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『トランプ自伝』
- 2024/02/18(Sun) -
ドナルド・トランプ 他 『トランプ自伝』(ちくま文庫)、読了。

たまたまブックオフで見つけて、「もしトラ」に備えて読んでみました(爆)。

ここ数日も、なんだか裁判の判決が出てトランプ氏が負けたとかニュースになってますが、
判決結果以上に、報道されること自体がトランプ氏の選挙戦にはプラスに働いているように
思うのですが、実際のアメリカでの空気はどんな感じなんでしょうかね?

さて、本作がアメリカで出版されたのは1987年であり、今から35年以上前。
トランプ氏は41歳の時ということで、大成功中のバリバリの不動産ディベロッパーであり、
大統領になる予感は全く感じさせませんし、そもそも政治家転身の雰囲気もありません。

しかし、本作で描写されているトランプ氏の仕事の日々を見ていると、
ニューヨークの大規模開発計画のためにニューヨーク市当局の開発許可を得たり、
家賃設定に関して、借主保護のために設定されている各種の法律について改正交渉をしたり
司法当局の長官と交渉をしたり、時には裁判をしたりと、正直、大統領時代にやっていたことと
ほとんど変わりがない印象です(苦笑)。

つまりは、都市開発というのは非常に政治的な側面を持った事業であるということと、
全ての人が賛成する都市開発というのは稀という皆無であり、
諸手を振って賛成する層もあれば、大反対する人々もいる事業だということです。

こういう、不動産ディベロッパーとして蓄積された経験が、米国大統領としても
良くも悪くも能力として発揮されていた訳であり、また、現在の裁判ラッシュに関しても、
トランプ氏にとっては、昔からやり慣れてきた日常の出来事なんでしょうね。

ビジネスマンとしての姿勢で感心したのは、情報をすべて自分に集めて自ら判断するという
情報処理能力および決断力の高さと、即断即決できる勇気とともに急ぐ必要がにないと判断すれば
何年でも保留して事態の変化を待つことができるという忍耐力、そして最終決断以外の仕事は
全て部下や外部委託際に任せて、進捗管理しかしないこと。ただし、その進捗管理は徹底しており
捗っていなかったり、考え方がおかしい人物は即座にクビにするという思い切りの良さ。
つまりは、損切りが非常にうまいんですよね。
任命した自分のメンツとかは一切考えず、ダメだと判断したその時に切る、より優秀な人材を
全力で探すという点に集中していることです。

ビジネスマンとしても、政治家としても、行動方針が明確に定まっている人は、
常に成果を求められるスタッフは大変ですが、何をすればよいのかが分かりやすいですし、
成果を出せば大きな報酬(金だけでなく経験とか名声とか)がもらえるので、
非常にやりがいのある職場だと思います。

そして、一緒にタッグを組むビジネスパートナーは、トランプ氏の真の目的さえ読み違えなければ
大きな利潤がもたらされるという点で、組み甲斐のあるパートナーであると思います。
普段から密なコミュニケーションを絶やさないことと、環境変化を敏感にキャッチするアンテナを
自分自身でしっかりと持っていくこと、そしてトランプ氏の決断スピードに負けない判断力と勇気が
必要ではありますが。

トランプ氏が大統領に返り咲いたらアメリカの政治が再び変革しそうという期待感というか、
他人事としての面白がり方をしていますが、一方で、やっぱり年齢が行き過ぎてると思うんですよね。
トランプ VS バイデン だなんて、アメリカの50代あたりの政治家はどうなってんねん!?という感じ。
それを思うと、岸田さんあたりの年齢の人が首相をやっている日本は、
高齢化社会といわれつつも、まだ頑張ってる方なのかな・・・・と思えてしまうこと自体が
なんだか非常に残念です。

とりあえず本作は、ドナルド・トランプ氏という人物のもののが考え方を知るには
良い本だと思いました。




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『日本人と中国人』
- 2024/02/14(Wed) -
陳舜臣 『日本人と中国人』(集英社文庫)、読了。

