『我が家のヒミツ』
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- 2020/11/05(Thu) -
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奥田英朗 『我が家のヒミツ』(集英社文庫)、読了。
家シリーズの第3弾。 このシリーズは、大きなどんでん返しはなく、むしろ日常生活の範囲内で 主人公たちが困難を地道に乗り越えようとする姿を描いているので読後感がじわっと来ます。 子どもができないことを姑に突かれそうになっている女、同期との出世競争に負けた男、 赤ん坊の時に別れた実の父に会いに行く少女、引っ越してきた隣人の生活感のなさに怯える妊婦、 突然市議会議員選挙に出ると言い出した妻・・・・・・。 今の自分には直接関係のないシチュエーションばかりなのですが、 それでも、なんだか自分事のように読んでしまいました。 自分が親戚から不本意なことを求められたら・・・・、自分が身近な人との競争に負けたら・・・・、 自分の家族にまさかの真実があったら・・・・、近所に不審な人が引っ越してきたら・・・・、 もし自分が選挙戦に巻き込まれたら・・・・・。 どの作品も私だったらどうするかな?という目線で読んでいました。 そして、一番親近感をもって読んだのは、「手紙に乗せて」。 ある日突然、50代で妻を亡くした男。何も手が付かなくなり、家ではぼーっと過ごす日々。 毎朝仏壇に話しかけたり、時には涙してみたり。 そんな父の姿を、社会人になりたての息子の目で追いかけます。 20代では、まだ両親とも健在という人の方が多く、 会社の同僚は、亡くなった当時はお悔やみも口にしましたが、すぐにいつもの調子に戻っていきます。 一方で、会社の部長は、「自分も妻を亡くした時に苦しかったんだ」と息子に対して 父親を労わるように気を付けさせ、会社で顔を合わすたびに父のことを気にかけてくれます。 そして、偶然電車の中で出会った中学時代の同級生。 彼も中学生の時に親を亡くしており、彼は、会社の同僚たちと違って 親を亡くした気持ちを十分に分かって接してくれます。 この、主人公の経験を通した、「親を亡くすということ」「配偶者を亡くすということ」の描写が 変に客観的に分析しているから、却って胸に迫るものがありました。 私自身は両親は健在ですが、とても親しかった叔母が40代で亡くしており、 当時の私は主人公と同じ、社会人になりたての時でした。 会社の人たちには「叔母を亡くした」とだけ報告したので、どれだけ親しい叔母で 亡くした喪失感がいかほどかという説明はしなかったので、 主人公と同じような体験をしました。会社の同僚に旅行に誘われたりとか。 行き先が「伊勢」と言われたので、こりゃ神宮に行くぞ・・・・と思い、 「喪中だから鳥居をくぐるのはNG」という理由で旅行を断ったら、結構驚かれました。 「そんな真面目に喪に服すの?」みたいな。 その時、ああ、私が叔母を亡くしてどんなに悲しいかは、家族以外には分かってもらえないんだなと 諦めてしまったので、本作で、部長が主人公にかける優しさが、ホント素敵だなと思いました。 お父さんも、その苦しみを理解してくれる人が居てくれて救われただろうなと。 そして、ここまで感想を書いて気づいたのですが、 この物語を、私は、自分が両親のどちらかを喪うという視点では全く読んでいなかったなと。 叔母のことで頭がいっぱいでした。 幸い、父も母も比較的健康なので、まだ親の死というものが身近に感じられていないせいかもしれません。 でも、本作のように、脳梗塞でポックリということが無いとは言えないので、 これからはそういう覚悟もしていかないといけないなと、 せっかく読後感は暖かだったのに、最後、ちょっと気が重くなっちゃいました。 ![]() |
『我が家の問題』
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- 2018/06/21(Thu) -
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奥田英朗 『我が家の問題』(集英社文庫)、読了。
