『不毛な憲法論議』
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- 2023/08/18(Fri) -
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東谷暁 『不毛な憲法論議』(朝日新書)、読了。
「不毛な」という煽りワードが気になって買ってきましたが、 せっかくだから8月15日から読み始めてみました。 興味深い内容でグイグイ読めたのですが、自宅周辺で台風7号の被害が予想外に大きく 片付けなどを行っていたら、アップが遅くなってしまいました。 著者は、そもそも日本の憲法学について、条文の解釈などを行うことが主流になっていることに 不満を示し、この憲法が成立した過程や背景、そして憲法改正に向けた議論の実際の中身に 日本人の憲法観や社会の価値観が反映されているとみて、そこを解説してくれています。 内田樹氏、岸田秀氏など、その著作を読んだことのある人の憲法論が詳しく紹介されており 今現在の言論人がどんな議論を行っているのかが紹介されているので業み深く読みました。 内田樹先生に関しては、前からBlogで述べさせてもらっていますが、 その事象に対する経緯や背景の把握、現状認識に関しては納得できるのに、 そこから引き出される結論がいつも私の考えとは異なるという(爆)。 憲法9条に関しても、同じくです。 他にも、憲法9条に関して持論を述べて、それが世間の反響を呼んだり、 特に若者の支持を集めたりしたケースを多数取り上げており、どういう憲法議論が行われてきたのか 何が議論のポイントだったのかを分かりやすく解説されているので、面白く読めました。 さらに、個人的に興味を持って読んだのは、東大法学部のいわゆる「8月革命説」。 保守系のYoutube番組とかを見ていると、批判的な文脈で語られることが多いですが、 その中身だとか発生してきた経緯については理解してなかったので、 しっかりと解説されていて勉強になりました。本作でも批判的な文脈でしたが(苦笑)。 私としては、9条をどうするか云々よりも、憲法改正のハードルが高すぎて 改憲の議論をすることすら批判されるような現在の状況はおかしいと感じているので、 その時々の価値観の変化や世界情勢の変化に応じて憲法についての議論をして 必要だと思ったら改憲手続きをする、まだ不要と思ったら議論して不要という結論を出す、 こういう普通の国になってほしいなと思っています。 そのため、本作で紹介されていた村田晃嗣氏の「押しつけ論で改憲への道を開こうとするのは間違い」 という主張には共感できました。 押し付けられたか否かよりも、現状に不適合か否かで議論すべきではないかと。 著者は、この主張には否定的なようでしたが。 あと、本作を通して不満だったのは、政治の場での議論の様子が乏しいこと。 数名の政治家の発言については紹介されていますが、 例えば自民党総裁としての発言だったり、野党党首としての発言だったり、党としての主張だったり そういうところがあまり熱意をもって伝わってきませんでした。 著者の意図による割愛かもしれませんが、正直、政界であまりまともな議論ができてないんだろうなと 思わずにはいられません。 著者による、政治の場での憲法議論に絞った形で解説した本を読んでみたいと思いました。 その稚拙さや量の乏しさについても批判してほしいものです。 ![]() |
『人間はすごいな』
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- 2023/03/12(Sun) -
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日本エッセイスト・クラブ編 『人間はすごいな』(文春文庫)、読了。
日本エッセイスト・クラブの2011年度版ベストエッセイ集。 2010年度版を以前に読みましたが、同じように本魚が物書きの人から主婦まで 様々な立場の人が書いたエッセイの詰め合わせです。 物書きさんのエッセイは、やっぱり最初に作者名が目に入ってしまうので、 ちょっと読む側もある種のイメージというか思い込みを持って読んじゃいますね。 「こんな作品を書く作家さんだけど、さて、その人の年間ベストエッセイとは何ぞや!?」と。 そういう目で見ちゃうから、あんまり素直に楽しめないのかなぁ・・・・。 内田樹先生とか、著作は大好きなのですが、本作に収録されたエッセイは 左翼的思考にかぶれて退学する様子を語ったものでした。 エッセイでは自主退学という形で書いていますが、「へー、高校退学してるんだ」と思い Wikiで裏取りしたら、どちらかというと「素行不良で退学処分」というニュアンスの書き方で、 「自主退学と退学処分ではえらい違いではないか!?」とモヤモヤ。 当人からしたら世界の激動の中での自分の行動だったのでしょうけれど、 高校側から見たら単なる問題児だったのかな。 