陳作品、めっちゃ久しぶり、17年ぶり

著者曰く「長編エッセイ」ということですが、読んでみた印象としては、
著者が、中国人の側にも日本人の側にもつくわけでなく、淡々と比較評価をしていて
面白く読めました。

陳舜臣氏のプロフィールをちゃんと確認したことがなかったのですが、
戦前の日本生まれのため日本国籍ですが、家業を継ぐため台湾に戻り台湾に渡り台湾国籍を取り、
しかしその後中国国籍に変え、天安門事件を機に日本国籍を取り直したとのことで、
ちょっと思想バックグラウンド的には複雑そうな雰囲気です。

本作は昭和46年発行ということなので、中国国籍を取る1973年の2年前。
まだ台湾国籍ではありますが、その当時ですでに中国に親しさを覚えるような感じだったんですかね?
文化大革命に期待するところがあったのかなぁ?

そのあたりは良く分かりませんが、本作で日本と比較される中国は、この文化大革命期の中国なので
正直、今の中国人のものの考えとは違っているように思います。
しかし、例えば、中国の歴史について、例えば王朝交代とかを中国人がどう解釈しているか等は
たぶん今も基礎は変わらないように思うので、そういう、いわゆる「中国人的な歴史や社会変革の考え方」
みたいなところに強く惹かれました。

また、本作の至る所に漢詩が出てきますが、やっぱり中国人のものの考え方を学ぶには、
漢詩の素養は外せないものなんだなと改めて感じ入りました。
日本人にとっての和歌みたいなものでしょうかね。

中国語には助詞がなく、接続詞的なものも隠れてしまっている場合があるので、
上と下の言葉が、「だから」で繋がっているのか、「にもかかわらず」で繋がっているのか
想像して補足しないといけないとのこと。
中国語は全く学んだことがないので、このことは認識していませんでした。

ある種、読み手の都合の良いように読めてしまうリスクがあり、
昔は、誤った読み方をすると、その読み手に「知性がない」「能力がない」というような評価で済んで
終わりだったのかもしれませんが、今の時代だと、切り取りで都合よく解釈され拡散されてしまうような
リスクはないんですかね?ちょっと心配になりました。
まぁ、でも、ある意味、文章というのは誰かに伝えるために書くものであり、
その文章の意味するところを読み手の解釈に一定委ねてしまう中国語という言語体系は
独特な概念で作られているのかもな・・・・と思いました。

冒頭、いくつかの事例を引いて、日本人が持ちがちな薄っぺらい中国人論を
バッサバッサと斬っていますが、こういう断片的体験をもって「中国人とは」という大きな言葉で
語ってしまう傾向は今の時代の人も良く犯してしまう誤りだと思うので、
著者のように、「なぜそんな事例が表面に上がってきたのか」という裏の仕組みをきちんと
予想しながら解釈できる人間になりたいものです。




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『ザ・万歩計』
- 2024/02/13(Tue) -
万城目学 『ザ・万歩計』(文春文庫)、読了。

著者の最初のエッセイ集とのこと。

いきなり、まえがきに、著者がなぜ小説家になったのかということについて
大学生時代の小説を書き始めたきっかけ、さらに遡って物語を創る面白さを知った高校生時代の
出来事がサクッと書かれており、「おー、こんな大事なことをこんなあっさり公表してしまうのか!」と
変に読者のこちらが驚いてしまいました。

あとがきに、この高校時代の出来事のきっかけとなった現代文の先生との再会が、これまたサラッと
書かれていますが、それを受けて、著者が、「教師はいろいろなものを生徒にぶつける。それを拾うか、
かわすか、打ち返すかは生徒次第だ」と書いており、本当にその通りだなと思います。

自分自身、小学校、中学校、高校での長い生活の中で、なぜかクッキリと記憶に残っている場面があり、
「授業中の先生の一言」「放課後の先生との会話」「私の質問に対して先生が何気なく返した一言」など
印象に残っているだけでなく、何となくそこから考え方の影響を受けているような気もします。
何気ない一言なので、「気がする」以上のことは言えないのですが。