様々な家庭に巻き起こった問題というか事件を描いた短編集。 主に、夫婦間の問題がテーマです。 どの作品も、比較的軽いタッチの文体なので、 「ど~んで~ん返し~」的なドタバタもあるのかな?と思ったのですが、 どれも物語は素直に進んでいきました。 そうなると、問題解決に重要なのは、当事者の心構え。 本作に登場する主人公は、みんな心がタフなんですよね。 問題に直面したり、問題の陰に気づいたときに、 多少の動揺はしますが、腹を括るまでが意外とスムーズなんです。 すぐに前向きに切り替えられるのが凄いなと。 女性の主人公が多かったですが、やっぱり女性は強いですね。 個人的に気になったのは「ハズバンド」。 夫の会社のソフトボール大会に参加してみたら、同僚に馬鹿にされている夫がいた。 これって、かなり衝撃の展開ですよね。 しかも、家に帰ってからフォローのしようがないという八方塞がりな事態。 こんな話を読んだことがなかったので新鮮だったのですが、 現実世界では、妻の前でだけ大きいこと言ってる旦那って居そうですね。 そういう八方塞がりな感じは「夫とUFO」もそう。 ある日、夫が「俺はUFOに守られている、交信もできている」なんて言い出した。 もう、イッちゃってます。 部屋の本棚にはUFO本ばかり。UFO研究会から郵便も届いてる。 帰宅時間に後を付けたら、河原で空に向かって手を広げてた。 こんなシチュエーションに直面したら、妻としてどうしたら良いか分からなくなっちゃいますよね。 追い込まれた妻の打開策が、解説者もAmazonのレビュワーさんも絶賛ですが、 私はあまり好みじゃなかったです。こちらもイッちゃってる感じで。 ある種、似たもの夫婦? 新婚夫婦が初めてのお盆休みに 夫の実家の札幌と妻の実家の名古屋に里帰りする顛末を描いた「里帰り」。 お互いの実家をディスり合うコメディにも出来たのに、 爽やか夫婦路線で行ったことが意外でしたが、面白かったです。 何より読後感が良かったです。 名古屋は、私の育った環境で最も大きい都会というか、 父は「名古屋はでかい田舎だ」と言いますが、名古屋文化の風刺も面白かったです。 さすが、岐阜出身の著者なだけあります。 どの物語も、人間の強さと前向きさを感じられる良い作品でした。
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『どちらとも言えません』
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- 2017/09/23(Sat) -
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奥田英朗 『どちらとも言えません』(文春文庫)、読了。
奥田名人の脱力スポーツエッセイ。 面白かったです。 プロ野球やサッカー、水泳、スキー、様々なジャンルのスポーツの話が登場しますが、 この方の立脚点は、スポーツ解説者ではなく、あくまでスポーツファン。 ファンの本音を隠すことなく代弁してくれるので、面白いです。 中日ファンとしての谷繁へのヤジ、 サッカーファンとしての欧州の階層問題を踏まえたジョーク、 モーグルの上村選手に熱狂する日本人に水を差すコメント、 テレビでは言えないようなコメント満載です。 でも、土台の部分に、スポーツへの深い知識と愛情があり、 また、冗談と暴言の線引きも絶妙なバランスで心得ているので、 カラッと笑えて嫌な気持ちになりません。 ところどころに日本人論や比較文化論の視点も登場し、 社会科学的にも興味深い指摘が多いです。 お気楽に笑えるエッセイになっていますが、 著者の深い教養が気持ちの良いベッドのように感じられる一冊だと思います。
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『用もないのに』
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- 2017/05/30(Tue) -
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奥田英朗 『用もないのに』(文春文庫)、読了。
