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『できる社員はやり過ごす』
- 2024/02/28(Wed) -
高橋伸夫 『できる社員はやり過ごす』(日経ビジネス人文庫)、読了。

たまたまブックオフで見つけて買ってきた本。
「やり過ごす」というフレーズが気になったもので。

前半、日本の会社組織における係長や課長の中間管理職の嘆き、
上からいろんな仕事を思い付きかのように振られ、下からは助けてください!という声に対応し、
時には代わりにやってあげたりして、いろいろ加勢しているうちに、自分の仕事は全く進まないまま
その日の終業時刻を迎え、いつも通り残業突入・・・・・・。

この描写は、どこの会社もあるあるですよね。
組織の歪みを中間管理職が力技で解決している状態。
でも、なんだかんだで解決してしまうから、組織のトップにとってみたら
無理に組織改革をしなくてもいいじゃないか・・・・となってしまう状態。

それに対して、有用度の低いものや確度の低いものは「無理に慌てて対応せずやり過ごす」という
マル秘テクニックが、デキる中間管理職には必須のものとなってくるという調査は
読んでいて面白かったです。

私自身、何かのセミナーで講師が、「全ての仕事に全力で向かってたら死んでしまし
非効率だから実は上の人からは評価されにくい。むしろ、力の入れ所や抜き所が分かっている人の方が
上からの信頼は厚くなり新しい仕事に抜擢されやすい」という話をしていて、
「あ、そりゃそうだ!」と気づいてからは、意識して、上司の指示や同僚からの頼みごとの
「重要度」と「確度」を確認しながら優先順位付けするようになりました。

そして、重要度の低いものや確度の低いものを、手を付けずにとりあえず様子見していると、
いつの間にか案件が立ち消えになっていったり、別の方向性の指示で上書きされたりで、
あんまり「なんでやってないんだ!」と怒られた記憶がありません。

というわけで、後半は、この「やり過ごし」のテクニックの話になるのかな?と思ったのですが、
なんだか「未来傾斜」とかいう独特なフレーズのもとで抽象的な話になっていったので
あんまり刺さってきませんでした。

まぁ、20年前の本だと、バブル崩壊を迎えた日本社会の経済状況に対する評価も
まだ甘い見通しだったように思うので、これは時代のせいということで収めるしかないですかね。
前半が、様々な企業の人事部などを起点にした実地調査を踏まえての論考だったので
非常に面白かった分、後半の失速が残念でした。




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『ま、いっか。』
- 2024/02/27(Tue) -
浅田次郎 『ま、いっか。』(集英社文庫)、読了。

著者のエッセイを読むのは初めて。

第一章は「男の本懐」というタイトルで、いきなり容姿の話。
肌艶だの、デブだの、美人だの、今のご時世の感覚で読むと、
「おー、なんだか炎上しそうなことを、さほど気にせず気楽に書いちゃってるぞ!」と
読んでるこちらが不安を感じてしまう内容でした(苦笑)。

私自身、言葉狩りみたいな今の世情は良くないと思ってるのですが、
一方で、表現者は、一応、世間がどんなことに反応しそうか予想して書くというリスク管理は
お金もらってるなら一定程度必要なのでは?と、ビジネスライクに感じてしまう面もあります。

2000年代前半に女性誌に連載されたエッセイのようですが、
「おー、これを女性誌に載せても特に何も批判されない時代だったんだなぁ」と隔世の感です。
ただ、この女性誌もWikiで見ると「月刊美容誌」と紹介されているので、
この手の発言を炎上させる意識高い系の人々が読んでいる雑誌とはちょっと違いそうです。
まぁ、見つからなければセーフなのかな。

面白かったのは、著者の小説家に至るまでの経歴やバックボーンが分かったことです。
祖父は武士家系、祖母は芸者、父親が成金的に金回りが良くなり、
子供の時はお坊ちゃんとして特に着るものにうるさく躾けられ、
社会に出たらなぜか陸上自衛隊に入隊、除隊後にアパレル業へ・・・・・。
いやー、この経歴、前後が全然つながらなくて興味津々です。
なんで自衛隊行ったの?みたいな。