どうせ同じ授業を受けて、同じ宿題をやるんであれば、少しでも多く先生から得られるものを増やした方が
得だよなー、と、今更ながわ思います。
当時は、そんなコスパ的考え方は持っていなかったように思いますが、無意味に反抗したり反発したり
するのではなく、先生という大人と話をするのが単純に楽しかったので、前向きに受け止められて
いたのかなと思います。

他にも、著者が中学生時代に体験したという「技術」の時間。
学校の農場で大根を育てたりするような農作業を行う授業とのこと。
これ、私は小学校でやっていて、名前は「作業」の時間でした。
著者の体験では、各自で自分の農地が割り当てられ、そこで育てた作物の出来で成績がついたとの
ことですが、私の場合は、クラス単位でみんなで協力して農作業をして、作った野菜は給食の形で
調理されてみんなで美味しく食べました。

この作業の時間、すごく好きだったんですよねー。体を動かすことも好きだったし、野菜が「成長する」
過程を観察しているのも面白かったし、草抜きとか肥料やりとか「成長させるための工夫」も
やればやるだけ成果が出たので、「科学の知識ってすごい!」みたいな体感がありました。

著者の先生との距離感とか、著者含め生徒たちの授業への前向きな参画の仕方とか、
農作業のような特徴ある授業メニューとか、なんとなく同じような教育体験を積んできたのかなと
思っちゃいました。私の偏見かもしれませんが、国立大学進学者にありがちな教育体験というか。
とりあえず、著者への親近感が湧きました。

一方で、著者の旅行体験の凄まじさにはびっくり。自分にはできないわ・・・・と。
大学生の時に、バックパッカーでヨーロッパを回り、しかも海水浴中に着替えも含めて全財産を
盗まれたり、モンゴルの遊牧民の調査研究をする学者にくっついてタイガで生活したり、
タイの島で怪我をして現地の人々に介助されたり、結構、無謀な旅をやってます。
たぶん、小説家としては大きな財産になった体験なんだろうなと思います。
実際に、モンゴルで見た景色が『鹿男あをによし』に繋がってるぽいですし。

他のエッセイで、著者がサッカーを見にいきなり北朝鮮に行っちゃったりするのは、
こういう土台の体験があるから、一般人とは感覚が違うんだなと理解できました。

最後、文庫版あとがきで、「壊れかけのRadio局」の後日談が書かれており、
仕事中にBGMで流しているコミュニティFMの女性DJが、あまりにも嚙みまくるのでストレスだと
本文で書いてあるのですが、後日、そのFM局についに苦情のメールをいれたとのこと(爆)。
どんだけ酷いんだ?という感じですが、コミュニティFMの7時台の番組なんて
ほとんど聞いてる人がいないのかもね。
翌日ちゃんとFM局から返信があり、慇懃な文章でほぼノー回答な改善策・・・・どこまでも面白いです。




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『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか』
- 2024/02/11(Sun) -
城繁幸 『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか』(ちくま新書)、読了。

『若者はなぜ3年で辞めるのか?』が大ヒットした著者の続編的な本。
前著は、年功序列の罪について解説した本でしたが、
就職氷河期真っ只中で就職活動をした私にとっては、
「よく言ってくれた!」と思う反面、著者が提示した解決策には疑問符な感想でした。

本作は、その大半のページを、会社を早々に辞めた後の進路について
様々なキャリアの人にインタビューを行い、その一人一人の人生を紹介し、
「こんな生き方もあるよ」「この人はここで昭和的価値観に見切りをつけて自分の人生を切り拓いたんだよ」
というメッセージを訴えかけてきます。

ケース紹介が続くので、各登場人物たちの人生を興味深く読ませてもらいましたが、
しかし、散漫な印象も持ちながらの読書でした。

が、最後の最後、「新聞を読まない人間はバカであるということ」「左翼は労働者の味方であるということ」
という、2つの昭和的価値観をぶった斬る章に入った途端、
強烈な左翼批判、連合批判、メディア批判が始まり、「急にどうした、どうした!?」という感じで
こちらも慌ててしまいました(苦笑)。

