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『無理』
- 2022/02/28(Mon) -
奥田英朗 『無理』(文春文庫)、読了。

上下2巻でボリュームがありましたが、一気読みできました。
物語として面白いかどうかよりも、地方の閉塞感をものすごくリアルに描いていて
そう!そう!そう!そう!地方はそう!と納得感が非常に大きな作品でした。

市町村合併で市に昇格し、旧町の名前の頭文字をつないで「ゆめの市」となった北の方の地方都市。
そこに住む5人の人間の暮らしを順番に覗き見していくような構成です。

県庁から合併対応でゆめの市役所に派遣され、生活保護支給者の整理をさせられている公務員の男、
観光で行った東京の姿に、ゆめの市には未来がないと大学進学で上京をめざす女子高生、
不良あがりで漏電遮断器の訪問販売を高齢者に売りつける詐欺の会社に勤める若者、
市内唯一の大型商業施設で万引きGメンとして働きながら新興宗教に帰依する中年女性、
不動産会社社長から市議会議員になり、次は県会議員の座を狙う野心の男、
この5名を通じて、ゆめの市の一般市民の人生が描かれます。

みんな、それなりに、自分の人生に希望をもって、
「県庁に帰ればやるべき仕事がある」「東京の大学に進学して自分が成長する」
「販売実績を積み上げて社長に評価してもらう」「新興宗教の教えを布教し組織内で出世する」
「県会議員、果ては国会議員だ」それぞれに夢を描いています。

でもね、客観的に第三者的な立場から見ると、女子高生ぐらいしか展望に明るさがないなと。
県庁に戻ったって地方のしがない県に過ぎないし、
どれだけ漏電遮断器を売ったところで詐欺だし、
新興宗教組織のおかしなところは本人も薄々気づいてるし、
市議会議員としてやろうとしている事業は土地転がしに過ぎない。
どれも、ちまちました夢なんですよねー。

そのちまちましたものを、大事な夢だと錯覚してしまう、
もっと言えば、ちまちました夢だと本人も分かっているのにそれしか夢を持てない、
それが今の地方都市の致命的な限界を表しているように思います。
大きな夢を持つきっかけがないというか、現実味がないというか、
そういう想像すら放棄しているようなところが、地方に住む人々にはあるように思います。

この「限界」「閉塞感」「シュリンク」という状況を、登場人物たちの思考回路、行動様式の
1つ1つに、とてもリアルに描いているように感じました。
まさに、私自身が生活している地方都市にも、同じような人がたくさん住んでます。

5人の主人公だけでなく、その周囲にいる人々も、とてもリアル。
5人の身に降りかかっている事件は、人が死んだり、狂気の人が襲ってきたりと
かなりレアな体験ではあるのですが、そこの非日常感以上に、
登場人物たちの存在感のリアルさに引き込まれました。

最後、なかなか5人の生活空間が重なっていかないので、
この5人の物語をどうやって繋げるんだろう?という小説としてのエンディングが
気になってましたが、正直、最後のオチのつけ方は、あんまり面白くなかったです。
確かに空間では繋がったけど、それで各々の人生がどう変化したのかが、
読み取れない終わり方だったので、ちょっと拍子抜けする感じでした。

とにかく女子高生は、自分に非がないのに不幸な目に遭ってしまっており
彼女だけは可哀そうだと思いながら読んでいたのですが、
このエンディングで、多少は救われるところがあったのかなぁ・・・・と
ここもなんだか心残りでした。






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『我が家のヒミツ』
- 2020/11/05(Thu) -
奥田英朗 『我が家のヒミツ』(集英社文庫)、読了。

家シリーズの第3弾。
このシリーズは、大きなどんでん返しはなく、むしろ日常生活の範囲内
主人公たちが困難を地道に乗り越えようとする姿を描いているので読後感がじわっと来ます。

子どもができないことを姑に突かれそうになっている女、同期との出世競争に負けた男、
赤ん坊の時に別れた実の父に会いに行く少女、引っ越してきた隣人の生活感のなさに怯える妊婦、
突然市議会議員選挙に出ると言い出した妻・・・・・・。

今の自分には直接関係のないシチュエーションばかりなのですが、
それでも、なんだか自分事のように読んでしまいました。

自分が親戚から不本意なことを求められたら・・・・、自分が身近な人との競争に負けたら・・・・、
自分の家族にまさかの真実があったら・・・・、近所に不審な人が引っ越してきたら・・・・、
もし自分が選挙戦に巻き込まれたら・・・・・。