このエッセイに象徴されるように、著名人のエッセイはいまいち楽しめず。 唯一心に残ったのは、楊逸さんの「犬と棒」。 「犬も歩けば棒に当たる」のことわざを引き合いに出して、 「あなたは犬?とれとも棒?」と問いかけます。 このことわざで、自分を「棒」側に据える視点って、私は全く持っていませんでした。 そうか、自分が災難に遭遇するパターンばかり考えていたけど、 自分が誰かにとっての災難になっちゃってる場合もあるのか!と、目からウロコこでした。 その導入部から、「ウソついたら針千本飲~ます」となり、中国共産党の文化大革命へと 話が展開していきます。 この流れるような世界観の広がりというか変転が、素晴らしいです。 芥川賞受賞作へのイメージから、まだ受賞作の『時が滲む朝』は読んでないですが、 こりゃ読んだ方が良いかな。 一般人の方のエッセイは、その着眼点や、肩ひじ張ってない感じの日常生活の切取り方が 爽やかに感じで楽しく読めすものが多かったです。 山登りを趣味にされている方が、日本百名山の踏破を目指す終盤の山行を描いたエッセイがあったのですが 現地のツアーガイドの指揮のもと、現地で知り合ったツアー参加者たちの山での様子が 素直に描かれていて、「あー、こういう人いるよなー」という気持ちで読みました。 私はスキューバダイビング派なので山行は全くの素人ですが、 プロガイドのもとで、その日のツアーに参加した知らない人たちが一緒に行動するというスタイルは一緒です。 みんながガイドさんの言うことをきちんと聞けば良いのですが、結構、ワガママなんですよねー。 自分のペースで勝手に行ってしまう人とか、自分の能力への自信からガイドが苦笑するような動きを しまてしまう人とか。 あるあるだなー、と思いつつ、私はガイドという仕事はできないなと、ガイド業の方に感嘆。 多少のワガママには目をつぶりつつ、リスク管理のためはみ出す人にはやんわり注意し 角が立たないようにうまくまとめていくという、これは人間力と胆力がないとできない仕事ですわ。 こういうプロの仕事が垣間見えるのも、素人さんのエッセイの良いところですね。 ![]() |
『「おじさん」的思考』
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- 2022/09/23(Fri) -
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内田樹 『「おじさん」的思考』(角川文庫)、読了。
著者の社会考察にはとっても納得できるのに なぜか社会問題の解決策としての政策議論になると全然賛同できないという傾向が 顕著なのですが、まあ、でも仕方ないのかな。 経済学者とかになると、政府に直接経済政策を助言する学者という存在はあり得ても、 社会学者や哲学者は政府と近づくきかっけがないですよね・・・・。 で目だつ論陣を張ろうとすると、政府には批判的な言説となってしまい、 なんだか反対ばかりしているように見えてしまう・・・・・あ、どこかの野党みたいだ! いや、決して、内田樹氏が野党的だと言っているわけではないのですが、 でも立憲民主党パートナーですからね(爆)。 閑話休題。 本作でも、自衛隊と憲法9条みたいな議論は、やっぱり、そっち側の結論になるのかー的な ところはありましたが、でも、概ね、日本社会をバッサリ斬ってるところは 読んでいて興味深かったです。 本作を通じて感じたのは、著者は、日本社会の今の姿をありのままに受け止めて、 決して理想論を振りかざそうとせず、「今すでにこういう事態なのだから 今後に向けて最善の策はこういうことだと思うよ」という、結構冷たい提案なんですよね。 でも、著者の提案は、「できない人はできないし、分からない人は分からないんだから 分ってる僕らがこういう風に気を回してあげないとダメだよね」的な、 最後の最後は優しい結論になるんですよね。 私は、そこを、「分からない奴には分け前はない」と最後までばっさり切り捨ててしまうので 著者の提案には「そんな最後に優しくしちゃったら、分かろうという努力をしなくなっちゃいますよ~」 と批判的な気持ちなっちゃうんだなと、なんとなく理解できました。 最後の最後、弱者の側に立つのが著者で、最後まで勝ち組思想に乗っかってるのが私。 自分もいつ脱落するかわからないから、著者のような優しい世界の方が 本当は良いのかもしれないと思いつつ、でも、甘やかすから世の中が堕落するんだ!と 思っている自分もいて、結論が出ないです。 40代でまだ体力があるから、勝ち組理論に乗っかりたがるのかもしれません。 50代になり、60代になったら、転向してるかも。 ![]() |
『街場の現代思想』
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- 2022/04/24(Sun) -
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内田樹 『街場の現代思想』(文春文庫)、読了。
