『大いなる暗愚』
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- 2018/03/01(Thu) -
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藤原正彦 『大いなる暗愚』(新潮文庫)、読了。
『週刊新潮』の連載エッセイをまとめたもの。 山本夏彦翁の「夏彦の写真コラム」の跡を継ぐ企画という正統派です。 文庫で3ページ程度の短いコラムですが、 文章がまず爽やか簡潔で読みやすく、内容もウィットに富んでいて面白い。 ユーモアも、これまでに読んだ正彦作品の中で最も色濃くて 「正彦先生って、気難しそうな顔してお茶目なんだからぁ」と笑ってしまいます。 日本人の姿勢や、日本社会の在り様に対して、 「それは良くない」「そこはおかしい」とズバッと斬り込んでいくのですが、 ユーモアを忘れないので、大人の苦言として受け入れられます。 厭な気持にさせずに苦言を受け入れさせるという技術は かなり高等テクニックというか、大人の処置だと思います。 そして、本エッセイにはご家族も良く登場されますが、 奥様とのやりとりを見ていると、ツチケン先生を思い出してしまいます。 あ、両教授ともお茶大だ。 これは、お茶大の校風が許すことなのか、 それとも女子大の先生というのは女性にユーモアが言えないと務まらないのか、 女性に囲まれてこんな人になってしまうのか、 どれが正解なんでしょうね(笑)。
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『名著講義』
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- 2015/09/09(Wed) -
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藤原正彦 『名著講義』(文藝春秋)、読了。
藤原センセがお茶の水大学の新入学性に対して行ったゼミの講義録です。 新渡戸稲造の『武士道』にはじまり、内村鑑三『余は如何にして基督教徒となりし乎』、 福沢諭吉『学問のすすめ』など、錚々たるラインナップです。 これを毎週のゼミに向けて読むのは、1年生では相当しんどいと思います。 なのに、さすが、あえてここに飛び込む20名は、 毎回、藤原センセと対話ができる程度に読んだ感想を携えていて、 その気合ぶりが伝わってきました。 惜しむらくは、藤原センセ対女子学生個人という 1対1の関係の対話しか生まれておらず、学生同士の議論がなかったことです。 (収録されていないだけかもしれませんが) むしろ、この読書を経て、同年代の学生たちの間で、 どんな変化が生まれたのか、その議論を聞きたかったです。 また、当時はデフレ真っ只中で、不況にあえぎ、国家への冷めた意見が多かったせいか、 藤原センセは、かなり強い国家への思いを学生に向けて語っています。 『きけわだつみの声』では、編者の左翼思想により 収録されている手紙に偏りがあるという指摘を何度もゼミの中で行っていますが、 反対に、藤原センセの熱い国家論を、学生さんが素直に受け止めている姿も ちょっと大丈夫かいな?と思えてしまうところも。 もう少し、批判の目も養ってから、国家論は語った方が良いのではないかと懸念しました。 藤原センセは、もうお茶の水大学を定年退官されてしまっていますが、 今の、ナショナリズムに振れているご時勢において同じゼミをやるとすれば、 藤原センセはどのような本を選ぶのでしょうか。やはり同じラインナップなのでしょうか。 そして、どんな話をするのでしょうか。また、学生さんはどういう反応を示すのでしょうか。 時代の置かれた状況で、右にも左にも大きく振れる世論ですが、 そんな中でゼミのあり方、学生さんの反応の仕方が気になった読書となりました。
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『天才の栄光と挫折』
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- 2015/07/23(Thu) -
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藤原正彦 『天才の栄光と挫折』(文春文庫)、読了。
正彦センセによる偉大な数学者たちの人生を紹介した本。 単なる伝記ではなく、実際に著者が、数学者の生まれ育った地や研究に没頭した地を踏んで 感じたこと、考えたことを文章にしているので、その数学者のことが立体的に伝わってきます。 そして、偉大な数学の業績を残した人物の日常生活が 意外と寂しいものであったり、周囲に評価されない時代があったりと、 後世の人間が思うような華々しい数学者が居ないことに驚きました。 公私共に素晴らしい人生を送るというのは、よほどの幸運に恵まれないと、 もしくは当人自信が心にゆとりをもって人生と向き合う覚悟がないと、 なかなか実現できないものなのだろうなと学びました。 肝心の数学者としての実績の方は、正直私の数学レベルでは 何の話をしているのかさえ、さっぱり分からないものが多かったですが、 しかし、アンドリュー・ワイルズ教授が、フェルマーの最終定理を証明するための ヒントを思いついた瞬間を語ったシーンに触れて、ひらめきの瞬間の素晴らしい感覚を 感動的に語る言葉に、学問の面白さ、知的刺激の素晴らしさを感じました。 (私がこれまでに味わった感動とは、天地の差があるのでしょうけれど・・・・・) こういう、偉大な人が語る、感動の瞬間というのは、 次世代の偉大な学者を生み出すために、必要な要素だと思いますし、 語り伝え、また広めていく行為は非常に有意義なものだと思います。 今、同時代の数学を研究している人の中にも、 数百年後に「偉大な数学者」として語り継がれる人がいるんだろうなと想像すると、 それはそれで夢のある話だなと思いました。
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『古風堂々数学者』
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- 2009/05/20(Wed) -
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藤原正彦 『古風堂々数学者』(新潮文庫)、読了。
正彦先生のエッセイは 軸がぶれず、文章も簡潔なので、非常に読みやすいです。 また、主張一本槍の堅物ではなく、 反対に、どうでもいいことばかりを書きなぐる軟弱でもなく、 良い具合にいろんな硬さのテーマがミックスされているので、 飽きずに最後まで気持ち良く読めます。 本作では、「心に太陽を、唇に歌を」という 小説風な作品も書き下ろしで入っていて、 面白かったです。 また、勉強にもなりました。
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『祖国とは国語』
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- 2009/02/15(Sun) -
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藤原正彦 『祖国とは国語』(新潮文庫)、読了。
相当久しぶりの正彦先生です。 『国家の品格』も未読です。 で、タイトルからして『国家の品格』と同じようなジャンルの本かな? と思って、本作から。 最初に感じたのは、失礼ながら、 「私が正彦先生に求めてるエッセイはこういうのじゃないんだよなぁ」 ということ。 『遥かなるケンブリッジ』から先生のエッセイに入った私としては、 「身辺雑記からモノを思う」というお話が好きなんです。 日常生活における観察力の鋭さとか思考を深める手順とか。 なので、本作の「国語教育絶対論」の章のような話になると 「そんな大上段から提言しなくても・・・」と感じてしまいました。 たぶん、新聞紙上に掲載された状態で読んでいたら 「ふむふむ、ナルホド」と思っていたのでしょうけれど、 エッセイ本の中に入っていたから身構えてしまったのでしょう。 むしろ、家族のことを描いた「いじわるにも程がある」の章の方が これぞ正彦エッセイ!と楽しめました。 「満州再訪記」は、戦争の歴史を学び直したいという思いを強くしました。
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