脱力系エッセイ。 前半は野球の話、後半は物見遊山の話。 重たい小説を書く作家さんなに(伊良部シリーズ以外・笑)、 エッセイは脱力系なんですよねぇ~。 前半の野球の話は、北京五輪に行き、大リーグに行き、楽天の初ホーム戦に行き。 大ファンらしい中日ドラゴンズとは一線を画したエッセイなのが 程よい脱力感になって良いのでしょうね。 ドラゴンズの話になると、見境なくなりそうですしね(苦笑)。 北京五輪で「あべー(呆)」ってボヤいてる方が面白いです。 深刻な野球解説をするわけでもなく、 北京五輪について鋭い分析を加えるわけでもなく、 中国人のスポーツ観戦マナーを評するわけでもなく、 中国観光をあちこち行くわけでもなく、 単なる野球ファンとして思ったことを冗談も交えながら軽く書き進む。 野球そのものを楽しんでいるファンの姿ですね~。 後半の物見遊山エッセイは、 まーとにかく編集者をたくさん引き連れて フジロック、愛知万博、富士急ハイランド、四国お遍路さん、 脈略もなく、あちこち歩き回ってます。 どこかの雑誌の編集者が依頼した企画でも、 ライバル紙の編集者たちものこのこ付いてきてて、 へ~、こういう業界文化なんだぁ・・・・と興味深かったです。 どこの会社が言い出しっぺの企画であろうと、 大作家さんが行く物見遊山にはとりあえず付き合って、 作家との距離を縮めるとともに、あわよくば企画のおこぼれでエッセイの1本でも・・・・ みたいなところでしょうか(笑)。 この業界は、横のネットワークが凄そうですね。
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『ウランバーナの森』
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- 2016/04/30(Sat) -
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奥田英朗 『ウランバーナの森』(講談社文庫)、読了。
世界的なポップスターが、軽井沢で隠遁生活。 便秘に悩まされて病院に行った帰り道で、過去に自分が殺したはずの男に出会い・・・・。 明らかにジョン・レノンとオノ・ヨーコを模した主人公夫妻。 そして、軽井沢の地に夏だけ現れる心療内科医。 彼らを中心とした問答のような会話で話は進んでいくのですが、 作品の中で、会話の座り心地が不安定な印象でした。 心療内科医が主人公に投げかける問いは、 私たちの思い込みを払おうとする思わぬ問いかけが含まれていて その視点は面白いなと思ったのですが、 その問いを受ける主人公の描写が、何とも幼い印象を受けて、 問答としては面白みが欠けてしまっているように感じました。 夫婦の会話も、家政婦とのやりとりも、 深いようでいて、意外と軽いのではないかと思ってしまい、 あまり腹に落ちてきませんでした。 罪は償うものにあらず、背負って生きるものなり この言葉は良いなと思い、印象に残りました。 ビートルズ・ファンが読んだら、 もっといろいろ楽しめる作品だったのでしょうかね。
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『町長選挙』
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- 2014/08/15(Fri) -
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奥田英朗 『町長選挙』(文春文庫)、読了。
伊良部センセって、どんなキャラだったっけ?と思い出す前に、 別の強烈なキャラクターの登場に、そちらに心を持っていかれてしまいました。 ナベツネならぬ、「ナベマン」の登場です(笑)。 ナベマン目線で描かれる世の中の動きに対する将来像、 そして、それを主張する自分と、思うように受け止めてくれない世間のギャップ、 結構、良い線いってるんじゃないかと思います。 ナベツネさんの擬似思考としては。 続いて登場する、ホリエモンならぬアンポンマンも、 彼が陥る「ひらがなが思い出せない」という症状自体が、 なかなか上手くカリスマIT社長の思考回路を象徴しているように思います。 「オーナー」「アンポンマン」と、 時事問題と著名人の思想を反映した面白い作品が続いたので、 後半の「カリスマ稼業」「町長選挙」が、ちょっと凡庸というか 一般論に埋もれてしまって色褪せた感じが。 患者が置かれた環境と、それにより陥る病気の内容、 そして伊良部センセ(もしくはマユミお嬢)の本質を突く一言、 なかなか考えさせられる作品でした。 面白かった!