第一章「文化資本主義の時代」が抜群に面白かったです。 「文化資本」「階級と階層の違い」という視点を、主にブルデューの構築した概念で ガンガン整理していくのですが、切れ味が良い言説で興味深かったです。 以前、ブルデューの著作にはチャレンジしましたが、 難解すぎて付いていけず、誰か解説してくれる人を求めていたのですが、 内田センセは、やっぱりフランス現代思想の専門家なので適任ですね。 しかも、ちょっと毒を盛りながら解説できるので、読んでいて楽しい(笑)。 一方、第3章というか、分量的にはメイン企画的な「街場の常識」のパートは、 講義風の体裁をとって、誰かからの質問に著者が回答するという構成になっているため なんだか表面的な話で終わってしまってように思えて、イマイチでした。 質問から、あんまり深まりがないまま終わってしまうと言いますか・・・・。 文量制限のせいかもしれませんが、質問に対して、ちょっと目先の違う別の切り口を立てて 別視点から解説をして話を締めてしまうスタイルが多く、 その目的は「もっと高次の視点から世の中を眺めよ」という意味だと思うのですが、 ちょっと論点ずらしで終えてしまっているような印象を受けました。 こちらは、もうちょっと丁寧に述べてほしかったなというところです。 ![]() |
『期間限定の思想』
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- 2021/02/10(Wed) -
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内田樹 『期間限定の思想』(角川文庫)、読了。
内田センセが教え子の女子大生から投げかけられる問いに答えて解説していくという体裁の 文章から始まりましたが、最初に思ったのは、土屋センセと助手との攻防に似てる・・・・(笑)。 ユーモアメインの土屋センセに比べて、あくまでユーモアは味付けに過ぎないのが本作ですが、 それでもパターンが似ているので「ユーモアが足りない」とか思ってしまいました(苦笑)。 本作では、きちんと「人はなぜ仕事をするのか」「結婚とはどういうことか」というような 哲学的な問いにきちんと向き合っているので、読み応えはあります。 著者の結構シニカルな視点というか、「世間ではこう解説されてるけど、ぶっちゃけ本音はこうだよ」 というようなバッサリ斬る解説が興味深かったです。 例えば、『聖書』は、神様の教えがどうとか、人間はこうあるべきだとかを示しているのではなく、 神様が絶対のものであるということのみを示しているんだという解説は、なるほどなぁでした。 なんでそんな展開になるのか頭では理解できない不条理も、この解説なら説明がつきます。 不条理なこともできる権限を持っているのが神様なんだ、ということで。 会社組織が、女性に結婚退社を進める理由も、 私は大学で、単純事務作業をする労働力を安価に維持するためと学んだ記憶があるのですが、 さらに突っ込んで、男性社員を会社に縛り付けるために社内で結婚相手をあてがうためだという解説に なるほどねぇと納得。 多くのコストと時間をかけて育てた社員を従順なままに使役し続けるための策ということだと思うのですが、 この仕組みって、とある誰かが突然考え付いたものではないと思うのですよ。 時間をかけて、様々な会社がいろんな人事施策を実行してきた中で 完成形に近づいてきたのではないかと。 その、会社を超えたノウハウの密集のプロセスみたいなものが気になりました。 どうやって企業社会全体の知恵として積み上げられて、それが各会社に広がっていったのか。 そういう企業社会の、法人コミュニティの文化形成みたいなものに興味を惹かれました。 もし、誰か凄い人が一気に築き上げた人事システムだったら、誤認ですみません。 それはそれで、その人物を取り上げた本を読んでみたいです。 ところで、本最後のあとがきに、こんなことが書いてありました。 私は『期間限定物書き』である。そう宣言して、物書きとしての営業期間を二〇〇二年末までと決めた。本年大晦日を以て『物書き廃業』である。新規の受注は受け付けず、メディアにはもう出稿しない 2003年以降の著者の多くの出版物って、いったい何なの? どういう整理になってるの? ![]() |
『大人のいない国』
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- 2020/06/01(Mon) -
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鷲田清一、内田樹 『大人のいない国』(文春文庫)、読了。