幼少期のエピソードも、なんだか子供の感覚として見ると歪んでる感じがあって、
著者の作品に私自身がいまいち乗り切れないものを感じるのも、
実は、この幼少期体験のギャップにあるのかも・・・・・と思っちゃいました。

ちょっとエッセイは肌に合わないような印象を持ってしまいましたが、
著者のことを取材対象として据えた評論などは面白く読めるかも・・・・と思っちゃいました。




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『国家と教養』
- 2024/02/26(Mon) -
藤原正彦 『国家と教養』(新潮新書)、通読。

ブックオフの100円棚で、「あ、正彦先生だー」と、名前だけ見て買ってきましたが、
家に帰って、ドカ買いしてきた本について「買いたい本/買った本リスト」を更新していたら、
「そういえば、正彦先生のこの手の右っぽい感じの本、ダメだったんだった・・・・」と
冷静になって気づきました(爆)。

日本人だから、日本の文化に誇りを持ったり、日本人として正しいふるまいをしようと思ったり、
そういう心は大事だと思います。
でも、正彦先生の日本人論、日本論は、なんだか気持ちが強すぎて、読んでいてしんどいんですよね。

そして、かなり思い込みが激しいというか、独善的というか・・・・・。
どこまで客観的に検証された日本人論なのか疑問が湧いてくるところも多くて、
あんまり素直に読めないんですよね。
信じて読むと、なんだか誤った方向に考えを固めてしまいそうで、恐怖があります。

エッセイストや小説家が自分なりの日本人論を語るのはそんなに客観性は気にならないですし、
評論家が幅広く様々なジャンルのことを語るのも、評論家なりの多様な情報収集力から来る
面白さを感じられることが多いので、不安より期待の方を強く感じるのですが、
やっぱり学者先生には、ご専門の分野の本での活躍を期待したいです。
専門外の分野について意見を述べた本って、どこか独善的な雰囲気を感じ取ってしまって、
なかなか腑に落ちた!っていう感想を持てる本が少ないように思います。
まぁ、自分の学者先生への偏見というか、偏った期待値のせいかもしれませんが。

うーん、『国家の品格』、まだ読んだことないのですが、
読むのどうしようかなぁ・・・・・・。




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『日本陸軍がよくわかる事典』
- 2024/02/23(Fri) -
太平洋戦争研究会 『日本陸軍がよくわかる事典』(PHP文庫)、通読。

近所のおっちゃんから山のようにもらった本の中にあった一冊。

こういう「〇〇研究会」とか「〇〇委員会」とかいう著者名で政治的なテーマを扱う時って、
その匿名性が気になっちゃうんですよね・・・・・変な思想を押し付けてこないか、
正しい情報が使用されてるのか等々。
どういうスタンスで書かれた本なのか知ったうえで読み始めたいので、
やっぱり個人名は出してほしいです。
まぁ、立場的に名前出せない人もいるのかもしれませんが。

本作は、最後の著者プロフィール欄にきちんと執筆者名が書かれていました。
そこはきちんとしていると思いますが、だったら責任執筆者として表紙にもその名前を
入れてほしいなぁと思います。

というわけで、やはり日本の近代戦争を扱った著作物は、自らの主張を強めるために
時に虚偽や粉飾を織り交ぜる輩が居るので、注意して読まずにはいられません。
「朝日新聞」という大看板で嘘をばらまく輩も居てしまうぐらいですから、
組織の大きさなんかは関係ないですよね。

で、本作ですが、変に当時の陸軍の軍人や兵隊たちに感傷的になることもなく、
はたまた政府や参謀本部のお偉いさん方を滅多打ちに批判するのでもなく、
非常に淡々と事実を記録していく姿勢に好感が持てました。

そもそもの日本陸軍の歴史って、実はあんまり意識して読んだことがなかったなぁと
第1章は勉強になりました。

そして、第2章で、「郷土の誇り」として兵隊さんになった人々を地元の住民がどのように
見ていたのか、お上から末端の国民までが上手くまとまっていた時代と、
その後の強制的な翼賛政治の雰囲気の醸成が理解できました。