どの作品も私だったらどうするかな?という目線で読んでいました。

そして、一番親近感をもって読んだのは、「手紙に乗せて」。
ある日突然、50代で妻を亡くした男。何も手が付かなくなり、家ではぼーっと過ごす日々。
毎朝仏壇に話しかけたり、時には涙してみたり。
そんな父の姿を、社会人になりたての息子の目で追いかけます。

20代では、まだ両親とも健在という人の方が多く、
会社の同僚は、亡くなった当時はお悔やみも口にしましたが、すぐにいつもの調子に戻っていきます。
一方で、会社の部長は、「自分も妻を亡くした時に苦しかったんだ」と息子に対して
父親を労わるように気を付けさせ、会社で顔を合わすたびに父のことを気にかけてくれます。

そして、偶然電車の中で出会った中学時代の同級生。
彼も中学生の時に親を亡くしており、彼は、会社の同僚たちと違って
親を亡くした気持ちを十分に分かって接してくれます。
この、主人公の経験を通した、「親を亡くすということ」「配偶者を亡くすということ」の描写が
変に客観的に分析しているから、却って胸に迫るものがありました。

私自身は両親は健在ですが、とても親しかった叔母が40代で亡くしており、
当時の私は主人公と同じ、社会人になりたての時でした。
会社の人たちには「叔母を亡くした」とだけ報告したので、どれだけ親しい叔母で
亡くした喪失感がいかほどかという説明はしなかったので、
主人公と同じような体験をしました。会社の同僚に旅行に誘われたりとか。
行き先が「伊勢」と言われたので、こりゃ神宮に行くぞ・・・・と思い、
「喪中だから鳥居をくぐるのはNG」という理由で旅行を断ったら、結構驚かれました。
「そんな真面目に喪に服すの?」みたいな。

その時、ああ、私が叔母を亡くしてどんなに悲しいかは、家族以外には分かってもらえないんだなと
諦めてしまったので、本作で、部長が主人公にかける優しさが、ホント素敵だなと思いました。
お父さんも、その苦しみを理解してくれる人が居てくれて救われただろうなと。

そして、ここまで感想を書いて気づいたのですが、
この物語を、私は、自分が両親のどちらかを喪うという視点では全く読んでいなかったなと。
叔母のことで頭がいっぱいでした。
幸い、父も母も比較的健康なので、まだ親の死というものが身近に感じられていないせいかもしれません。
でも、本作のように、脳梗塞でポックリということが無いとは言えないので、
これからはそういう覚悟もしていかないといけないなと、
せっかく読後感は暖かだったのに、最後、ちょっと気が重くなっちゃいました。




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『港町食堂』
- 2019/08/04(Sun) -
奥田英朗 『港町食堂』(新潮文庫)、読了。

旅雑誌の連載企画で、港町に船で上陸して観光やグルメを楽しむというもの。

川崎発高知行のフェリーに乗る旅から始まりますが、
仲間と行く船旅って、他では味わえない楽しみがありますよね~。

私はダイビングをやるので(最近忙しくて全然いけてないですが・悲)、
竹芝発の伊豆大島行とか父島行とか、何度か乗りました。
二等船室で雑魚寝なので、寝るまではデッキで車座になって宴会やったり、
星空観察したり、時には夏旅だと甲板で寝るというチケットだったり、
特に何か特別なことをしているわけではないのですが、
ただただ船の上でみんなと過ごしている時間が楽しいんですよね。

なので、本作におけるフェリー上での著者のワクワク感はよく理解できました。
ただ、船旅をしたことがないような読者には伝わったのかな?とやや心配に。
そのワクワク感を知っている人には想像で補いながら読めるけど、
知らない人には少し丁寧さに欠ける描写のような印象を受けました。

上陸後は、至ってオーソドックスな観光地巡りをしており、
あんまり穴場的なところは登場しません。
直木賞作家に担当編集者、カメラマン、さらには雑誌の編集長まで付いてきている旅の割には
企画にひねりがないのが残念。
まあ、あえてそういうコースにして、著者のやや斜に構えたコメントを引き出そうとしたのかもしれませんが。

食事は、地元の人に美味しい店を聞いて行ってみたりもしているのですが、
ガイドマップで探したり、適当な食堂に入ったりすることも多く、
それほど真剣に港町の食を追求している感じではありません。
これは、タイトルに惹かれて本作を買った人にとっては
ちょっと腰砕け感があるんじゃないかなと思ってしまいました。

