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『贋作師』
- 2019/01/21(Mon) -
篠田節子 『贋作師』(講談社文庫)、読了。

大御所の洋画家が自殺した。
その遺言で、過去の作品の修復を依頼された主人公。
洋画家とは面識がなかったが、洋画家の元に美大の同級生が弟子入りしていた。
しかし、彼も数年前に自殺しており、主人公は、縁のない保管庫に通うことに。

どうにも、舞台となる洋画家の家も登場人物たちも不気味な感じで
読んでいくのがしんどいお話でした。
この家の主人は自殺、妻は失踪、弟子も自殺、唯一残った姪が全資産を管理。
怪しすぎでしょ(苦笑)。

洋画家の作品は、若い頃はそのエネルギーに満ちたところが評価されていたものの
晩年はお金になる通り一遍の大判の風景画ばかりを描くようになり
修復師としての主人公の目で見ても、美術的価値の劣る作品ばかり。
しかし、世の中では、そんな作品の方が高価な値段で取引されているという皮肉。

姪は資産を維持するために、洋画家の評判が落ちるようなことが起きないよう
神経質になっており、その行動がねちっこく不気味です。
そんな人と、アトリエや保管庫で2人きりにならねばならぬ主人公に同情。

でも、この主人公も、たいした証拠も集めずに、自分の思い込みだけで
この姪に向かって殺人事件の疑いや偽物制作の疑いなんかをぶつけるので、
「なんて無防備な人なんだ」と、ちょっと引いてしまいました。
残念ながら主人公に気持ちが入っていきませんでした。

良い味を出していたのは、ゲイの修復師である才一ですが、
主人公の彼に対する「あなたの性癖は正常でない」というような酷い言葉の数々、
今の時代の目線で読むと、かなり引っかかります。
最初は、主人公を通して著者の価値観が出ちゃってるのかな?と懸念しましたが、
「病気」に対する主人公の偏見を才一が糾弾するくだりがあり、
あぁ、主人公がこの家に対して抱く偏見のようなものを象徴してたのかと納得。

贋作の真相も、死の真相も、主人公が勝手な推理でいろいろ引っ掻き回した割には
オーソドックスなところに落ち着いていった感じで、ミステリが軸ではなかった印象です。
むしろ、芸術家の執念とか、自分の才能の限界に対する苦悩とか、
そういう人間的な苦しみの部分が軸になっている作品だなと思いました。

でも、あまり気持ちの良い作品ではありませんでした。




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『Wedge 2018年6月号』
- 2019/01/20(Sun) -
『Wedge 2018年6月号』

この雑誌に登場している方からいただいたのですが、
ずーっと積読でした。
ふと思い立って、越年で読んでみました。

『西郷どん』が話題になってきた頃の特集のようで、
「明治に学ぶ日本のリノベーション」ということでしたが
やっぱり明治時代の急転換の政治判断とそれを支える国民のエネルギーというのは
世界的に見ても特殊な状況だったのではないかなと思います。
これを、国内の大きな混乱もなく、天皇制も維持したまま推考したというのは、
当時の明治政府の実行力や、過去よりも前を向いて真面目に考えるという日本人の気質が
大いに寄与しているのではないかと思います。
磯田道史さんの解説が分かりやすかったです。

後半の水産政策の話題で、TAC制とIQ方式について解説しているものが勉強になりました。
以前、YouTubeの番組でこの件をテーマにしているものを見ましたが、
音で入ってくる解説って、私はどうも受信感度が良くないようで思うように理解できませんでした。
こうやって文字でまとめてもらえた方が理解しやすかったです。
また、ホッコクアカエビでの資源管理の成功事例が紹介されており、
どういう風にTAC制とIQ方式が効果を生むのか分かりやすかったです。

こういう、普段接しないような水産政策についての解説が、
新幹線のグリーン車の中で、いわゆる成功者層の不特定多数の人の目に止まるのは
良いことだなと思います。





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『君の望む死に方』
- 2019/01/19(Sat) -
石持浅海 『君の望む死に方』(祥伝社文庫)、読了。

毎度毎度「理屈っぽい!」と文句を言いながら読んでいる石持作品ですが、
これはもう、タイトルからして理屈っぽさが滲み出てます(苦笑)。

ガンで余命半年となった大企業の社長。
創業仲間だった男を殺してしまったという過去を持ち、
その息子は今や自分の会社の従業員。
社長が個人的に開く研修会の場に招き、息子に自分を殺害するよう差し向ける・・・・。

過去の罪を背負い殺されたいと願う男、
復讐を誓う男、そして、その復讐を止めるために陰で邪魔をする人間。
物語の大きな枠組みは面白いと思うんですよ。
でも、それを小説にした時のストーリーの部分が、やっぱり納得いかないんですよね。