後半は、兵器や武器、戦闘機などのかなりマニアックなデータが並ぶので、
私としては飛ばし読みになっちゃいましたが、しかし後世に戦争資料として伝えるには
写真素材もふんだんに使われており、便利な資料なのではないかと思います。

兵器だけでなく、戦地での兵隊さんたちの写真がたくさん挿入されており、
その雰囲気を知ることができました。

教科書に使われているような写真素材は、出元がはっきりしている写真で、
なおかつ歴史の記述に重要な場面を切り取った写真ということで、
どうしても同じ写真を使うことになりがちなので、実は戦争の写真で見ているものって
種類は少ないと思います。
本多勝一氏の著作などには様々な戦争の写真が掲載さえていますが、
どこまで本物なのか、どこから誤報や捏造なのか、正直紙面を見ただけでは
素人には判別できないですからねぇ・・・・・。

結局、数少ない真っ当な資料写真と、あとは戦争映画などでイメージとして情景を記憶しているだけで
本当の戦争の姿を、私たち後世の人間はほとんど理解できていないんだろうなと思いながらの
読書となりました。




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『対中戦略』
- 2024/02/22(Thu) -
近藤大介 『対中戦略』(講談社)、読了。

テレビやネットで中国問題を扱う時によく登場する著者。
報道番組というよりは、報道バラエティの方でウケているように思います。

理由は、著者が、テレビ的なプロレスにきちんと乗ってあげるから。
生真面目に中国情報を解説するのではなく、他の出演者(主に芸人的ポジションの人)から
「この人は中国のスパイだから」と言われて、笑いでオトしてコーナー終了みたいな展開が多いです。
だから論者としては軽く見られているところが多いように感じますが、中国側の要人にきちんと取材を
できだけの人的ネットワークをもっているのは確かだし、またフットワークの軽さもあると思います。

たまたまブックオフで見つけたので、著作では、どんなノリで文章を書いてるのかな?
テレビのノリだったらちょっとキツイな・・・・でも週刊誌次長だからそんなノリかも・・・・・と
若干不安を覚えながらの読書でしたが、杞憂でした。

とても冷静な文章で、分かりやすく整理された情報で、しかも著者自身の中国生活体験に
裏打ちされた中国人の思考回路の解説や、デモの現地で感じた中国人の感情の解説もあり、
とても勉強になりました。

本作は、習近平国家主席が誕生した直後に発行された本のため、
話の主眼に、「どうやって習近平が権力を手に入れたか」「習近平政権と前政権との違い」というような
解説にページを割いていますが、共産党内の派閥や、江沢民氏、胡錦涛氏との関係性など
詳しく書かれており勉強になりました。

しかし、さすがにチャイナウオッチャーの近藤氏であっても、2期10年を前提に考えており、
まさか2024年の今日、3期目に突入しているとは思ってもいなかったでしょうね。
昨年暮れに、共産党の大会で胡錦涛氏が無理やり退席させられた事件が
すわ失脚か!?と騒がれましたが、このあたり、近藤氏のYoutubeチャンネルも見ましたが、
改めて落ち着いて著作で解説されたものを読んでみたいですね。

中国の国家戦略に関しては、中華思想の実現とか、中華の復権とか言われますが、
表向きの掛け声はそうだったとしても、所詮は権力者個々人の権力闘争の道具にすぎないのかなと
本作を通じて思うようになりました。

もちろん、取ってつけたような形だけの国家戦略では、話の内容がどこかで破綻してたり、
中国人民13億人を酔わせるようなものにはならないでしょうから、練りに練ったものだと思いますが、
その戦略が実現するかどうか、今の戦略が変わるか否かは、権力闘争次第なところが
夢がないというか、極めて現実的というか。

結局、この民主主義が溢れた世の中で、開放路線を取って諸外国と密接な貿易関係を築きながら、
国内での不満の噴出が、天安門事件のような危機的な状況はあったとはいえ、
今のところ抑え込めていられるのは、経済が成長してきたからですよね。