ただ、著者たちは、毎回地元のスナックを訪れており、
そこでのママさんや女の子たちとの会話が興味深かったです。
私自身、スナックという場所にほとんど入ったことがないので、
へぇ、旅行者がこんな会話を楽しむ場所なのかぁと新たな気づきでした。

旅先でのスナック飲み、一度やってみたいなぁ。
誰か連れて行ってくれないかなぁ。




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『我が家の問題』
- 2018/06/21(Thu) -
奥田英朗 『我が家の問題』(集英社文庫)、読了。

様々な家庭に巻き起こった問題というか事件を描いた短編集。
主に、夫婦間の問題がテーマです。

どの作品も、比較的軽いタッチの文体なので、
「ど~んで~ん返し~」的なドタバタもあるのかな?と思ったのですが、
どれも物語は素直に進んでいきました。

そうなると、問題解決に重要なのは、当事者の心構え。
本作に登場する主人公は、みんな心がタフなんですよね。
問題に直面したり、問題の陰に気づいたときに、
多少の動揺はしますが、腹を括るまでが意外とスムーズなんです。
すぐに前向きに切り替えられるのが凄いなと。
女性の主人公が多かったですが、やっぱり女性は強いですね。

個人的に気になったのは「ハズバンド」。
夫の会社のソフトボール大会に参加してみたら、同僚に馬鹿にされている夫がいた。
これって、かなり衝撃の展開ですよね。
しかも、家に帰ってからフォローのしようがないという八方塞がりな事態。
こんな話を読んだことがなかったので新鮮だったのですが、
現実世界では、妻の前でだけ大きいこと言ってる旦那って居そうですね。

そういう八方塞がりな感じは「夫とUFO」もそう。
ある日、夫が「俺はUFOに守られている、交信もできている」なんて言い出した。
もう、イッちゃってます。
部屋の本棚にはUFO本ばかり。UFO研究会から郵便も届いてる。
帰宅時間に後を付けたら、河原で空に向かって手を広げてた。
こんなシチュエーションに直面したら、妻としてどうしたら良いか分からなくなっちゃいますよね。
追い込まれた妻の打開策が、解説者もAmazonのレビュワーさんも絶賛ですが、
私はあまり好みじゃなかったです。こちらもイッちゃってる感じで。
ある種、似たもの夫婦?

新婚夫婦が初めてのお盆休みに
夫の実家の札幌と妻の実家の名古屋に里帰りする顛末を描いた「里帰り」。
お互いの実家をディスり合うコメディにも出来たのに、
爽やか夫婦路線で行ったことが意外でしたが、面白かったです。
何より読後感が良かったです。
名古屋は、私の育った環境で最も大きい都会というか、
父は「名古屋はでかい田舎だ」と言いますが、名古屋文化の風刺も面白かったです。
さすが、岐阜出身の著者なだけあります。

どの物語も、人間の強さと前向きさを感じられる良い作品でした。


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『どちらとも言えません』
- 2017/09/23(Sat) -
奥田英朗 『どちらとも言えません』(文春文庫)、読了。

奥田名人の脱力スポーツエッセイ。
面白かったです。

プロ野球やサッカー、水泳、スキー、様々なジャンルのスポーツの話が登場しますが、
この方の立脚点は、スポーツ解説者ではなく、あくまでスポーツファン。
ファンの本音を隠すことなく代弁してくれるので、面白いです。

中日ファンとしての谷繁へのヤジ、
サッカーファンとしての欧州の階層問題を踏まえたジョーク、
モーグルの上村選手に熱狂する日本人に水を差すコメント、
テレビでは言えないようなコメント満載です。

でも、土台の部分に、スポーツへの深い知識と愛情があり、
また、冗談と暴言の線引きも絶妙なバランスで心得ているので、
カラッと笑えて嫌な気持ちになりません。

ところどころに日本人論や比較文化論の視点も登場し、
社会科学的にも興味深い指摘が多いです。

お気楽に笑えるエッセイになっていますが、
著者の深い教養が気持ちの良いベッドのように感じられる一冊だと思います。


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『用もないのに』
- 2017/05/30(Tue) -
奥田英朗 『用もないのに』(文春文庫)、読了。

