暴露され、 やっぱり、湊かなえは、グロい!いやミスの女王ですね。
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『Nのために』
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- 2018/02/09(Fri) -
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湊かなえ 『Nのために』(双葉文庫)、読了。
高層マンションの一室で、そこに住む夫婦2人の死体が見つかった。 居合わせた3人のうち、1人が殺人の罪で収監。 しかし、10年後に語られた事件の真相は・・・・・・。 登場人物それぞれが、それぞれの視点で真相を語っていくスタイルは いつもの湊作品ですが、殺害された夫婦2人の関係の異常性は、 どの登場人物の口から語られる言葉をもってしても異常で、 「そういう夫婦も居るかもなぁ」と思えなかったです。 そのため、どうにも気持ちが作品に入っていけず・・・・。 杉下のキャラクターは、結構好きでした。 一見良い子に見えて、心の中では世間を突き放して見ているところとか。 親友のような安藤に対しても、シビアな目を向けているところとか。 でも、杉下の10年後が、あんな結末になるなんて、ちょっと安易な感じが。 安藤は、最初、性別を勘違いして読んでました。 意図的にミスリードを誘うような書き方がなされているようですが、 その意図がイマイチ分からず。 ミスリードが、何か物語に重要な意味を与えていたのでしょうか? 成瀬は、現在の姿よりも、子供の頃の描写の方が気になる人物でしたが、 子どもの頃の大事件の真相が有耶無耶のままで、なんだかモヤモヤ。 西崎は小説家志望ですが、肝心の小説の中身が 私の苦手な純文学系で読み込めず。 その内容も、殺された夫婦の精神世界と繋がっていくような話で 私には理解できない世界観でした。 というわけで、物語の構造はいつもの湊作品で、真相に向かうにつれワクワクしましたし、 杉下、安藤、西崎の3人の関係は、ウィットに富んだ会話もあったりして面白かったのですが、 なんだかバランスの悪さを感じてしまう作品でした。 あと、ダイビング好きとしては、 ボートダイビングでバルブ閉めたまま海に飛び込んだら BCに空気が入ってないから、海面に浮けずに一気に海中へと沈んじゃいますよ・・・・・ というところが引っかかってしまいました(苦笑)。
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『白ゆき姫殺人事件』
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- 2017/05/04(Thu) -
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湊かなえ 『白ゆき姫殺人事件』(集英社文庫)、読了。
湊さんお得意の、関係者が主観的に事件や人物を語りまくるという構成。 本作では、フリーライターが取材をして回っているという形式ですが、 解説にも書かれている「話を盛っちゃう」感が良く伝わってきます。 取材と言いながら、情報を切り貼りしているだけで 何ら自分なりの分析や考察を加えようとしないので、 その盛られた話をそのまま記事にしてしまっていますが、 そのおかげで、本作全体のストーリーは終盤に大きな転換を迎えます。 取材ノートを読み進めると、とある容疑者に対して いかに怪しいかという肉付けを、各人が勝手に行っていき、 取材記者も都合よくのっかっていく過程が分かりますが、 しかし、読んでいる途中で、引っ掛かる点がいくつも残ります。 しかし、取材は、殺人事件の真相解明というスタンスから、 容疑者がいかに歪んだ人間性を持っていたかというエピソード追求に逸れていき、 引っ掛かりは引っ掛かりとして残ったまま、 物語はどんどん先に進んでいきます。 これらの引っ掛かりが、最後は全てつじつまが合うように解明され、スッキリします。 が、辻褄を合わせるキーポイントとなるのが、 若手バイオリニストへの偏執的とも言えるファンの愛情のあり方であり、 頭の中では辻褄は合いますが、感情的というか生理的には 気持ち悪い・・・・という思いが先に立ってしまいます。 こういう、同じ芸能人を好きになりながらファン同士の間ではいがみ合うという 狭苦しい世界は苦手です。 田舎町の人々の恰好の娯楽となった感のある殺人事件の取材、 ジャーナリストとは呼べない薄っぺらい雑誌記者、 SNSなどでどんどん情報を発信してしまう関係者、 そして、みんなで寄ってたかって「面白い事実」を作り上げようとしてしまう集団心理。 どれも、現代の心の荒み方を表しているようで、 相変わらず、湊作品は、逃げ場がない嫌な感じを読後感に残してくれます。
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『母性』
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- 2016/08/02(Tue) -