共産党の独裁体制が続き、コロナ禍の完全封鎖政策のようなものが強引に行われ、
経済的に力をつけた民間人起業家が出てくると突然捕まえたり消息不明にさせたりしてしまう
そんな恐ろしい国家体制がまがりなりにも維持できているのは、圧政や経済格差で多くの不幸な人を
産んだとしても、それ以上に多くの生活が豊かになった層がいるために、かき消されるんだろうなと。

あと、基本的な中国人の性格として、商売熱心なところがあるから、儲けのチャンスがあれば
今の不幸に不満を漏らすよりも、明日の儲けに飛びつき全力で努力することに集中するんだろうなと
思ってしまいます。日本人の愚直な勤勉さとは違う、商売人的な努力志向だと思います。
理念とか道徳とかよりも、とにかく稼ぐにはどうしたらよいか?を考え、工場労働ではルールを守った
方がよりよい工員として仕事が回ってくるから稼げるというような損得勘定があるように思います。
だから、得じゃなければルールは守らない。

こういう観念の上に成り立った国では、経済が傾いたら、一気に国家崩壊してしまうリスクを抱えている
ように思います。明日の儲けが不透明になり、明日の損失が明確になったら、
一気に不満が噴出して、共産党一党独裁体制に反発が起きるように思います。

そして、習近平政権が3期目に入ったのは、習主席個人の権力欲が理由でしょうけれど、
習主席の立場を脅かす次世代のリーダーが出てきていないところに問題があるのでは?と
思わずにはいられません。さすがに米国と肩を並べる中国を作り上げた国家主席としての
実績があったとしても、「後継者はこの人だろう」という世論の読みがある程度できていたら、
さすがに2期10年というルールは簡単には反故にできないと思うんですよね。

中国の不動産不況は少し前から盛んに言われていますが、果たして、Xデーはいつになるんですかね?
Xデー前に、習主席はうまく勝ち逃げするような気もしますけど・・・・。




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『トランプ自伝』
- 2024/02/18(Sun) -
ドナルド・トランプ 他 『トランプ自伝』(ちくま文庫)、読了。

たまたまブックオフで見つけて、「もしトラ」に備えて読んでみました(爆)。

ここ数日も、なんだか裁判の判決が出てトランプ氏が負けたとかニュースになってますが、
判決結果以上に、報道されること自体がトランプ氏の選挙戦にはプラスに働いているように
思うのですが、実際のアメリカでの空気はどんな感じなんでしょうかね?

さて、本作がアメリカで出版されたのは1987年であり、今から35年以上前。
トランプ氏は41歳の時ということで、大成功中のバリバリの不動産ディベロッパーであり、
大統領になる予感は全く感じさせませんし、そもそも政治家転身の雰囲気もありません。

しかし、本作で描写されているトランプ氏の仕事の日々を見ていると、
ニューヨークの大規模開発計画のためにニューヨーク市当局の開発許可を得たり、
家賃設定に関して、借主保護のために設定されている各種の法律について改正交渉をしたり
司法当局の長官と交渉をしたり、時には裁判をしたりと、正直、大統領時代にやっていたことと
ほとんど変わりがない印象です(苦笑)。

つまりは、都市開発というのは非常に政治的な側面を持った事業であるということと、
全ての人が賛成する都市開発というのは稀という皆無であり、
諸手を振って賛成する層もあれば、大反対する人々もいる事業だということです。

こういう、不動産ディベロッパーとして蓄積された経験が、米国大統領としても
良くも悪くも能力として発揮されていた訳であり、また、現在の裁判ラッシュに関しても、
トランプ氏にとっては、昔からやり慣れてきた日常の出来事なんでしょうね。

ビジネスマンとしての姿勢で感心したのは、情報をすべて自分に集めて自ら判断するという
情報処理能力および決断力の高さと、即断即決できる勇気とともに急ぐ必要がにないと判断すれば
何年でも保留して事態の変化を待つことができるという忍耐力、そして最終決断以外の仕事は
全て部下や外部委託際に任せて、進捗管理しかしないこと。ただし、その進捗管理は徹底しており
捗っていなかったり、考え方がおかしい人物は即座にクビにするという思い切りの良さ。
つまりは、損切りが非常にうまいんですよね。
任命した自分のメンツとかは一切考えず、ダメだと判断したその時に切る、より優秀な人材を
全力で探すという点に集中していることです。