脱力系エッセイ。
前半は野球の話、後半は物見遊山の話。

重たい小説を書く作家さんなに(伊良部シリーズ以外・笑)、
エッセイは脱力系なんですよねぇ~。

前半の野球の話は、北京五輪に行き、大リーグに行き、楽天の初ホーム戦に行き。
大ファンらしい中日ドラゴンズとは一線を画したエッセイなのが
程よい脱力感になって良いのでしょうね。
ドラゴンズの話になると、見境なくなりそうですしね(苦笑)。
北京五輪で「あべー(呆)」ってボヤいてる方が面白いです。

深刻な野球解説をするわけでもなく、
北京五輪について鋭い分析を加えるわけでもなく、
中国人のスポーツ観戦マナーを評するわけでもなく、
中国観光をあちこち行くわけでもなく、
単なる野球ファンとして思ったことを冗談も交えながら軽く書き進む。
野球そのものを楽しんでいるファンの姿ですね~。

後半の物見遊山エッセイは、
まーとにかく編集者をたくさん引き連れて
フジロック、愛知万博、富士急ハイランド、四国お遍路さん、
脈略もなく、あちこち歩き回ってます。

どこかの雑誌の編集者が依頼した企画でも、
ライバル紙の編集者たちものこのこ付いてきてて、
へ~、こういう業界文化なんだぁ・・・・と興味深かったです。

どこの会社が言い出しっぺの企画であろうと、
大作家さんが行く物見遊山にはとりあえず付き合って、
作家との距離を縮めるとともに、あわよくば企画のおこぼれでエッセイの1本でも・・・・
みたいなところでしょうか(笑)。
この業界は、横のネットワークが凄そうですね。


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『ウランバーナの森』
- 2016/04/30(Sat) -
奥田英朗 『ウランバーナの森』(講談社文庫)、読了。

世界的なポップスターが、軽井沢で隠遁生活。
便秘に悩まされて病院に行った帰り道で、過去に自分が殺したはずの男に出会い・・・・。

明らかにジョン・レノンとオノ・ヨーコを模した主人公夫妻。
そして、軽井沢の地に夏だけ現れる心療内科医。
彼らを中心とした問答のような会話で話は進んでいくのですが、
作品の中で、会話の座り心地が不安定な印象でした。

心療内科医が主人公に投げかける問いは、
私たちの思い込みを払おうとする思わぬ問いかけが含まれていて
その視点は面白いなと思ったのですが、
その問いを受ける主人公の描写が、何とも幼い印象を受けて、
問答としては面白みが欠けてしまっているように感じました。

夫婦の会話も、家政婦とのやりとりも、
深いようでいて、意外と軽いのではないかと思ってしまい、
あまり腹に落ちてきませんでした。

罪は償うものにあらず、背負って生きるものなり

この言葉は良いなと思い、印象に残りました。

ビートルズ・ファンが読んだら、
もっといろいろ楽しめる作品だったのでしょうかね。


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『町長選挙』
- 2014/08/15(Fri) -
奥田英朗 『町長選挙』(文春文庫)、読了。

伊良部センセって、どんなキャラだったっけ?と思い出す前に、
別の強烈なキャラクターの登場に、そちらに心を持っていかれてしまいました。
ナベツネならぬ、「ナベマン」の登場です(笑)。

ナベマン目線で描かれる世の中の動きに対する将来像、
そして、それを主張する自分と、思うように受け止めてくれない世間のギャップ、
結構、良い線いってるんじゃないかと思います。
ナベツネさんの擬似思考としては。

続いて登場する、ホリエモンならぬアンポンマンも、
彼が陥る「ひらがなが思い出せない」という症状自体が、
なかなか上手くカリスマIT社長の思考回路を象徴しているように思います。

「オーナー」「アンポンマン」と、
時事問題と著名人の思想を反映した面白い作品が続いたので、
後半の「カリスマ稼業」「町長選挙」が、ちょっと凡庸というか
一般論に埋もれてしまって色褪せた感じが。

患者が置かれた環境と、それにより陥る病気の内容、
そして伊良部センセ(もしくはマユミお嬢)の本質を突く一言、
なかなか考えさせられる作品でした。

面白かった!