内田センセの対談本のようだったので買ってみました。 お相手の鷲田先生のことは存じあげなかったのですが、 Wikiで見たら、かなり著作数も多いようで、私が浅学だということですね。 あんまり哲学に興味ないもので、すみません・・・。 そして、お二人の対談で、内田センセが自分の専門分野について「文学研究」と言っており、 「あ、文学者だったのか!」と変な驚きも(苦笑)。 社会に関する考察をたくさん発信しているので、 私の中では社会学者的な位置づけ(フランス現代思想)だったのですが、 確かにWikiを見ると「フランス文学者」となっており、文学よりなのかぁと今更気づきました。 正直、本職に関する著作はあんまり読んでいないので、 エッセイというかブログを本にしたものばかり読んだ感想としては 社会にモノ申すセンセイという位置づけで、実は何をきっかけに言論界に出てきた人なのか 良く分かっていません。 そして、Wikiには、「立憲民主党パートナー」と書かれており、 「おー、そういうことなのか!」と変に腹落ち。 昔から、日本社会の考察や日本人の分析は納得できるのに、 なんで個々の政策への賛否は共感できないんだろう?と思ってましたが、 立民支持なら、私は納得できなくて当たり前だなぁと、そこは納得。 アベノマスクでも強烈に皮肉ってYahooニュースになってましたが、 批判するだけの意見は苦手です。 コロナに立ち向かう建設的な意見がほしいです。 はぁ、本作の内容に全く触れない乾燥になってしまいましたが、 鷲田センセ、すみません。 対談は政治思想抜きの話だったので、面白かったです。 ![]() |
『子どもは判ってくれない』
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- 2020/02/03(Mon) -
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内田樹 『子どもは判ってくれない』(文春文庫)、読了。
久々の内田センセ。 面白かったです。 まえがきでも出てくるテーマですが、 私はこの本を「正論を振りかざす大人への対処法」という軸で読みました。 朝日新聞の論説委員の言葉がやり玉に挙がってますが、 不穏な動きを見せる国家に対して「戦争を起こさず話し合いで平和に解決を」と お題目の正論だけ述べるむなしさよ。 私は別に、「武力で解決する手段も持つべき」と言っているのではなく、 「平和的に話し合いを」と主張するなら、どういう段取りで話し合いの場をもって 誰が出てきて何を話し合うと状況が進展しそうなのか、 具体的な画を描いたうえで主張して欲しいなと思うのです。 別に、その具体的な画を紙面に書く必要はなく、そういう裏付けの意見を想定しているぐらい 現実味のある主張をしてほしいなと思います。 まぁ、そんな能力も勇気は新聞にはないと思いますが。 「それを考えるのが政治家の仕事だ!」ということでしょう。 こういう、基本的な思考回路や生活態度というか、 人間のものの考え方や社会の動きかた、人間の弱さみたいなところの考察は 内田先生の書かれるものは概ねナルホド!と共感できるのですが、 どうも内田センセとは、具体的な政策面になってくると、私は意見が合わないのですよね。 本作で、内田センセ自身が「私は業界内的には『ネオソフト・ナショナリスト』に分類されてる」 と書いていて、「えっ!右派なの??」と驚いてしまいました(苦笑)。 政策の方向性的には左派なのかなと思っていたので。 原発とかね。 大枠では右派的な考え方を持っているけれども、 今の自民党政治のやり方に対してNoを言っているのかな? そこまで突っ込んで内田センセの政治議論を読んでいるわけではないので良くわかりませんが なんとなく印象の違いを覚えました。 ただ、そういう政策面での評価に私と意見の相違があっても、 なぜそう考えるのかをしっかり書いてあるので、主張として信頼できますし 出発点は共有できているのに、この部分の考え方が違うから私とは異なる政策を推すんだなと 理解できるので、読みやすいです。 正論派とイラチ派の違いについても述べられていましたが、 わたしも内田センセとおなじイラチ派なので、 だからこそ、お互いの主張が異なっても、合意点とか理解点を見出そうと 歩み寄れる気持ちになるんだろうなと思います。 内田センセの本、まだまだ積読があるので、読んでいかないと! ![]() |
『邪悪なものの鎮め方』
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- 2017/05/17(Wed) -
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内田樹 『邪悪なものの鎮め方』(バジリコ)、読了。