ビジネスマンとしても、政治家としても、行動方針が明確に定まっている人は、
常に成果を求められるスタッフは大変ですが、何をすればよいのかが分かりやすいですし、
成果を出せば大きな報酬(金だけでなく経験とか名声とか)がもらえるので、
非常にやりがいのある職場だと思います。

そして、一緒にタッグを組むビジネスパートナーは、トランプ氏の真の目的さえ読み違えなければ
大きな利潤がもたらされるという点で、組み甲斐のあるパートナーであると思います。
普段から密なコミュニケーションを絶やさないことと、環境変化を敏感にキャッチするアンテナを
自分自身でしっかりと持っていくこと、そしてトランプ氏の決断スピードに負けない判断力と勇気が
必要ではありますが。

トランプ氏が大統領に返り咲いたらアメリカの政治が再び変革しそうという期待感というか、
他人事としての面白がり方をしていますが、一方で、やっぱり年齢が行き過ぎてると思うんですよね。
トランプ VS バイデン だなんて、アメリカの50代あたりの政治家はどうなってんねん!?という感じ。
それを思うと、岸田さんあたりの年齢の人が首相をやっている日本は、
高齢化社会といわれつつも、まだ頑張ってる方なのかな・・・・と思えてしまうこと自体が
なんだか非常に残念です。

とりあえず本作は、ドナルド・トランプ氏という人物のもののが考え方を知るには
良い本だと思いました。




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『日本人と中国人』
- 2024/02/14(Wed) -
陳舜臣 『日本人と中国人』(集英社文庫)、読了。

陳作品、めっちゃ久しぶり、17年ぶり

著者曰く「長編エッセイ」ということですが、読んでみた印象としては、
著者が、中国人の側にも日本人の側にもつくわけでなく、淡々と比較評価をしていて
面白く読めました。

陳舜臣氏のプロフィールをちゃんと確認したことがなかったのですが、
戦前の日本生まれのため日本国籍ですが、家業を継ぐため台湾に戻り台湾に渡り台湾国籍を取り、
しかしその後中国国籍に変え、天安門事件を機に日本国籍を取り直したとのことで、
ちょっと思想バックグラウンド的には複雑そうな雰囲気です。

本作は昭和46年発行ということなので、中国国籍を取る1973年の2年前。
まだ台湾国籍ではありますが、その当時ですでに中国に親しさを覚えるような感じだったんですかね?
文化大革命に期待するところがあったのかなぁ?

そのあたりは良く分かりませんが、本作で日本と比較される中国は、この文化大革命期の中国なので
正直、今の中国人のものの考えとは違っているように思います。
しかし、例えば、中国の歴史について、例えば王朝交代とかを中国人がどう解釈しているか等は
たぶん今も基礎は変わらないように思うので、そういう、いわゆる「中国人的な歴史や社会変革の考え方」
みたいなところに強く惹かれました。

また、本作の至る所に漢詩が出てきますが、やっぱり中国人のものの考え方を学ぶには、
漢詩の素養は外せないものなんだなと改めて感じ入りました。
日本人にとっての和歌みたいなものでしょうかね。

中国語には助詞がなく、接続詞的なものも隠れてしまっている場合があるので、
上と下の言葉が、「だから」で繋がっているのか、「にもかかわらず」で繋がっているのか
想像して補足しないといけないとのこと。
中国語は全く学んだことがないので、このことは認識していませんでした。

ある種、読み手の都合の良いように読めてしまうリスクがあり、
昔は、誤った読み方をすると、その読み手に「知性がない」「能力がない」というような評価で済んで
終わりだったのかもしれませんが、今の時代だと、切り取りで都合よく解釈され拡散されてしまうような
リスクはないんですかね?ちょっと心配になりました。
まぁ、でも、ある意味、文章というのは誰かに伝えるために書くものであり、
その文章の意味するところを読み手の解釈に一定委ねてしまう中国語という言語体系は
独特な概念で作られているのかもな・・・・と思いました。