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『サウスバウンド』
- 2013/12/30(Mon) -
奥田英朗 『サウスバウンド』(角川文庫)、読了。

元過激派の父は、職も持たずに舞いにちプラプラ。
時に年金担当者とやりあったり、学校に乗り込んで行ったりと、
子供たちには迷惑な行動しか起こさず、姉は呆れて疎遠気味。
でも、母は、そんな父に笑顔で従う不思議な家族。
しかし、やがて中野区には居続けられない出来事が起こり・・・・。

主人公の二郎の目線で読むと、
素晴らしい経験を積む機会に恵まれた少年のビルディングス・ロマンです。
厄介な父と優しい母に育てられた少年は、
地頭が良く、周りに配慮もできる少年に育っています。
そんな少年が、過酷というか、壮絶というか、抱腹絶倒というか、
とりあえず父親に振り回されることで、機転が利き、妹を守れる強い兄になっていきます。
この視点で読むと、非常に気持ちの良い作品です。

一方で、父親のキャラクターに関しては、
上巻では、とにかく公の組織の人間とやり合っては論戦に持ち込み相手を辟易させるという
とんでもなく面倒なオヤジとして描かれています。
その理屈としては、内容の正当性よりも、反対のための反対のような
かつてのどこぞの野党のような印象を抱いてしまう難癖のつけ方です。
そのため、あまり、共感が持てません。

ところが、下巻でいったん西表島に移住すると、
コロッと人が変わるんです。
「八重山の人の輪の中で本来の姿に戻ったんだ」という見方もできるのかもしれませんが、
では、上巻で演説ぶってたアレは何だったのかと疑問を持ってしまいます。
というか、市民運動の人々に「俺はもう運動なんてやらんのだ」と言い放ってますが、
それでは、なぜ今まで東京に居続けたのかが不明。
何もやることがない状態で、反国家の活動を「誰かが何か言ってきたら反応する」という範囲で
受身の姿勢で行っていくことに、何か積極的な意味があったのでしょうか?
どうも、思想的に、上巻と下巻の父親では連続性がないように感じてしまいます。
上巻の途中で、「天皇制」とか出てきたときには、
どんな方向に話が進むのかとドキドキしたのですが、その後音沙汰なし(苦笑)。
クッション程度に使うテーマじゃないんだけどなぁ・・・・。

終盤の開発業者との闘争に関しても、
正直、都市から遠い西表島だからこそ、「今の生活で十分」という単純な結論に
島の人たちの総意をもっていっても違和感無かったですが、
これが石垣島クラスの話になってくると、民意もいろいろ複雑になると思うんですよ。
ま、そこは、舞台設定の上手さなのかもしれませんが、
開発と自然保護という社会問題を扱うには、ちょっと逃げた印象も持ってしまいました。

どうしても、父親のバックグラウンドの設定と、扱うテーマの設定から、
疑問に感じるところや不満に感じるところは数多あるのですが、
それでも、少年の成長、少女の成長には目を瞠るものがあります。

個人的には、向井君と七恵ちゃんに、
今の日本社会についての対談を行って欲しいぐらいです(笑)。


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『最悪』
- 2013/12/22(Sun) -
奥田英朗 『最悪』(講談社文庫)、読了。

ガッツリ分厚い小説を久々に。

カツアゲとパチンコで生計を立てる野村、
町工場を経営する川谷、銀行のOLみどり、
重なり合うことがないはず3人の人生が、
それぞれが少しずつ道を外しあうことで、ある日、一度に衝突することに!

これは、犯罪小説なのでしょうか。
計画性の無い犯罪の場面に居合わせたがために、
犯罪に引き寄せられるようにいつのまにか犯罪の主人公になってしまう。
「逃げ場の無さ」や「思考が耐え切れず流される様」が非常によく描かれています。
それはやはり、犯罪に至るまでの三者三様の過程が丁寧に描かれているからだと思います。

この3人に限らず、登場人物たちそれぞれに言い分があるのでしょうが、
唯一受け入れられなかったのが、川谷の鉄工所の向かいのマンションに住む太田氏。
この作品に出てくるどの登場人物も、自分の置かれた立場の中で
「仕方が無い」とか「諦める」とか「妥協する」とかいう思いを味わい、
一方では、無理難題を他人にふっかけているという「疚しさ」のようなものを
心のどこかに抱きながら生活をしています。
しかし、この太田氏だけは、「疚しさ」など一片も持たずに生きているのです。
そう、「私は正しい」「私の主張は正義だ」という類の人種です。

あーーー、苦手!

太田氏と川谷が交渉している場面は、イライラして仕方がありませんでした。
最後、ちょっと太田氏が退散する場面が数行語られていますが、
その心中までは分かりませんでした。
反省したのかしら???

奥田英朗の犯罪小説は、
登場人物だけでなく、読者をもどこか追い詰める息苦しさがあるのですが、
それも作品の力だと思います。


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