著者の言うように、ロスジェネ世代が生み出されてしまい、しかも未だにこの世代に極端に
社会全体のしわ寄せが行ってしまっている状況について、「世代論」で串を通して
年功序列制度や終身雇用制度、その後のリストラ断行や成果主義の導入などを語ると
分かりやすいです。

しかし、世代論で切ってしまうと、左翼も連合もメディアも、その中心にいる団塊世代や
その次の世代が批判の対象になってしまうため、世代論は受け入れられないとして、
政府批判や政策批判、企業経営者批判に向かうという解説は、説得力がありました。

実際、私たちロスジェネ世代は、左翼的な上の世代に比べると保守寄りだと言われることが多いですし、
成功した経営者たちの言葉に学ぼうという姿勢もあり、またホリエモン等の起業家を
好意的に見ている人も多いのではないかと思います。
決して、政府vs我ら、資本家vs我ら、みたいな対立構造では世の中を捉えていません。

先日、山田玲司氏のYoutubeチャンネルを見てたら、
MCの奥野氏が、自らが属するロスジェネ世代について熱く語っている動画を見つけて、
とても共感してしまいました。
私自身は、同世代の中でも、就職活動はうまくいったし、就職後もいろんな仕事を経験させてもらい、
外部研修にも出してもらい、辞めて自分で事業やりますと申し出た時も、
引き留めてくれましたし、最後は頑張れよと言ってもらえました。辞めた後も公私にわたって
元上司や元同僚には支援してもらってます。
だから、ロスジェネ世代の中では恵まれた人生を歩めている自覚はありますが、
しかし、奥野氏の叫んでいる内容、特にマインドセットの部分は、まさに自分のことだなと思ってしまいます。

マインドセットに関しては、幼少期からの社会環境による影響も大きいと思うので、
もしこれから大好景気が訪れて、自分の生活が急に豊かになっても、
闇のマインドセットを抱え続けるような気がします。
「この好景気は幻だ、いつか終わるんだ」と悲観してそうな気がします。

どんなに社会のしわ寄せが来ようとも、マインドセットの5番目の「自己責任」の諦観があるため
「どんなに辛い仕打ちを受けようと仕方ない」という諦めで逆に何とか乗り越えられてしまうところは、
人間って、生きていくためには、強さを持っているんだなぁ・・・・と他人事のように思ってしまいました。

この諦観を持てない場合、玲司氏が言う「上の世代はおんなじ努力してもより多くの果実をもらっている」
という事実に気づいたら、社会からドロップアウトしてしまうか、もしくは上の世代に直接刃を向けるような
行動に出てしまうと思います。諦観があるからこそ、そんな得してきた上の世代となんとか同じ社会の中に
共存できているのではないかと。

最近、漫画原作者の自殺事件があったために、久々に山田玲児氏のチャンネルを見返しており、
この奥野さんの動画も再見したばかりだったので、本作の内容とリンクしてきて、
当事者世代としていろいろ考えてしまう読書となりました。






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『モダンタイムス』
- 2024/02/08(Thu) -
伊坂幸太郎 『モダンタイムス』(講談社文庫)、読了。

半分旅行みたいなお気楽な東京出張があったので、そのお供に、上下巻の大作を持参。

いきなり拷問シーンから始まり、「うわー、痛い系の伊坂作品かぁ・・・・」と思いながらも、
拷問を受けている主人公の軽妙洒脱なユーモアに救われ、なんとか読んでいけました。

拷問から脱すると、主人公が勤めるIT企業が受注してきた謎のシステム改修プロジェクトに
無理やり投入され、その現場から蒸発した先輩の残したものを見ているうちに、
謎の闇の部分に気づいてしまい・・・・・・。

「世の中の真相解明」という物語は、やっぱりワクワクしますよね。
自分が見ているつもりの世界は、本当は存在していないのかも・・・・・みたいな
現象学みたいなものをモヤモヤと考えながら読んでいました。