冒頭、いくつかの事例を引いて、日本人が持ちがちな薄っぺらい中国人論を
バッサバッサと斬っていますが、こういう断片的体験をもって「中国人とは」という大きな言葉で
語ってしまう傾向は今の時代の人も良く犯してしまう誤りだと思うので、
著者のように、「なぜそんな事例が表面に上がってきたのか」という裏の仕組みをきちんと
予想しながら解釈できる人間になりたいものです。




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『ザ・万歩計』
- 2024/02/13(Tue) -
万城目学 『ザ・万歩計』(文春文庫)、読了。

著者の最初のエッセイ集とのこと。

いきなり、まえがきに、著者がなぜ小説家になったのかということについて
大学生時代の小説を書き始めたきっかけ、さらに遡って物語を創る面白さを知った高校生時代の
出来事がサクッと書かれており、「おー、こんな大事なことをこんなあっさり公表してしまうのか!」と
変に読者のこちらが驚いてしまいました。

あとがきに、この高校時代の出来事のきっかけとなった現代文の先生との再会が、これまたサラッと
書かれていますが、それを受けて、著者が、「教師はいろいろなものを生徒にぶつける。それを拾うか、
かわすか、打ち返すかは生徒次第だ」と書いており、本当にその通りだなと思います。

自分自身、小学校、中学校、高校での長い生活の中で、なぜかクッキリと記憶に残っている場面があり、
「授業中の先生の一言」「放課後の先生との会話」「私の質問に対して先生が何気なく返した一言」など
印象に残っているだけでなく、何となくそこから考え方の影響を受けているような気もします。
何気ない一言なので、「気がする」以上のことは言えないのですが。

どうせ同じ授業を受けて、同じ宿題をやるんであれば、少しでも多く先生から得られるものを増やした方が
得だよなー、と、今更ながわ思います。
当時は、そんなコスパ的考え方は持っていなかったように思いますが、無意味に反抗したり反発したり
するのではなく、先生という大人と話をするのが単純に楽しかったので、前向きに受け止められて
いたのかなと思います。

他にも、著者が中学生時代に体験したという「技術」の時間。
学校の農場で大根を育てたりするような農作業を行う授業とのこと。
これ、私は小学校でやっていて、名前は「作業」の時間でした。
著者の体験では、各自で自分の農地が割り当てられ、そこで育てた作物の出来で成績がついたとの
ことですが、私の場合は、クラス単位でみんなで協力して農作業をして、作った野菜は給食の形で
調理されてみんなで美味しく食べました。

この作業の時間、すごく好きだったんですよねー。体を動かすことも好きだったし、野菜が「成長する」
過程を観察しているのも面白かったし、草抜きとか肥料やりとか「成長させるための工夫」も
やればやるだけ成果が出たので、「科学の知識ってすごい!」みたいな体感がありました。

著者の先生との距離感とか、著者含め生徒たちの授業への前向きな参画の仕方とか、
農作業のような特徴ある授業メニューとか、なんとなく同じような教育体験を積んできたのかなと
思っちゃいました。私の偏見かもしれませんが、国立大学進学者にありがちな教育体験というか。
とりあえず、著者への親近感が湧きました。

一方で、著者の旅行体験の凄まじさにはびっくり。自分にはできないわ・・・・と。
大学生の時に、バックパッカーでヨーロッパを回り、しかも海水浴中に着替えも含めて全財産を
盗まれたり、モンゴルの遊牧民の調査研究をする学者にくっついてタイガで生活したり、
タイの島で怪我をして現地の人々に介助されたり、結構、無謀な旅をやってます。
たぶん、小説家としては大きな財産になった体験なんだろうなと思います。
実際に、モンゴルで見た景色が『鹿男あをによし』に繋がってるぽいですし。