最初、てっきり、社長は同僚の息子に対して、
この研修の間に自分を殺せと持ち掛けているんだと思ったんですよ。
殺す機会を与えるから、きちんと完全犯罪になるように考えろよという課題なのかと。

ところが、何もそんな段取りは踏まずに、ただ研修会に受講生として呼んだだけ。
これで、「あの男は、いつ俺を殺しに来るだろうか、どんな方法で殺すだろうか」と
ずっと心の中で期待と不安を抱いて待っているのですが、
そもそも、「あの男は俺を殺そうとするだろうか?」という疑問があるべきではないかなと。
過去に何度も殺されそうになってるなら、最後のチャンスとばかりに襲い掛かってくるのは
予想できますが、今まで耐えに耐えていた男が、ここで暴発するか分からないですよね。

そして、殺人の狂気になりそうなものを、あえて研修施設の中に用意しているのですが、
花瓶とか、アイスピックとか、壁時計とか、なんでそんな凶暴で証拠が残りやすそうなもの
ばかりを選ぶんだよ!?と。
研修施設内でアイスピックで刺して、返り血とかあるだろうに、どうやって逃げるの?と。
そもそも、アイスピックで殺人って、簡単にできるの?失敗しないの?と。

邪魔をする役割の人物の視点からの推理は、
まぁ、理詰めだとそうなるわねという説得力はありましたが、
この話の持っていき方で、殺意なり被殺意なりを拭い去れるのかというと
そこはちょっと疑問。
冷静すぎるというか、冷たいんですよね。
頭では理屈は分かっても、腑に落ちないんじゃないかなと思ってしまいました。

というわけで、また理屈っぽい、理屈っぽいと文句を垂れる読書となりました。
それでも読んでるんだから、自己責任ですわね。




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『これだけは知っておきたいビジネスマンのエチケット』
- 2019/01/18(Fri) -
青木雨彦、尾崎みつお 『これだけは知っておきたいビジネスマンのエチケット』(世界文化社)、通読。

こちらも近所のおばちゃんにもらった本。
サラリーマンのビジネスマナーについて、漫画を使って解説してます。

ただ、漫画がくだらなすぎ(苦笑)。

まぁ、無味乾燥にビジネスマナーの教科書を読むよりは
気楽に読めるという効果があるぐらいですかね。

もうちょっと、サラリーマン社会を皮肉るような漫画が読みたかったです。




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『ゲームの名は誘拐』
- 2019/01/17(Thu) -
東野圭吾 『ゲームの名は誘拐』(光文社文庫)、読了。

年明けから、なんとなく推理小説を選ぶ日が続いています。
今回は王道の東野作品。
しかし、内容は王道ではなく、狂言誘拐を仕組んだ側の人間の目線で全てが描かれるというもの。

広告代理店に勤める主人公は、
大手自動車メーカーに対する企画提案を、直前で副社長にボツにされ、仕事を外されることに。
むしゃくしゃして夜に副社長宅を見に行ったところ、屋敷から塀を乗り越えて出てきた少女に遭遇。
家に連れて帰り、モノの弾みで狂言誘拐を仕立て上げ、2人で副社長から3億円をせしめることに。

最初に違和感を覚えたのは、副社長の屋敷から逃げ出してきた少女と
いきなり狂言誘拐の悪だくみをするか?ということ。
信用し過ぎじゃない?

結局、そこから綻びが出始めるんですが、
この後に続く主人公の慎重な段取り力を思うにつけ、
やっぱり出だしの行き当たりばったり感はちょっと変な感じです。

狂言誘拐を成立させるための2人の努力のプロセスは結構面白く読めました。
どんな仕掛けで身代金を取るのかなと。
やっぱり、誘拐モノは、身代金引き渡しの企画力と実行力が見せ場ですからね。
ワクワクして読み進められましたが、でも、最後の最後、引き渡しの場面、
ちょっと詰めが甘くないか?とも感じてしまいました。

全体的には面白く読めるんですが、
肝心要のところでリアリティが削がれてしまうようなところがあって若干モヤモヤ。

大手自動車メーカーと広告代理店のビジネス的なやりとりの部分も
なんだかリアリティの点でモヤモヤ。
大手企業の副社長の判断って、こんなのなのかなぁ?と。

面白い雰囲気はずっと保っていたのに、突き抜けるものがなかったのは残念。




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『昔むかしのこわい話』
- 2019/01/16(Wed) -
『昔むかしのこわい話』

近所のおばちゃんにもらった本。
著者(編集者?)も発行元も分からない本なのですが、
Amazonで検索したら、それらしきものが見つかったので、
全国的に何かで配布された本なのですかね?