主人公たちが闇に近づいていく様子を読んでいるうちに、
伊坂作品を好きな読者の内、陰謀論に惹かれていく人ってどのくらいいるんだろうか?と
余計なことが気になってきました。

「みんなが現実だと思い込んでいる事象は、本当は丸ごと嘘なのかもよ」と突き付けてくるような
どんでん返しの展開が多い伊坂作品。
私は、「必ずしも目に見えている事象や、みんながそうだと思っている事象が正しいとは限らないから
常に自分の頭でよく考えて向き合わないとね」というような感想を持つのですが、
もしかすると、同じ作品を読んで、「そうか!世の中の事象にはずる賢い権力者が隠している裏側の
真実があるんだ!騙されるな!」という陰謀論に傾倒していく人も一定数いるのかな・・・・と。

フィクションのエンタメだと位置づけて、そこから普遍的な教訓を引き出して満足している自分と、
現実社会の出来事と本作の内容をシームレスに並べてしまって、現実と虚構が混じってしまう
陰謀論好きな人と、何が違うんだろうか?と。
要は、伊坂作品を相応の数で読んでいる自分も、何かのきっかけで陰謀論者に陥ってしまう
懸念はないのかしら?という恐怖をヒシヒシと感じながらの後半の読書でした。

この自分が抱いてしまった懸念に対する答えは、終盤、本作で繰り返し表現された
「そういうことになっている」が肝なのかなと気づきました。
「そういうことになっている」のが、人間社会というのはそういうものなんだ、という諦念というか
割り切りというか、漠然とそういうものだと受け止められるような人はエンタメ派。
「そういうことになっている」のは、「特定の『アイツ』のせいだ!」「特定の『アノ組織』のせいだ!」と
何か一つのものに原因を求めたがる人が陰謀論派。
こんなザックリとした感覚になったのですが、いかがでしょうかね。

私自身は、大学生のときにちょこっと構造主義をかじったので、
エンタメ派の思考回路が受け入れやすいのかなと。

陰謀論諸氏が、伊坂作品とか、どんな風に評価しているのか
ちょっと気になっちゃいました。

と、本作の内容とは全く関係ないことに気を取られながら読んでましたが、
謎のシステム改修プロジェクトから、中学校での虐殺事件、超能力の話まで、
こんなにいろんな要素を用意しながら、きちんとストーリーとしてはまとまっているように感じたので
良くできた作品だったと思います。

解説にも書かれていますが、ユーモア、伏線回収、真相究明という
伊坂作品三大要素がバランスよく構成されているように感じました。






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『熱波』
- 2024/02/07(Wed) -
今野敏 『熱波』(角川文庫)、読了。

沖縄を舞台にした作品。

主人公は自治省から沖縄県庁に出向になった若手官僚。
出迎える沖縄県庁側は、国際都市形成構想の推進室。
革新派の知事のもと、政治や行政とは異なるサービス業出身の補佐官が中心となり
沖縄が台湾などのアジア諸国と独自の経済圏を築こうとしており、
彼らは「コスモポリスを目指す」と言いながら、その陰に沖縄独立論も見え隠れし・・・・・。

今野作品は、警察小説を中心に読んできましたが、どちらかというと日本の行政組織の
歪みみたいなところを突いた作品が多い印象でした。
しかし、本作は、沖縄独立という、センシティブな政治問題を真正面から扱っており、
ちょっと毛色の違う作品です。

正直、終盤の手前までは、あんまり面白さを感じられませんでした。
まず、主人公の若手官僚君があまりに世間知らずなお坊ちゃんなこと。
沖縄問題に詳しくないのは、まあ、担当じゃなかったんだから仕方ないにしても、

補佐官が副業で営んでいる飲み屋を出たところで、中華系の人間に襲われ、車に押し込まれようとした
出来事について、自分が狙われた事件だと考えず、人違いかな?で済ませてしまうのは
あまりにも暢気すぎて異常な印象を持ちました。
少なくとも、出向を命じた上司には報告すべき事案では?

こんな感じで、主人公の身の回りで起きる不可思議な事象について、
ほとんど主人公自身は深い興味を持たずに流してしまいます。
なんで???