他のエッセイで、著者がサッカーを見にいきなり北朝鮮に行っちゃったりするのは、
こういう土台の体験があるから、一般人とは感覚が違うんだなと理解できました。

最後、文庫版あとがきで、「壊れかけのRadio局」の後日談が書かれており、
仕事中にBGMで流しているコミュニティFMの女性DJが、あまりにも嚙みまくるのでストレスだと
本文で書いてあるのですが、後日、そのFM局についに苦情のメールをいれたとのこと(爆)。
どんだけ酷いんだ?という感じですが、コミュニティFMの7時台の番組なんて
ほとんど聞いてる人がいないのかもね。
翌日ちゃんとFM局から返信があり、慇懃な文章でほぼノー回答な改善策・・・・どこまでも面白いです。




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『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか』
- 2024/02/11(Sun) -
城繁幸 『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか』(ちくま新書)、読了。

『若者はなぜ3年で辞めるのか?』が大ヒットした著者の続編的な本。
前著は、年功序列の罪について解説した本でしたが、
就職氷河期真っ只中で就職活動をした私にとっては、
「よく言ってくれた!」と思う反面、著者が提示した解決策には疑問符な感想でした。

本作は、その大半のページを、会社を早々に辞めた後の進路について
様々なキャリアの人にインタビューを行い、その一人一人の人生を紹介し、
「こんな生き方もあるよ」「この人はここで昭和的価値観に見切りをつけて自分の人生を切り拓いたんだよ」
というメッセージを訴えかけてきます。

ケース紹介が続くので、各登場人物たちの人生を興味深く読ませてもらいましたが、
しかし、散漫な印象も持ちながらの読書でした。

が、最後の最後、「新聞を読まない人間はバカであるということ」「左翼は労働者の味方であるということ」
という、2つの昭和的価値観をぶった斬る章に入った途端、
強烈な左翼批判、連合批判、メディア批判が始まり、「急にどうした、どうした!?」という感じで
こちらも慌ててしまいました(苦笑)。

著者の言うように、ロスジェネ世代が生み出されてしまい、しかも未だにこの世代に極端に
社会全体のしわ寄せが行ってしまっている状況について、「世代論」で串を通して
年功序列制度や終身雇用制度、その後のリストラ断行や成果主義の導入などを語ると
分かりやすいです。

しかし、世代論で切ってしまうと、左翼も連合もメディアも、その中心にいる団塊世代や
その次の世代が批判の対象になってしまうため、世代論は受け入れられないとして、
政府批判や政策批判、企業経営者批判に向かうという解説は、説得力がありました。

実際、私たちロスジェネ世代は、左翼的な上の世代に比べると保守寄りだと言われることが多いですし、
成功した経営者たちの言葉に学ぼうという姿勢もあり、またホリエモン等の起業家を
好意的に見ている人も多いのではないかと思います。
決して、政府vs我ら、資本家vs我ら、みたいな対立構造では世の中を捉えていません。

先日、山田玲司氏のYoutubeチャンネルを見てたら、
MCの奥野氏が、自らが属するロスジェネ世代について熱く語っている動画を見つけて、
とても共感してしまいました。
私自身は、同世代の中でも、就職活動はうまくいったし、就職後もいろんな仕事を経験させてもらい、
外部研修にも出してもらい、辞めて自分で事業やりますと申し出た時も、
引き留めてくれましたし、最後は頑張れよと言ってもらえました。辞めた後も公私にわたって
元上司や元同僚には支援してもらってます。
だから、ロスジェネ世代の中では恵まれた人生を歩めている自覚はありますが、
しかし、奥野氏の叫んでいる内容、特にマインドセットの部分は、まさに自分のことだなと思ってしまいます。

マインドセットに関しては、幼少期からの社会環境による影響も大きいと思うので、
もしこれから大好景気が訪れて、自分の生活が急に豊かになっても、
闇のマインドセットを抱え続けるような気がします。
「この好景気は幻だ、いつか終わるんだ」と悲観してそうな気がします。

どんなに社会のしわ寄せが来ようとも、マインドセットの5番目の「自己責任」の諦観があるため
「どんなに辛い仕打ちを受けようと仕方ない」という諦めで逆に何とか乗り越えられてしまうところは、
人間って、生きていくためには、強さを持っているんだなぁ・・・・と他人事のように思ってしまいました。

