『月の裏側』
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- 2022/02/25(Fri) -
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恩田陸 『月の裏側』(幻冬舎文庫)、読了。
九州の水郷都市・箭納倉。 そこの出身で、大学教授の職をリタイアした後に戻ってきた協一郎は、 この町で直近1年間に起きた3件の老女失踪事件に興味を持ち、 かつての教え子で、現在はレコード会社でプロデューサーをしている多聞を呼び寄せ、 真相解明に挑みます。 この多聞という人物、どこかで読んだ気がするなぁ・・・・・と思ってたら、 『不連続の世界』という作品で会ってました。 『月の裏側』 → 『不連続の世界』の順で読むべきだったようでした(苦笑)。 さてさて、失踪事件ですが、協一郎と多聞に加え、 協一郎の娘と地元新聞記者の4人でチームを組むことに。 ・ 水郷の堀に面した家で失踪事件が起きている ・ 失踪から1週間ほどで戻ってくるが、その1週間の記憶がない ・ 協一郎の飼い猫が、精巧な粘土細工のような人間の指や耳を咥えて帰ってくる ・ 多聞が協一郎の家に帰ってきたら、まるで家の中が濡れているように一瞬見えた いろんな断片情報から謎解きがスタートしますが、 最初に気になったのは、失踪した人が記憶を無くして戻ってきたら、 周囲の人はそれほど深く突っ込まずに受け入れて日常を取り戻しているということです。 誰もその体験を不思議に思ってしつこく突っ込んだりしないのかしら?という疑問が。 現実社会には「UFOに連れ去られて戻ってきたけど、その間の記憶がない」とか言っている人は 確かに存在してますが、そういう人に深く突っ込まないのは、 周囲が「アブナイ人」と認識して距離を取ってるからかなと思ってました。 でも、本作に出てくる失踪者は、まともな言動の人だったり、反対に高齢で歩行などに支障があり 物理的に失踪することが困難な状況にあるのに、周囲の人があんまり疑問を大きくしていないことが どうにも気になってしまいました。 その時点で、この箭納倉という町全体が、なんだか通常じゃない感覚を受けました。 そして、物語の中で、段々と失踪事件に繋がりそうな不気味な現象が一つ一つ 明らかになってくるのですが、それが全部箭納倉で起きていることなので、 堀の中にホラーなものが蠢いているというよりも、箭納倉という空間が丸ごと ホラー的な存在なのではないだろうかと思いながら読み進めていました。 そうすると、町の人が失踪事件に無関心なのも、 失踪事件以外に起きる不思議現象に居合わせてもパニックにならないのも なんだか腑に落ちました。 読み方としては、ちょっと歪んでいるというか、著者の意図とは違うような気がしますが、 私にとっては、人間を飲み込んでいく町という設定の方がホラー感が強かったです。 ドキドキしながら一気読みでした。 登場人物たちの行動が、ところどころ「無防備だな」とか「不合理だな」と思うところがあっても ホラーな町のせいだと思ってしまったら、全部、飲み込めました。 それ以上に、ホラーな存在が次にどんな行動に出てくるのかワクワクして読めたので 怖いけど楽しめる作品でした。 ところで、この箭納倉という都市は、柳川がモデルということですが、 柳川に実際に住んでいる方たちは、この作品を読んで、気持ち悪く思ったり、 はたまた我が町がこんな風に描かれて不愉快に思ったりしないのかしら?と 変なところが心配になりました。 遠野などは、昔から民話の町として知られているので、 住民の方たちも、フィクションでホラー的に描かれても免疫が付いていそうですが、 柳川にも水郷に関するホラーな話はあるんでしょうかね。 ![]() |
『常野物語 光の帝国』
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- 2020/04/10(Fri) -
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恩田陸 『常野物語 光の帝国』(集英社文庫)、読了。
巻末の解説は、小説のタイトルの話から始まりました。 「小説のタイトルは、はやり歌における十五秒CMで流すサビの部分のようなもの」、その通り。 納得して読み進んだら、解説者は「光の帝国」というタイトルから、 本作を壮大な宇宙戦争モノのように思い込んでいたとのこと。 私は、「常野物語」というタイトルから、「遠野物語」を連想し、ちょっと怖い民話を想像してました。 宇宙戦争なんて全くの想定外。 表紙のタイトルの配置からすると、「光の帝国」の方が大きく描かれているので、 当然、そちらが主題なのだと思いますが、やっぱり人間の興味関心によって、 小さい文字の方が印象に大きく寄与することってあるんですねぇ・・・・。 というわけで、解説の感想から書き始めてしまいましたが、 本作は、東北地方?のどこかに存在していた特殊能力を持つ一族の話を連作短編にしたもの。 前半は、とても面白く読みました。 最初の話に登場する、読んだものを何でも記憶することができる能力を持つ一家。 この一家を軸に話が進むのかと思ったら、次に登場するのは同じ一族だが 将来起こることが映像で見えてしまうという別の能力を持つ娘の話。 次々と特殊能力を持つ一族が登場し、 そんな特殊能力のことなど知らない一般人との日常生活内での交わりを描いていき 興味深かったです。 ただ、中盤にある表題作「光の帝国」で、一族が背負った歴史が語られます。 この話が、本作の背骨になるものなのですが、どうも私は面白いと思えませんでした。 この背骨の後の話は、前半の話たちが、いかに繋がったものなのかを見せていく話になりますが、 多分、その構成があまり好きではなかったのだと思います。 何となく思うのは、私は、この常野の一族に、「離散」「バラバラ」「離れていく」という方向性を 期待していたんだと思います。一族で集まっていた時代を経て、一般人の住む社会の中に それぞれで紛れ込んでいく方向性を読みたかったのかなと。 それが前半でした。 ばらばらになりながらも、何とか自分の生活と立ち位置を作り上げた常野一族に対して、 後半で、これでもかというぐらい繋がりを強調されてしまうと、 なんと可哀そうな一族なんだろうという哀れみが湧き出てしまって、 こんな物語にしなくても・・・・と共感よりも拒否感が生まれてしまいました。 私は、常野の地を離れても、それぞれが自分の住むべき新たな場所になれる努力をしている その努力を肯定する作品が読みたかったのだろうなと思います。 結果、後半がちょっと読み飛ばしになってしまいました。 ![]() |
『猫と針』
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- 2016/09/17(Sat) -
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恩田陸 『猫と針』(新潮文庫)、読了。
恩田作品にしては薄い本だなぁ・・・・ と思って買って来たら、戯曲でした。 5人の登場人物による密室劇+独白。 90分の芝居だったということで、 同じぐらいの時間で読み終えることができました。 不安を煽るような伏線があれこれ張られているのですが、 いまいち大きな展開がないまま、 シンプルな形で回収されていく感じで、ちょっと消化不良。 第一場の舞台設定と展開に、 「こりゃ、ドロドロとした大変なことが起こりそうだ!」と非常に期待したのですが、 不発のまま終わってしまいました。 劇そのものを楽しむというよりは、 戯曲の前後に挿入された著者による戯曲制作日記を楽しむような作りになっており、 小説家としては、ちょっと逃げているような印象も受けました。 芝居作りの舞台裏を知りたいという方には、 非常に面白い作品なのではないでしょうか。
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