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湊かなえ 『母性』(新潮文庫)、読了。
母と娘の回想が交互に描かれ、 この2人の関係性の変化が時系列で示されていくのですが、 それぞれの視点から見た同じ出来事が、全く違うように解釈されており あぁ、歴史って、個人でも国家でも、それぞれの立場で全く異なるように 構成されていくんだなということがまざまざと示されています。 特に私は、両親や祖父母を中心とする大人たちの目を気にする子供という 物語設定に非常に関心があるため、本作でも「娘」の視点から描かれた 世界を軸に、いかに「母」と異なる解釈をしているのかという部分を読みました。 「母」は、自分の母から多くの愛情を注ぎこまれ、 母がすべてというような人生を送ってきた、いわゆるマザコン娘。 そんなマザコン娘が自分の娘を持つようになりますが、 娘に愛情を注ぐのではなく、娘に愛情を注ぐ自分を母から褒めてもらいたいという 屈折した愛を「娘」に向けるようになります。 「娘」は、歪んだ愛情であることに感覚的に気づきながらも、 なぜなのかを理解できずに、「母」を畏怖するようになります。 そして、運命の台風の日・・・・・。 舞台装置はばっちりだったのですが、 物語にイマイチ乗り切れない部分があったのは確か。 それはたぶん、最初に「娘」の回想を読んだときに、 すでに「娘」がそのキャラクターを確立してしまっていたことにあると思います。 なぜこの「娘」がこの「母」の下で育ってしまったのか?という究極の点が、 読者が頭の中で想像するしかなかったので、 「そここそを読みたかったのに!」という思いになってしまったのです。 なぜ、「娘」は「母」を恐れるようになったのか、避けるようになったのか、 回想が始まった時点で、すでにそういう行動が当然のようになってしまっているので、 そのような行動が始まった本質的なきっかけを読んでみたかったです。 それでも、「娘」の成長を通して、埋められない「母」と「娘」の距離を まざまざと見せつけられる作品であり、恐ろしかったです。 独白という形式を、ここまで嫌な感じに描ける著者は、やはり凄いです。
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『贖罪』
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- 2016/04/27(Wed) -
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湊かなえ 『贖罪』(双葉文庫)、読了。
湊かなえ節全開です! 5人の人物による、様々なシチュエーションでの独白で構成されていますが、 その設定は『告白』を想起させます。 しかし、そのドギツさは、『告白』以上かも なぜなら、本作の中で5人も殺されてしまうから。 小学校で起きた少女の強姦致死事件。 被害に遭った少女と一緒に遊んでいた4人は、 犯人が少女を連れていく場面に居合わせながら、 事件後に犯人逮捕につながるような情報を提供できず、 怒り狂った被害者の母親は4人に贖罪を求める・・・・・。 20年前なら、このような物語は、リアリティがないとされていたかもしれません。 しかし、現在、このような展開はありうるのではないかと思えてしまいます。 4人が辿ったその後の人生が、いずれも殺人というところに行きついてしまったのは さすがに小説世界の話だとはしても、 被害者の母親がヒステリックな行動を起こしたり、 その行動がきっかけになって4人の少女の人生が大きく歪んでしまったりということは 十分にありうることのように思います。 4人の少女も、被害者の母親も、 事件をきっかけに大きな傷を受けており、 可哀想だなと思う一面はありつつも、共感までは至らないのは、 保身の言い訳が言葉の端々に充満しているから。 そんな中で、真紀の話だけは、身に染みてきました。 「きちんとしなければいけない」「しっかりしなければいけない」という強迫観念は 少なからず子供のころの私も持っていたからです。 親の思いを受け止めなければいけない、周囲の期待に添うようにしなければいけない、 そういう思いに駆られて、今の私があるように思います。 この小説のように、変な方向に捻じれることがなかったので、 今の自分には満足できていることが幸いです。 もし、自分が真紀の立場になったら、 事件当時に上手く立ち回れなかった自分を反省し、悔しく思い、嫌いになったのではないかと。 そして、次に迎えた新たな事件において、自分を取り戻すべく、 英雄になるための行動をとるかもしれない、真紀のように・・・・・・と思いました。 (思うだけで、たぶん行動は無理ですけど・・・・) 子供は、子供なりの理屈で世界を捉えているんだな、 自分も、子供のころに自分なりの理屈で周囲の世界を捉えていたんだなと 再認識させてくれる本でした。
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