そして、事件性のある出来事以外にも、沖縄県庁の職員たちが言葉の端々に見せる
「沖縄独立」や「中央政府への不満」については、タイムリーに上司に報告すべきことでは?
と思わずにはいられません。
沖縄県庁側の動きを、ある意味スパイしてくるようにという趣旨の出向であることは
本人も理解しているわけですから。

本作の刊行年は1996年なので、今みたいに、どこに居てもメールで連絡が取れるような時代ではなかった
ということは理解していますが、それにしても、電話一本すら上司に報告を入れないのは不可解です。

そんな主人公が、終盤に発生する台湾マフィア同士の抗争事件に巻き込まれ、
沖縄県庁に緊急の対策室が設けられて、そこのメンバーに組み込まれるところから
急に官僚として、人間として成長をしはじめ、どんどん役に立つ人材になっていきます。

そりゃまあ、環境が人を作る、立場が人を育てるという側面があることは私も同意しますが、
それにしても都合よく成長しすぎじゃないかと思ってしまいました。
主人公だけでなく、同僚の沖縄生まれの無感情無感動職員まで
急に生き生きとマフィア対策のアイデアを出し始めてるし(苦笑)。

というわけで、登場人物たちには最後まで気持ちが乗っていかない作品ではあったのですが、
沖縄を巡る政治問題、特に、中央と沖縄、米軍と沖縄、中華系と沖縄、という対立構造を
台湾マフィアの抗争事件という派手な枠組みの中で、一気に際立たせて論じていく展開が
非常に面白かったです。

現在の沖縄を巡る状況においては、ネット保守の人たちは、沖縄県知事の言動を批判し、
その大陸への親密ぶりを懸念する人が多いですが、本作では、台湾マフィアの沖縄進出を扱っており、
沖縄を巡る海外勢力の中心が、台湾民間人から中国共産党へ移ったということなのかなぁ?と
沖縄情勢にはあんまり詳しくない私としては、どの程度フィクションなのかが測りかねました。

そして、屋良知事が、腹が座りまくりのヒーローみたいな存在で、
沖縄どころか日本全国探してもこんな逸材居ないだろうというような男前な人物ですが、
正直、それぐらいのスーパーヒーローが出てこない限り、沖縄の捻じれた政治状況は
打破できないんだろうなというような、諦念にも似た感情が湧いてきました。

この知事や補佐官みたいに、「沖縄の発展のためなら何でも利用する」という強い気持ちが、
本当に沖縄の発展を目指して実行に移されたら、本作の大団円のような展開になりうるのかなと。
しかし現実には、「沖縄のため」と口にしながら、「自分のため」「支援者の業界のため」「某国のため」
みたいな、本音の目的との乖離があるから、結局、沖縄の人たちが置き去りにされていくのかなと。
そのあたりの、残酷な現実は、この作品の終盤での登場人物たちの描写と、
現実の沖縄を巡る問題で報道される事々を比較することで、残念な思いが沸き上がってきます。

個人的に最も興味を抱いたシーンが、台湾マフィア同士の抗争に過ぎなかった事件が、
港湾労働者の暴力的な蜂起に発展していったプロセス。
台湾マフィアの抗争と、港湾労働者が自分自身置かれている環境と、
合理的にその因果関係を説明することは本人にもできなかったであろうに、
なんとなくの雰囲気で、「このやろー!」と怒りが爆発してしまい、
その怒りの気持ちが周囲に居る同じ境遇の人たちに瞬間的に伝播してしまう
この恐ろしさが理解できる描写でした。
あ、時々ニュースになる「なんで、こんな非合理的な騒動がこの規模で起きるの?」という事件も
きっとこんな感じで発生したんだろうなと思えてしまいます。

小説作品としてはイマイチな感じでしたが、
沖縄を巡る社会問題を分かりやすく表現した作品としては、非常に興味深いものでした。




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『リーダーのための仕事論』
- 2024/02/06(Tue) -
丹羽宇一郎 『リーダーのための仕事論』(朝日新書)、読了。