昔話が14話収録されていますが、どれも怪談じみた怖いお話です。
知っていたのは「お岩のたたり」だけで、
初見のお話がほとんどでした。

昔話って、道徳めいた話も多いですが、
一方で、「え、これで終わり!?」みたいな話もあって、
そこから何を読み取るのか、人によって分かれそうなものもあります。

個人的には「おつなの首」が印象に残りました。
おつなは被害者なのに、最後は加害者側に入れられてしまっているようで
とても可哀そうな最期です。

日本の庶民文学も、奥が深いですね。




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『ブームの社会現象学』
- 2019/01/15(Tue) -
芹沢俊介 『ブームの社会現象学』(筑摩書房)、読了。

タイトルから、「ブームという現象」について考察してるのかな?と思ったのですが、
最初のテーマは「脳死」。
え?臓器移植がブーム!?と思ったのですが、
「ブームにはパニックの側面と社会問題の側面がある」という著者の言葉に、
あぁ、単なるその時の時事問題を取り扱ってるだけか・・・・・と思ってしまいました。

脳死問題については、今は、昔に比べれば一般化して
手術事例も多くなったと思いますが、
でも、正面切って「脳死患者からの臓器移植をどうおもいますか?」って問われたら、
ハキハキと自信もって自分の意見を言える人ってまだ少ないんじゃないかと思います。
私もそうです。
臓器移植を望む人と、臓器提供してもよいと考える人のマッチングだと割り切ってますが、
自分自身が脳死した時に臓器移植をしたいかというと答えられません。
脳死自体は、自分の意思が無くなることなので死とイコールなのですが、
でも生命機能は維持されているという点で、家族にとっては死と割り切れるかどうか。
なので私は、自分が脳死した時の臓器提供を、「私の意思はなく、家族の判断に任せます」としてます。
まあ、ある種、逃げの回答で家族には申し訳ないのですが。
でも、葬式が遺族のためにあるように、脳死した体も遺族のものだと私は思ってます。
私の意思では回復も意思表示もできないのですから。

というわけで、第1章はいろいろと考えるところがあってよい読書だったのですが、
第2章以降は全然頭に刺さってきませんでした。

「カードブーム論」なんて、テーマがテレホンカードだし、
「土地ブーム」も、バブルのピーク時の考察で、今からすると全てが嘘っぽく見えます。

さすがに、「当時話題になっていたことを考察しました」というだけの本では、
30年という時間の経過が耐えられないものになっています。
もっと骨のある論文だったら、30年という歳月も乗り越える価値のあるものになっただろうとは思いますが。




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『戦争を知らない戦後50年』
- 2019/01/14(Mon) -
毎日ムック 『戦争を知らない戦後50年』(毎日新聞社)、閲覧。

近所の家の掃除を手伝った際に出てきて、もらってきた本。

敗戦の1945年から1994年までの50年間について
各年度を4ページずつの写真と年表で解説しています。

てっきり新聞紙面に掲載された写真が使われているのだと思っていたのですが、
死体の写真も平然と出てきて、結構ショッキングな内容でした。

戦後の歴史を表現しているかという点では、
死体の写真もそうですが、事件写真に重きが置かれているような気がして、
スキャンダル重視、センセーショナルさ重視という印象です。
写真が持つインパクトを最大限利用したという感じでしょうか。
政治ネタがほとんど出てこなかったので、50年という時間における
日本の軸の部分が見えてこなくて、中途半端な印象を受けました。

自分が生まれた年以降のページは特に関心を持ってみましたが、
まだ子供だった時代なので、あんまり実感がなく、ピンと来ませんでした。
私が子供心に社会の重さを感じた出来事は、
日航機墜落事故、昭和天皇崩御、オウム麻原逮捕の3つです。
前者2つは大きく掲載されていましたが、
私の側に思い入れがある分、数枚の写真だけでは不満足に思ってしまいました。

自分が生まれる前の時代については、大きな出来事しか知りませんが、
特に事件ネタに寄っている印象のためか、知らない事件が目に留まりました。
梅川事件とか、はじまりは銀行強盗なのかもしれませんが、これはもう猟奇事件ですよね。
この事件のこと、全く知りませんでした。
日本の犯罪は凶悪化しているとか治安が悪くなってるとか言われますけど、
昔から不気味な事件は起きてたってことですよね。
ほんと犯人のモノの考え方が気持ち悪いです。

というわけで、なんだか見てて気分が滅入る本でした。




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『ロスジェネの逆襲』
- 2019/01/13(Sun) -
池井戸潤 『ロスジェネの逆襲』(ダイヤモンド社)、読了。