この諦観を持てない場合、玲司氏が言う「上の世代はおんなじ努力してもより多くの果実をもらっている」
という事実に気づいたら、社会からドロップアウトしてしまうか、もしくは上の世代に直接刃を向けるような
行動に出てしまうと思います。諦観があるからこそ、そんな得してきた上の世代となんとか同じ社会の中に
共存できているのではないかと。

最近、漫画原作者の自殺事件があったために、久々に山田玲児氏のチャンネルを見返しており、
この奥野さんの動画も再見したばかりだったので、本作の内容とリンクしてきて、
当事者世代としていろいろ考えてしまう読書となりました。






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『モダンタイムス』
- 2024/02/08(Thu) -
伊坂幸太郎 『モダンタイムス』(講談社文庫)、読了。

半分旅行みたいなお気楽な東京出張があったので、そのお供に、上下巻の大作を持参。

いきなり拷問シーンから始まり、「うわー、痛い系の伊坂作品かぁ・・・・」と思いながらも、
拷問を受けている主人公の軽妙洒脱なユーモアに救われ、なんとか読んでいけました。

拷問から脱すると、主人公が勤めるIT企業が受注してきた謎のシステム改修プロジェクトに
無理やり投入され、その現場から蒸発した先輩の残したものを見ているうちに、
謎の闇の部分に気づいてしまい・・・・・・。

「世の中の真相解明」という物語は、やっぱりワクワクしますよね。
自分が見ているつもりの世界は、本当は存在していないのかも・・・・・みたいな
現象学みたいなものをモヤモヤと考えながら読んでいました。

主人公たちが闇に近づいていく様子を読んでいるうちに、
伊坂作品を好きな読者の内、陰謀論に惹かれていく人ってどのくらいいるんだろうか?と
余計なことが気になってきました。

「みんなが現実だと思い込んでいる事象は、本当は丸ごと嘘なのかもよ」と突き付けてくるような
どんでん返しの展開が多い伊坂作品。
私は、「必ずしも目に見えている事象や、みんながそうだと思っている事象が正しいとは限らないから
常に自分の頭でよく考えて向き合わないとね」というような感想を持つのですが、
もしかすると、同じ作品を読んで、「そうか!世の中の事象にはずる賢い権力者が隠している裏側の
真実があるんだ!騙されるな!」という陰謀論に傾倒していく人も一定数いるのかな・・・・と。

フィクションのエンタメだと位置づけて、そこから普遍的な教訓を引き出して満足している自分と、
現実社会の出来事と本作の内容をシームレスに並べてしまって、現実と虚構が混じってしまう
陰謀論好きな人と、何が違うんだろうか?と。
要は、伊坂作品を相応の数で読んでいる自分も、何かのきっかけで陰謀論者に陥ってしまう
懸念はないのかしら?という恐怖をヒシヒシと感じながらの後半の読書でした。

この自分が抱いてしまった懸念に対する答えは、終盤、本作で繰り返し表現された
「そういうことになっている」が肝なのかなと気づきました。
「そういうことになっている」のが、人間社会というのはそういうものなんだ、という諦念というか
割り切りというか、漠然とそういうものだと受け止められるような人はエンタメ派。
「そういうことになっている」のは、「特定の『アイツ』のせいだ!」「特定の『アノ組織』のせいだ!」と
何か一つのものに原因を求めたがる人が陰謀論派。
こんなザックリとした感覚になったのですが、いかがでしょうかね。

私自身は、大学生のときにちょこっと構造主義をかじったので、
エンタメ派の思考回路が受け入れやすいのかなと。

陰謀論諸氏が、伊坂作品とか、どんな風に評価しているのか
ちょっと気になっちゃいました。

と、本作の内容とは全く関係ないことに気を取られながら読んでましたが、
謎のシステム改修プロジェクトから、中学校での虐殺事件、超能力の話まで、
こんなにいろんな要素を用意しながら、きちんとストーリーとしてはまとまっているように感じたので
良くできた作品だったと思います。

解説にも書かれていますが、ユーモア、伏線回収、真相究明という
伊坂作品三大要素がバランスよく構成されているように感じました。






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