ブックオフで新書をドカ買いしてきたときに、買ってきた本。
正直、著者の本は、あんまりよい感想を覚えたものがないのですが、
ドカ買いのストレス発散の勢いで買ってしまいました(苦笑)。

で、結局本作も、「仕事論」と言いつつ、そこまで体系だった話ではなく、
思いつくままに述べました・・・・という感じです。

昭和のストロングスタイルで仕事をやり、成果を上げてきた人ですので、
やはり仕事論としても「強さ」「ストレートさ」「濃度」みたいな要素が明確で、
いかに常識の壁や上司の保身の壁、部下の弱気の壁を突き破るか、みたいな
突破型の仕事論です。

それでビジネス界の歴史に残るような成果を出してきたのだから、
それはそれで一つの成功の型だと思います。
しかし、今の時代に、リーダー側に立つ者が、このストロングスタイルを真似するのは
なかなかにしんどいだろうなと思います。

当人に、ストロングスタイル的な性格があればマッチするかもしれませんし、
例えばベンチャー企業として立ち上げる時の創業者が、
「俺はストロングスタイルで行く!」と決意し、仲間や部下にも堂々と宣言してやっていくのであれば
そういうスタイルに共感する人やついていける人が集まってくると思うので
うまくいくこともあるように思います。

しかし、既存の企業で下からリーダーの立場に上がっていこうとする人たちにとっては、
もうちょっと調整型の要素も持ち込まないと、今のご時世、辛いんじゃないかなと思います。
もしくは、調整型の優秀な人材を参謀として抱えるかしないと。

まぁ、いつもの自慢本だと思って読めば、ビジネス成功譚としては面白かったです。




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『安売りしない会社はどこで努力しているか?』
- 2024/02/04(Sun) -
村尾隆介 『安売りしない会社はどこで努力しているか?』(大和書房)、読了。

価格競争ではなく、価値の創造で勝負しろという本。

言っていることはシンプルで、簡潔にまとめられているので
サクサク読めます。

どこかで読んだことがある内容ばかりではあるのですが、
無駄のない文章で分かりやすく書いてあるのと、
具体事例として出てくる会社の話が、有名企業の聞き飽きたエピソードではなく、
「こんな会社あるんだ!?」というような中小零細企業の話を持ってくるので、
新鮮な気持ちで読めますし、自分に身近な話として読めるので、学びが多いです。

この手の本で、大企業の成功譚を読まされても、あっちの世界の話でしかなく、
「こっちは3人でやってる会社なんだよ!」って反感もっちゃったりします。

そういうところが、この本にはなかったので、読みやすかったです。




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『ジャーナリズム崩壊』
- 2024/02/01(Thu) -
上杉隆 『ジャーナリズム崩壊』(幻冬舎新書)、読了。

著者のヒット本である『官邸崩壊』にちょっと乗っかった感のあるタイトル(苦笑)。
まぁ、たぶん著者のせいではなく、編集者のせいだとは思いますが。

他の本で何度も繰り返し書いている通り、著者の主張の主軸は「記者クラブ」制度のおかしさ。
特定の新聞とテレビの記者で作った記者クラブが、政府や官庁、地方自治体の記者会見を仕切り、
その他のメディアを排除して情報を独占しようとする枠組みを制度化して確立してしまった
日本のメディアへの批判が、本作でもこれでもかと展開されています。

正直、「記者クラブのおかしさはもうわかったから・・・・・」と食傷気味になってしまうところもありますが、
一方で、ここまで真正面から批判しているのは、やっぱり著者ならではのところがあるので、
上杉氏が批判を口にしなくなったら、放置状態になっちゃうのかもね。

本作では、上杉氏がNYタイムズの東京支社の記者として働いていた時のエピソードを中心に、
NYタイムズやアメリカ式ジャーナリズムの世界から見て、日本のメディアがいかにおかしいかを
具体的な出来事を使いながら解説しているので、分かりやすかったです。