近所のおばちゃんが貸してくれました。
独立した本だと思って読み始めたら、半沢シリーズの第3弾でした。

冒頭、半沢が銀行子会社の証券会社の部長という肩書になっており、
「あらら、出向させられたんだっけ?」と第2弾の結末を辿るも記憶を辿るも手応えなし(苦笑)。

さて、今回の舞台は、IT企業を巡る買収騒動。
前半は、ライブドアのニッポン放送に対する敵対的買収事件を下敷きにしている感じで、
やや既視感を覚えながらの読書となりました。
ライブドアのおかげで「ホワイトナイト」とかの用語を知っていたので
すんなり読めたというか、買収事案の醍醐味いたいなものを味わえました。
そして、半沢が一体どんな形で「倍返し」するのだろうかとワクワク。

親会社の銀行と子会社の関係って、難しいんですよね。
私も、昔、メガバンクの子会社に居ました。
銀行からやってくる役員や部長といった人々はプライドが高く、
「監視しに来ている」という雰囲気がちらついてました。変なことするなよと。
森山たちプロパー社員の目で語られる銀行出向者へのいら立ちは、良く表現できているなと思います。

ただ、半沢の行動は暴走以外の何物でもありません。
というか、ちょっとリアリティに欠けるかなと。
半沢が銀行に反旗を翻した段階で「利益相反だ」という反論は銀行側から出てますが
そういう会社法上の問題の前に、そもそもグループ会社として銀行の統括力の問題ですよね。
銀行の子会社管理は、本作で描かれたほど緩いものではありません。
実際、私は子会社の経営企画部員として親会社の銀行に協議書や報告書を
それこそ毎日のように上げていました。
銀行から個々に求められるものもあれば、協議・報告ルールに従って自らあげるものも。
そして、そんな紙のやり取りだけではなく、銀行出向者がしょっちゅう銀行に報告に赴いてましたし
ちょっと問題が起こると銀行から呼び出しがかかってました。
本作の半沢のように、自由奔放にはとても動けませんよ。

というわけで、リアリティはないなと思いつつ、
ただただ、半沢がこの状況をどうやって打開していくのか、それだけを楽しみに読みました。

結果的には、半沢がウルトラCを繰り出したというよりは
敵失に付け込んだ感じが強かったですが、でも、取締役会でのやりとりはスカッとしましたね。

自分も、担当スタッフとして取締役会で議事録作成の書記役で毎回出てましたが、
こんな劇的な取締役会、1回直面してみたかったですわ。
でも、議事録書くのはめちゃ大変そう(爆)。

この本で印書に残ったセリフは、有名IT企業を去った財務担当部長のもの。

仕事の質は人生そのものの質に直結する

そう、仕事は待遇・処遇だけでは測れない価値がありますよね。
脱サラした私にとっては、すごく共感できるセリフでした。
でも、サラリーマン時代の日々も、大きな仕事をさせてもらえて、それはそれで充実してましたけどね。




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『愛と哀愁の皇室秘史』
- 2019/01/12(Sat) -
河原敏明 『愛と哀愁の皇室秘史』(講談社+α文庫)、読了。

平成最後の年が始まりました。
あと4か月は「平成最後の~」というフレーズが氾濫しそうですね。
そして、その後1年間は「新元号最初の~」となるのでしょう。

そんな折、ずーっと積読だった本作を読んでみました。
著者の作品を前回読んだときは、結構、覗き見趣味的な感じで読んだので、
今回も、タイトルも相まって、下賤の興味本位で手に取ったのですが、
思いのほか、天皇制というものの勉強になりました。

扱っているエピソードは、ワイドショー的なものが多いのですが、
そのエピソードに入る前に、皇室典範でどのように規定されているかとか、
どういう立場でそのような発言ができるのかというような仕組み面での説明があったので
皇室という組織の日本社会における法規的な位置づけが理解できて
勉強になりました。

そして、法規制がある中で、あえて逸脱すれすれの言行を行う皇族の目的も
わかりやすく解説されていましたし、それに対して憂慮される天皇の姿も
共感が持てる描写でした。

驚いたのは、明治天皇の晩年、体調を崩されてからの報道の在り方。
体調を事細かに報道し、プライバシー云々という議論の前に、
天皇が一般人と同じ生き物だということを素直に伝えていて、
「全然、現人神扱いじゃないじゃない!」と衝撃を受けました。
もっと、有耶無耶のまま、言ってしまえば虚飾された報道がされるのかと思ってました。
昭和天皇の晩年と変わらない報道レベルです。
大正天皇も同じく。
こういうことを知ってしまうと、本当に「現人神」だって、国民は思ってたのだろうか?と疑問が。
昭和前半の戦争高揚期に、国民が「現人神」扱いをするよう忖度してたってことなんですかね?
この視点での本を読んでみたいと思いました。

あと、2006年の発行なので、
直近の皇室の動静は当然含まれてはいません。
その直前にあった皇太子の人格否定発言とかは、
どのように評価しているのか、著者の見解が興味津々です。
この本で触れてほしかったなというところです。




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