やっぱり内田センセイ、好きだわー。 という感想になった今回の読書。 合理的な判断をできなくさせるような心理的な制約。 意識的にか、無意識的にかに関らず、判断を誤らせる罠が どういうところに仕掛けられているかを、具体的な時事ネタ等をもとに解説・分析した本です。 分析・考察の内容が、私の嗜好に合っているというのはもちろんですが、 街頭での交通遺児のための募金活動に対して「うるせえなぁ」と書いてしまう その突き放し方が、心地よかったり。 構造主義的な系譜を、現実世界における諸問題を通して 分かりやすく語り掛けるのが、内田作品の魅力だと思っています。 なぜ、そのような思考をしてしまうのか、 なぜ、他のところには価値を見出さないのか、 視点を変えると、この問題はどういう風に見えるのか、 そういう、一段上の気づきを与えてくれます。 ノートまとめがまだ終わっていないので、 まだ、フワッとした感想に過ぎませんが、 もう一度、ノート整理を通して、世の中の見方を考えたいと思います。 あと、ブログからの抜粋ということですが、 無料で読めるブログではなく、やっぱり本で読んでしまうのは、 編集者の抜粋力(本作で言うと「邪悪」「呪い」にまつわるテーマのエントリに絞り込むこと)が 効果的で読みやすくなっているからか、 それともPC画面の前で読むのとは異なり、本を読むという没我の時間が特別なのか、 そこは分かりませんが、本という媒体がやっぱり好きだということを実感しました。
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『先生はえらい』
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- 2016/07/23(Sat) -
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内田樹 『先生はえらい』(ちくまプリマ―新書)、読了。
立て続けに内田センセの本をば。 こちらは、中高生向けに、『下流志向』の内容を ポイントをピックアップして述べています。 先に『下流思考』を読んでしまうと、 やっぱり物足りないものを感じますが、 しかし、中高生に向けてどのように伝えるべきかという視点で読むと、 その難しさが良く分かります。 『下流思考』の内容は、大人になってしまったらよーく実感できることなのですが、 では、自分が子供の頃に、この内容を理解できたかというと、きっと無理。 子どもでは理解できないから、この本のタイトルのように 「先生はえらい=とにかく大人の言うことを受け入れてみろ」という指導になるのかなと。 それを素直に今の子どもが受け入れられるか、難しいところでしょうけれど。 今度、中学生を相手に話をしなければいけないのですが、 どういう路線で攻めるか悩ましいところです。
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『下流志向』
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- 2016/07/22(Fri) -
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内田樹 『下流志向』(講談社文庫)、読了。
現実の世界を学ぼうか・・・・と気軽な気持ちで手に取ったのですが、 いやはや、驚愕の本でした。 これは学びどころが多いです! 今の子どもたちの学力低下を、 学力低下に甘んじているとみなすのではなく、 学力を意識的に向上させない努力をしている子供たちの出現として捉えます。 その本質は、労働主体ではなく、消費主体としての子どもの登場が原因。 等価交換の価値観が浸透しきった子供たちは、 自分の時間を投資して役に立つ授業にしか投資しないという判断が日常化します。 しかし、当然ながら、そんな判断が子供にできるわけではなく、 むしろ大人であっても、これから学びを得る側の人間に そんな損得勘定ができるはずもなく、本人だけが納得している判断は、 人生を通してみれば失敗に繋がっているという・・・・・・ でも本人はきっと死ぬまで気づかない・・・・・。 本人が気づかないだけで済んでくれれば、それこそ今流行りの「自己責任」で終わるのですが、 国力の低下だったり、もしくはもっと卑近なコミュニティの崩壊だったりに影響を及ぼすので 放置しておくこともできない話です。 では、どうすべきなのか・・・・・・なのですが、 全体の底上げを図るのか、底辺に引きずり込まれそうになっている中間層を引き上げるのか、 極端に言うとこのどちらかになるような気がします。 でも、前者って、理想論なのでしょうけど、具体的な対策が思い浮かびません。 現実的なのは後者のような気がします。 で、後者の対策を取っている間に、底辺層も、「これではやばい」と転換するのか、 ますます底辺に落ち込んでいくのかというと、これまた後者のような気が・・・・・。 結局、どこで線を引くかの議論になってしまいそうで、結論が出なさそうです。 教育問題というのは、今、何か対策を打っても、 結果が判明するのが数年先、下手したら数十年先というスパンなので、 これはもう、どのような教育政策を採るにしても、 国民が自ら腹を括ってリスクを取り、必死に取り組むしかないのでしょうね。
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