上杉隆氏の最近というと、NHK党の幹事長になったと思いきや、2年ほどで辞めたりしてて、
「いったい何やってんだか・・・・・・」と思って見てました。

幹事長になった時点で、「ジャーナリストが政治に首を突っ込むなんて・・・・・結局お前もナベツネかよ」
なーんて色眼鏡で見ちゃってました。しかも、NHK党だし・・・・・。
ところが、本作を読んだら、民主党の鳩山邦夫議員の元で秘書をやっていたということで、
政治とジャーナリズムの世界を行ったり来たりしてる、日本人の経歴としては特異な人なんだな・・・・と
ますます色眼鏡で見てしまいました(爆)。

しかし、本作を読んでいくと、そういう政治の世界にどっぷり漬かっていた経歴を
NYタイムズの編集長は、むしろ情報源と特殊なルートを持っている人物として評価しており、
あー、アメリカのメディアは、そういう部分を評価するのか・・・・と目からウロコでした。
確かに、アメリカなら、多数派ではないにしても、ジャーナリストの中に、
メディアと政治の世界を行き来する人は一定数居そうに思えます。
まぁ、私自身も、日本人的な潔癖症的思い込みの中にいたということでしょうか。

2024年の今時点のNHK党(というか、みんつく党?)のお家騒動とか見ちゃうと、
イロモノ泡沫政党という印象を持ってしまいますが、冷静に振り返ってみると、
著者が幹事長をしていた2019年~2021年あたりって、党勢拡大をしていた時期で、
ホリエモンとかメンタリストDaiGoとかが立花党首の戦略を積極的に評価していた時代で、
私自身、何かやってくれるかも・・・・と期待値を高くしていたのは確かです。

その後、支持者獲得の方法が、NHKワンイシューでの明確な主張の発信とトリッキーな選挙政策から、
政治とは無関係なセンセーショナルなネタを扱ったり支持者の意見で党の方針を決めたりという
大衆迎合的な路線に変化していったので、上杉氏の政治・政策的な視点が党の中心に
無くなっちゃったのかなぁ・・・・・と感じました。

このカオスな状況で、浜田議員とかは一人で国会質問とか頑張っている印象ですが、
浜田議員と上杉氏のタッグは、ちょっと見てみたかったかも。

とりあえず、みんつく党は、あの新党首と立花一派との内紛問題をなんとかしてほしいですわ。
本の感想とは全く関係ない感想で締めてしまってすみません(苦笑)。




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『東京珍景録』
- 2024/01/31(Wed) -
林望 『東京珍景録』(新潮文庫)、通読。

ブックオフで目に留まって、パラパラッとめくってみたら、東京の街並みの写真がたくさん
収録されているようだったので、タイトルもあって、「VOW」みたいなものかな?と
軽い気持ちで買ってきました。

読み始めたら、「序」の時点で、「想像力」「再構築」「情報を閑却」「ハレとケの二元論」
というような小難しい単語が並んでいて、うーん、「VOW」じゃない感(苦笑)。

ただ、本文に入って、実際に著者がどこをどんな気持ちで散歩して、
どんな景色に遭遇して、写真で切り取ったものに何を感じるのか、
そのエッセイは「へー、東京にこんな景色があるのか・・・・・」と、東京を再発見するようなものもあり
興味をそそったものもあれば、やっぱり本文でも小難しい解釈もあり、
学者先生は日常の散歩も頭使うんだな・・・・・みたいな感想で終わってしまいました。

一番興味を惹かれた写真は、水道塔。
掲載されている写真は、まるで日本の景色ではないような、東欧のような風情を感じます。

写真を見る感じ、結構、大きな構造物っぽいのですが、
写真が全部ヨリの構図のため、近隣環境とどんな感じで共存しているんだろう?という疑問は
残ったままです。
1個、幼稚園越しの水道塔の写真がありましたが、幼稚園というもの特徴的な空間なので、
もっと日常生活が展開されているような街並みと水道塔がどのように共存しているのかが
気になってしまいました。

もし、東京に住んでいたら、自転車に乗って見学に出かけてただろうな。




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