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『サウスバウンド』
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- 2013/12/30(Mon) -
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奥田英朗 『サウスバウンド』(角川文庫)、読了。
元過激派の父は、職も持たずに舞いにちプラプラ。 時に年金担当者とやりあったり、学校に乗り込んで行ったりと、 子供たちには迷惑な行動しか起こさず、姉は呆れて疎遠気味。 でも、母は、そんな父に笑顔で従う不思議な家族。 しかし、やがて中野区には居続けられない出来事が起こり・・・・。 主人公の二郎の目線で読むと、 素晴らしい経験を積む機会に恵まれた少年のビルディングス・ロマンです。 厄介な父と優しい母に育てられた少年は、 地頭が良く、周りに配慮もできる少年に育っています。 そんな少年が、過酷というか、壮絶というか、抱腹絶倒というか、 とりあえず父親に振り回されることで、機転が利き、妹を守れる強い兄になっていきます。 この視点で読むと、非常に気持ちの良い作品です。 一方で、父親のキャラクターに関しては、 上巻では、とにかく公の組織の人間とやり合っては論戦に持ち込み相手を辟易させるという とんでもなく面倒なオヤジとして描かれています。 その理屈としては、内容の正当性よりも、反対のための反対のような かつてのどこぞの野党のような印象を抱いてしまう難癖のつけ方です。 そのため、あまり、共感が持てません。 ところが、下巻でいったん西表島に移住すると、 コロッと人が変わるんです。 「八重山の人の輪の中で本来の姿に戻ったんだ」という見方もできるのかもしれませんが、 では、上巻で演説ぶってたアレは何だったのかと疑問を持ってしまいます。 というか、市民運動の人々に「俺はもう運動なんてやらんのだ」と言い放ってますが、 それでは、なぜ今まで東京に居続けたのかが不明。 何もやることがない状態で、反国家の活動を「誰かが何か言ってきたら反応する」という範囲で 受身の姿勢で行っていくことに、何か積極的な意味があったのでしょうか? どうも、思想的に、上巻と下巻の父親では連続性がないように感じてしまいます。 上巻の途中で、「天皇制」とか出てきたときには、 どんな方向に話が進むのかとドキドキしたのですが、その後音沙汰なし(苦笑)。 クッション程度に使うテーマじゃないんだけどなぁ・・・・。 終盤の開発業者との闘争に関しても、 正直、都市から遠い西表島だからこそ、「今の生活で十分」という単純な結論に 島の人たちの総意をもっていっても違和感無かったですが、 これが石垣島クラスの話になってくると、民意もいろいろ複雑になると思うんですよ。 ま、そこは、舞台設定の上手さなのかもしれませんが、 開発と自然保護という社会問題を扱うには、ちょっと逃げた印象も持ってしまいました。 どうしても、父親のバックグラウンドの設定と、扱うテーマの設定から、 疑問に感じるところや不満に感じるところは数多あるのですが、 それでも、少年の成長、少女の成長には目を瞠るものがあります。 個人的には、向井君と七恵ちゃんに、 今の日本社会についての対談を行って欲しいぐらいです(笑)。
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『最悪』
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- 2013/12/22(Sun) -
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奥田英朗 『最悪』(講談社文庫)、読了。
ガッツリ分厚い小説を久々に。 カツアゲとパチンコで生計を立てる野村、 町工場を経営する川谷、銀行のOLみどり、 重なり合うことがないはず3人の人生が、 それぞれが少しずつ道を外しあうことで、ある日、一度に衝突することに! これは、犯罪小説なのでしょうか。 計画性の無い犯罪の場面に居合わせたがために、 犯罪に引き寄せられるようにいつのまにか犯罪の主人公になってしまう。 「逃げ場の無さ」や「思考が耐え切れず流される様」が非常によく描かれています。 それはやはり、犯罪に至るまでの三者三様の過程が丁寧に描かれているからだと思います。 この3人に限らず、登場人物たちそれぞれに言い分があるのでしょうが、 唯一受け入れられなかったのが、川谷の鉄工所の向かいのマンションに住む太田氏。 この作品に出てくるどの登場人物も、自分の置かれた立場の中で 「仕方が無い」とか「諦める」とか「妥協する」とかいう思いを味わい、 一方では、無理難題を他人にふっかけているという「疚しさ」のようなものを 心のどこかに抱きながら生活をしています。 しかし、この太田氏だけは、「疚しさ」など一片も持たずに生きているのです。 そう、「私は正しい」「私の主張は正義だ」という類の人種です。 あーーー、苦手! 太田氏と川谷が交渉している場面は、イライラして仕方がありませんでした。 最後、ちょっと太田氏が退散する場面が数行語られていますが、 その心中までは分かりませんでした。 反省したのかしら??? 奥田英朗の犯罪小説は、 登場人物だけでなく、読者をもどこか追い詰める息苦しさがあるのですが、 それも作品の力だと思います。
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